04話.[こういうときに]
よく考えてみたらあまり人の来ない朝から夕方ではなくお昼から夜まで入った方がいいということで珍しく休日に遅くまで働いていた。
夜頃になると結構な人数が利用してくれる。
変に考える余裕がない方がいいから選択は間違っていないと思いたい。
でも、
「こういうときに利用してくれるのがあなたという存在よね」
「おいおい、そんな嫌そうな顔をするな」
裕二君が来てしまったらなにも考えず、はできなくなる。
別に恋愛感情とかがあるわけではないが、嫌われないようにしておかなければならないから。
この時点で私の狙いは無駄になっているというわけだ。
「あなたは意地悪よね」
変更したタイミングに限って来るなんて。
それとも単純にお店を利用したら私が遅くまで働いていたというだけ?
「また利用してくれと言ってくれただろ?」
「はぁ、ごゆっくりどうぞ」
確かにそうだ、お店にとってはいいことしかない。
それでもあと30分だ、集中してやることにしよう。
「裕美子、もういいぞ」
「え、中途半端じゃない……」
「いいからいいから」
えぇ……まあいいか、さっさとご飯を作ってしまうことに決めた。
ご飯を作り終えたら入浴も済ませてしまう。
お店を利用するために来たのだから裕二君への対応はしなくていい。
「ふぅ」
「よ、お疲れ」
「えっ!? な、なんでいるのよ……」
「裕美子の母ちゃんが入れてくれた、お店を利用してくれたから俺にだけのサービスだってさ」
はぁ、どうしてこうなってしまったのか。
そもそも教室ではほとんど話しかけてこないくせに家にまで来るなんてよく分からない、明るい明音といるからそうではない私といることで平坦にしようとしているということだろうか。
「なあ、飯を食ってもいいか?」
「あなたはもう食べたじゃない」
「裕美子が作ってくれたやつがいい」
ばれてた、敢えて父に任せたなんて言えないが。
どうせならあのお店本来のクオリティであってほしいから。
お客さんはきっとそれを求めて来てくれているのだ。
「まあ、食べられるのなら食べればいいわ、父が多く食べるからいつもお腹いっぱいになれるように作っているもの」
「おう――って、先に食うわけにはいかないよな」
「別にいいわよ、一緒だと気になるでしょう?」
「そうか、なら注いでくれー」
はぁ、なんというか面倒くさい弟ができたみたいだった。
ひとりっ子だから悪くはないのが問題だが……。
私は両親と食べたいから彼の分を準備したら見ていることに。
「ああもう、落ち着いて食べなさい」
ご飯だっておかわりしていたぐらいなのにどうしてそこまで食べられるのかという話、こういうところが性別の差なのだろうか。
「お、食べてるねー」
「あ、お邪魔してます」
「はははっ、わざわざ言ってくれなくても分かっているよー」
なんか友達といるときに親が来るってはずかしい。
どうしていればいいか分からないから端っこで縮まっていた。
「おい裕二、なに先に食ってんだ!」
「あー、本人に許可を貰ったので……」
「つかお前、とんかつ食べた後によく食えるな」
「ははは、いくらでも食えますよ」
なんて言っていた彼だが、
「うぷ……く、食いすぎた……」
30分後にはこの感じだった。
それはそうだ、あれでは父を煽ったのと同じだから。
だから食え食え猛攻撃を前に従うしかなくなるのだ。
「それよちあなた、どうして両親と仲良くなっているのよ」
「そりゃ俺が何度も利用しているからだろ」
「それだけではなさそうだから嫌なのよね」
外堀が埋められていく感じ。
そのくせ、学校ではほとんど来ない。
もしかしたら両親と仲良くすることで割引してもらおうと!?
