03話.[このことからも]
GWはあっという間に終わりを迎えた。
私は休み中に言われたことを思い出し微妙な気持ちになる。
日吉さんや澤部君と仲良くしてみないかと言われたものの、一緒に遊べはしていないだけで挨拶もお喋りもすることができる。
なので、変に意識して一緒にいるよりかはいつも通り自分らしくいようと決めていたのだが、
「おい裕美子、お前やる気あるのか?」
どうやら柏木君にとっては良くないことだったらしい。
「普通に話せているわよね?」
「そうだな、それは十分だ」
「ならそれでいいじゃない、なにが不満だと言うの?」
急にがっつかれてもあのふたりが困惑してしまうだけ。
距離感を見誤ると好かれるどころか迷惑な存在に降格するために私は気をつけているのだ、そもそも人によってやり方は違うのだから合うということはないと考えている。
「澤部君、友達になってちょうだい」
「え、僕らはもう友達じゃないの?」
「少し不安だったのよ、だからあなたからそう聞けて良かったわ」
柏木君のことを名前で呼ぶよりかは問題も起きづらい。
失礼な話ではあるが彼の側にいるのは日吉さんだけだから。
「
「うん、いいよ」
「ありがとう」
これで柏木君も満足するだろうと確認してみたら余計に不機嫌そうな顔に。
なるほど、そういうことかと納得する。
「あなたさえ良ければ私のことを名前で呼んでくれないかしら」
「裕美子さんって呼べばいいの?」
「ええ。無理なら無理でいいわ、強制するものではないもの」
が、これでも駄目だったので日吉さんにも同じようにしておいた。
これで名前で呼び合える子がふたりに増えたことになる。
1年生のときを考えればかなりの進歩だ。
仲良くしていればこの先、学校生活をフルに楽しめる気がした。
「はぁ、あなたはなんでそんな顔をずっとしているのよ」
相手の考えているであろうことを考えて行動したのに納得できないみたいだ。
結局は相手の思考を読み取ろうとしてもエゴになってしまうということなのだろうか。
「黙ったままじゃ分からないわよ」
察する能力が低いといま分かったわけだし。
「廊下、行こうぜ」
「別にいいけれど」
逆に分かったのは私の側にいるときは女の子が近づいて来ないことだ。
向こうで明音が盛り上がっていることからそちらが注目を集めているだけなのか、それとも私という人間がどういう人間か分からなくて伺っているだけなのか、単純に私だったら彼が取られることがないという安心からくるものなのか。
自分も同じ女だというのに乙女の心というものが分かりづらい。
「……なんであいつらだけ名前で呼ぶんだよ」
「え、あ、そんなことだったの?」
「はあ? ……まあいい、俺のことも名前で呼んでくれよ」
私の側にいる限り他の子が来ないならって安心はできない。
誰かが見ていたらあいつ調子に乗ってるよね~などと女子トイレで盛り上げるベタな展開になりそうだから。
もう少し自分と身の回りのことを理解してから言ってほしかった。
「悪いけどそれはできないわ」
「ふたりきりのときだけでいいから」
「お店とか家の中でならいいわよ」
「おう、それでいいから」
お店にならともかく家の中に入れることは危険でしかない。
全く家のないところというわけではないのだから見られている可能性もある、私単体であればそれで別に構わないけれど。
「戻りましょう」
「ああ」
彼が席に戻ると女の子が集まりだした。
元々、明音が隣の席だからというのも影響を与えているのだろう。
特にこっちを見てくるわけでもない、やはりこちらは敵視されないレベルなのかもしれない。
意外だったのは廉君が他の女の子といたこと。
裕二君と違って女の子といられることを羨ましいと口にしていたぐらいだから意外ではあっても違和感はなかった。
「それじゃあお昼休みに」
「うん、分かった」
他人に優しくできる子だからこれもおかしくないか。
とにかくこちらはこれで友達問題も解決できたわけだから家の手伝いをすることだけに専念できそうだった。
裕二君が拗ねたこと以外は問題はなく今日もすぐに帰った。
が、暇だ。
よく考えてみなくても16時頃から利用してくれる人というのは少ないものだ、あのファミレスでさえそうなのだからこういう個人経営店なら尚更のことだと思う。
「暇だな」
「そうね」
これなら17時までゆっくりしてもいい気がする。
お客さんが全然来てくれないときに入ってお小遣いを貰うって卑怯だ。
それに私の目的である、考え事をせずに仕事と向き合うということができなくなってしまうからね。
「最近、また新しい飲食店が近くに出来たみたいだな」
「そうなの? そうなるとまた人が来てくれなくなってしまうわね」
これは勝手な想像だが、個人経営店などは外から内側が確認しづらいという点も入りづらさに繋がっている気がする。
あとは単純な目新しさというもので負ける、お洒落なお店だってあることは知っているからここ特有の問題なのかもしれないが。
「やっていける?」
「それは大丈夫だ、貯金はまだ沢山ある」
「私への支給は少なくしてもいいわよ」
「余計なことは気にするな」
父から頭を撫でられるのは好きだった。
安心できるし、嫌われているわけではないと分かるから。
いまは友達ができたから嫌われていてもデメリットばかりというわけではないものの、家族なら仲良くいられる方がいいだろうし。
「そういうば裕美子、最近よく来てくれる男子高校生とはどういう関係なんだ? 仲が良さそうだよな?」
「同じクラスの子なのよ」
仲がいいとは言えなかったので本当のことだけを説明しておく。
1日に1度近づいて来たらそれで終わり、毎時間来るわけじゃない。
廉君とだってそう、1度会話したらそれ以降はないのだ。
あれ以来、一緒に帰ることもなくなっている。
「彼氏になってくれねえかなあ」
「ないわよ」
「裕美子として?」
「違うわ、向こうからすれば私みたいな存在は対象外ってことよ」
お客さんが来たことにより無意味な話は終わった。
自分でこう口にする度にそうだという気持ちが強くなっていくから言葉にはやはり見えない力がこもっていると思う。
しかもマイナスな言葉の方が強く反映されるという難しいもの、マイナスイメージばかり浮かべる自分には合っている気がするが。
いまはとにかく友達として嫌われないようにしたいと考えていた。
教室内は静かだった。
黒板にはでかでかと『自習!』と書かれている。
意外だったのは教師がいないからといってお喋りする生徒がいないということ、中々にレベルの高い人間達が集まっているらしい。
去年同様のことがあったときはそれはもう大賑わいだったので驚いた。
唐突だがこういう時間が好きだ。
友達というわけでもない、みんなが自由に自分のできる範囲でやっているだけ、だというのにひとつのことを協力してやっているような感じがして凄くいい。
これもまた去年の話になるが輪に入れなかったからこその感想じゃないかと考えている。
とにかく、どうせやるなら集中してやろうと決めて取り掛かろうとしたときのことだった、肩を優しく叩かれたのは。
何故か横には廉君が座っていた。
『ここって分かる?』
と書かれた紙を見せてくる。
なんにも難しいことはないからその紙にやり方を書いて返した。
席を移動とかそういうことをするんだとまた意外な気持ちに。
「あー、腹減った」
「ちょ、急になに言ってるの?」
確かに、急に裕二君が話したものだから思わず見てしまった。
他の子だって同じようにしている、中には笑う子もいたぐらい。
「いや、静かだとなんか喋りたくなるだろ?」
「まあ……みんなで喋りながらやりたいって気持ちはあるけど……」
「それに席を移動してやりたくないか? 自分だけだと限界があるだろ」
それでは自習ではなくなってしまうが。
が、先程まで静かだった空間がこうなっていることを考えると、みんな不満を抱えつつも真面目にやろうとしていたというところだろうか。
それか単純に集中できていなかった可能性もある、いまはなんでも誰かといたいという時代なんだろう。
「おい、お前ら静かにやれよー」
担任の藤枝先生が来てくれたようだ。
「あ、誰かと一緒にやりたいんですけど」
「まあ、あまり騒がしくしないなら許可しよう、今日は私が任されているからな」
任されているのなら教室にいてほしいと思わなくもないが、教師には色々とやらなければならないことがあるのだと片付けた。
そもそも藤枝先生が担当というわけではないのだから当たり前の話だった。
「よっしゃ、明音っ、行くぞ!」
「行くぞってどこに?」
「許可を取る前に勝手に席を移動していた悪いクラスメイトのところにだよ、澤部廉とかいう奴のところ」
「分かった」
誰かと一緒にやるのはいいが、席はどうするのだろうか。
みんながみんな移動してやりたいわけではないはず。
ということはもし自分の周りに来たら譲ってあげなければならないということ?