でも、何度も利用してくれるのなら――いやいや、贔屓は良くない。
常連さんはいてくれるけれど常連さんだからとサービスを変えたりしないのが私の両親だ。
誇らしいとすら思っている、娘がそれを壊すわけにはいかない。
「あとねえ、意地悪をすればいいというわけではないわ、惹かれる女ばかりではないのよ?」
「別に意地悪なんてしてない、俺は興味があるから裕美子に近づい――」
「ならもっと来なさいよ!」
「ちょちょ……で、出る出る出る……」
「あ……ごめんなさい」
いまのままだと友達だとは言いづらいから。
基本的に放置しておいて興味があるとか言われても説得力がない。
「もっと行っていいのか?」
「寧ろなんで1日に1度しか来ないの?」
「いや、あんまり行きすぎると嫌われるかと思ってな」
人と話すことは苦手だ。
だが、それは上手いことを言えないからであって、人とは寧ろ楽しく話せたらいいなと考えている。
ひとりでいるのは気楽でいいが、ひとりでいるのは逃げている自分を直視することになるから嫌だった。
彼や廉君、明音と出会ってからは矛盾してばかりで困るが。
誤解されても嫌だから廉君にしたみたいに説明しておく。
「恨んだりはしないだろ別に、しかも恋愛感情を持って近づいて来ているわけじゃないぞあいつらは」
「そんなの分からないじゃない」
「いや、分かるんだよ俺。だから、もしそういうのがあいつの中にあったら露骨に態度に出す自信があるぞ」
「そういえばなにがあったの?」
聞いてから後悔した。
私が聞いて答えてくれるわけがない。
そもそも仲良くもないのに踏み込んでしまったのは間違いだった。
「つまらない話だ。好き好きって言ってきていたやつが裏では違う男にも言っていたってだけだな、馬鹿らしいけどさ」
「そうだったのね」
ああ、普通に答えられてしまった……。
別にそんな過去のことを聞いたってしょうがないのに。
とにかく、その女の子は彼をキープしていたということだろうか。
逆に、裏で会っていた人と上手くいっていなければ彼を選んでいたと。
「心の底から好きだったんだけどな」
「もういいわ、気軽に聞いてしまってごめんなさい」
こういうときに気の利いたことを言ってあげられないから困る。
なので、無理やり強制的に終わらせることにした。
もう夜も遅いし帰らなければ怒られてしまうだろうから。
「のはずだったんだけどな、結構、忘れられるもんなんだな」
「過去にばかり目を向けていても意味がないと気づけたのよ」
「そうかもな」
「きっとそうよ」
これで終わりだ。
こういうのはもっと親密な者同士でやらなければならない。
余計なことを言ってしまったことはきちんと反省しようと思う。
「さんきゅ、聞いてもらえて楽になった」
「それより早く帰りなさい、ご両親が心配するでしょう?」
「だなっ、特に母ちゃんはうるさいから早く帰らないと!」
「ふふ、それじゃあね」
でも、正直に言っていまは友達みたいで楽しい。
食べるだけじゃなくて、わざわざ話すために残ってくれたのだから。
……だからこそこうして去り際になると寂しいというか……。
だからだろうか、馬鹿な私は彼の袖を掴んでしまっていた。
「どうし――ちゃんと来るから大丈夫だ、とんかつは美味いからな」
「……ええ、よろしく」
ゆっくりと離して背を向ける。
すごい恥ずかしさとそこそこの寂しさが綯い交ぜになって複雑だ。
やっぱりそうだ、少しずつでも影響が出てきてしまっている。
恋愛感情に繋がることがないとは言えない。
「でも、もし私が好きになってしまったら」
彼は離れて行ってしまうわけで。
好きにならないようにできるかが不安だ。
自分を貫いていればそうはならないだろうか。
放課後はすぐに帰って手伝いに専念すれば問題ないような気がした。
「おっす」
「裕美子ー」
「これとこれならどっちが好きだ?」
自分が言ったことによって彼が多く近づいて来るようになった。
寂しさを募らせることにより変に変化してしまうぐらいならこの方がマシだろうか。
それに意識してしまうと自分らしさを貫けなくなる、私みたいに器用ではない人間はそういうものだ。
「裕二、なんか積極的に裕美子のところに行くようになったね」
「まあな、嫌というわけではないことが分かったから」
「嫌じゃないの?」
「ええ、誰かが来てくれることは凄く嬉しいことよ、1年生のときは誰も来てくれなくてあっという間に終わってしまっていたから」
同性異性、それぞれひとりずつ友達を作るということは達成した。
それでどうだろう、明音は裕二君のことをどう思っているんだろう。
恋する乙女ならその気持ちを隠すことなんて不可能なはずだ。
隠しているつもりでも態度や仕草に出てしまう、好きな子にはいいところを見てほしいからって動いてしまう……かもしれない。
「おやあ? 私を見つめてどうしたのにゃ~?」
「明音は笑顔が素敵ね」
「え、ちょ、真っ直ぐにそんなこと言われるとて、照れちゃう……にゃ」
好き好き攻撃を仕掛けてこなければ問題ないの?
大袈裟に言っているだけで裕二君はなにも気づけていないだけ?
実はもう割り切れているからやはり問題ないとか?