……こういうのは声が大きい方が得をするということか。
「明音は廉の前な」
「分かった。廉、机の半分貸してね」
「そもそも僕も借りている身だからね」
なるほど、椅子だけ持ってくれば問題ないと。
ただ、机の半分を貸してしまうとなるとかなり窮屈そうだ。
「裕美子、借りるぜ」
「え、ええ……」
教室でこういうことだけは避けたかった。
でも、変にここで拒んだりすることの方が面倒くさいことになるからやめておく。
私が嫌と言ってもなんでだよと文句を言ってくるところが容易に想像できるからだ。
それでも何故、彼がこちらを利用するのか。
明音がこちらを利用してくれれば問題だって起きないというのに。
もしかして既に嫌われている?
……そんな不安から全く集中できないまま終わってしまった。
「裕美子ー」
待て、そうなるともっと面倒くさいことになる。
嫌われないために私ができることは裕二君を連れて行くことだけ。
「あ、明音、ここに柏木君がいるわよ」
「え、うん、知ってるよ?」
「か、彼が話したいそうなのよ、私はちょっと廊下に行ってくるわね」
「う、うん、分かった」
はぁ、なにをしてしまったんだろうなんてありがちなことは言わない。
これはつまり彼が私の名前を呼んでいるからだ。
気になる子が他の女と仲良くしていたら気になるのが普通だろう。
「裕美子さん」
「あ、呼び捨てでいいわよ」
「さっきは全然集中できてなかったけどどうしたの?」
事情を説明しておく。
普段から私以上に一緒にいる身として分かってくれるだろう。
「なるほどね、それは裕美子の考えすぎじゃないかな」
「え、でも、柏木君の側にいる女の子からすれば面白くないわよね?」
「うーん、そういうのはないなんてよく分からないから言えないけど、それでひそひそと悪口を言うような子がいるとは思わないかな」
確かにもう5月だが嫌な気配が漂ったことはない。
1年生ではなく2年生なら慣れているのだから合わない人間と衝突したり――相変わらずマイナスすぎる想像ではあるがそれがされていないと。
「ま、まあ、この件はこれで終わりでいいわ。それよりもあなた、明音とは違う子ともいるようになったわよね」
「あ、そうだね、これから仲良くなれればいいと考えているよ」
「もしかしたらそういうのもあるのかしら」
「どうだろう、よく分からないから」
こういう話はあまりされたくないのかもしれない。
はっ、私みたいに大して仲も良くない人間に聞かれたからか!
「ごめんなさい、余計なことを聞いてしまって」
「謝らなくていいよ、男女が一緒にいたらそういう風に見えてしまうこともあるからね。それに、そういうのに興味があるってことはいいと思う」
「私も一応女だもの、興味はあるわよ」
問題なのは明音が近くにいると霞んでしまうということだ。
それに自分が上手く異性と仲良くしているところが想像できない。
話せる男の子は廉君と裕二君だけ、そのどちらにも女の子が側にいるという形になるから可能性は限りなく低いだろうし。
「そんな顔をしなくて大丈夫だよ、焦らなくてもいいんだよ」
「ええ、ありがとう」
焦ったところでなにも変わらないということは私がよく知っている。