「おいおい、明音を口説いてないで答えてくれよ」
「あ、それなら私はこっちの方が好きよ、なんでもシンプルが1番よ」
そもそも男の子用の服について聞かれても困る。
正直に言って自分の服ですらあまり気にしていないのに。
だから家では中学生のときのジャージを愛用しているぐらいだ。
もし買うとしても1000円以内とかの服でいい。
丁寧に扱えば何年だって利用できるのだから問題はない。
「裕美子、ちょっと廊下でいいかな?」
「ええ。それじゃあ行ってくるわね」
そういえばお店に来たいって言ってくれていたか。
「ご飯を食べさせたって本当の話?」
「柏木君に? それは本当のことよ、気づいたら家にいたから」
文句を言っていた私ではあるが求めてくれるのは普通に嬉しかった。
しかも私が作ったやつがいいなんて言われたら……。
と、とにかく、ああいうことを言われて嫌な気持ちになる人なんていないと思う、そういう関連のことであれば尚更。
「お願い、1回だけお弁当を作ってくれないかな?」
「あなたに作ればいいの? いいわよ、容器だってあるから」
男の子なら彩りなんて気にせずに茶色一色で攻めようと思う。
ウインナーにソースカツ、唐揚げに肉巻きポテト。
でも、お弁当と言ったら卵焼きというイメージがあるから忘れない。
「ねえ、あなたのお家は卵焼きにお醤油派? それとも、砂糖派?」
「家は醤油派かな。でも、僕はどっちも好きだから裕美子に任せるよ」
「分かったわ、それなら明日作って持ってくるわね」
あの女の子に作ってもらえばいい気がするが……言わずにおいた。
それに、問題があるとすれば裕二君に決まっている。
「待て、どうしてそんな話になった」
「分からないわ、廉君が頼んできたの」
確かにかなり不自然だ。
明音が調理をするのかどうかは分からないが、頼むのなら私よりも仲がいいあの子にするべきだろう。
「なに考えているんだあいつ……」
「異性にお弁当を作ってもらうのが夢だったのではないかしら」
「だったらなんで裕美子なんだよ」
「私は手伝いをしているからじゃない? ある程度は分かるじゃない」
ふたり分ぐらいはなんてことはない。
どうせ朝は誰と登校するというわけでもないのだから焦る必要もない。
けれどこの様子だと……。
「だったら俺にも作ってくれよ、おかず全部とんかつでもいいぜ!」
やっぱりそうだ。
彼はどこか子供っぽいところがある。
廉君と兄弟だったら絶対に弟の方になるでしょうね。
「そんなことできないわよ、あなたは不健康そうだから野菜を多く入れてあげるわ。あ、廉君には茶色系で攻めようと思うけれど」
「なんでだよ……俺にも肉系で攻めてきてくれよ」
「あまり期待しないで待っていなさい」
「おう、頼むぞ」
とはいえ、お金を払ってくれた人に作るのとは違う。
感想がダイレクトに吐かれてしまうわけで、もし文句を言われてそれが的を射ていた意見だった場合、かなりどころか絶対に寝込む自信がある。
こういうときに第三者というのは甘々にも残酷にもなれるものだ。
……しかもこういうときに限って風邪を引いてしまうという……。
「あぁ……」
「大丈夫?」
「ええ……大丈夫よ」
少なくともこれを渡してからでなければならない。
大丈夫だ、体調が悪かろうとクオリティについては問題ないと言える。
後はゆっくりと学校に向かって、渡したら寝ればいい。
「裕美子ー!」
「……ちょうど良かったわ、これを受け取ってちょうだい」
「お、おお! マジで作ってきてくれたんだな!」
「えと、廉君は……?」
「もうそろそろ来るんじゃねえかな」
あまり教室では渡したくないな。
媚を売っているとかそのように捉えられたくない。
「ここで待っていようぜ」
「ええ」
ただ、こうして同じ場所に留まっているというのも問題が。
まだ歩いていたときの方が気楽だ、早く来てほしい。
「あれ、ふたりともこんなところで珍しいね」
「あ、これ……」
「ありが……ありがとう、でも、保健室に行こうか」
「は? 急になんでだよ?」
「なんでって、これ見て気づかないのはおかしいでしょ」
どうすれば満足してくれるのかと悩みすぎていた私が馬鹿だ。
こうして目的を果たせたから問題はないが、もし体調が悪すぎて作ることができていなかったら本末転倒になってしまうから。
「とにかく、それは食べてちょうだい」
情けない……しかも気づかれてしまうなんて。
「た、食べるっ、お前が作ってくれたやつちゃんと食べるからな!」
「裕二、それじゃあ裕美子が死んじゃうみたいじゃん」
「そ、そうか……とにかく、食べるから安心してくれ」
「裕二は先に教室に行ってていいよ、僕は裕美子を保健室まで運ぶから」
そんなことをしてもらわなくても自分で行ける。
悪いけれどベッドを利用させてもらうことにしよう。
教室に行っても迷惑をかけるだけだから。
「「「失礼します」」」
……結局みんなやってきてしまったけれど。
先生に事情を説明して片方を借りることにした。
「あ、さっき水買ったから飲めよ」
「ありがとう。でも、ふたりはもう教室に行って、私は大丈夫だから」
「そうか、なら行くかな」
「そうだね、また後で来るから」
ああ嫌だ、同情を引くためにしているみたいで。
断じてそんなことはないから疑ってほしくはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます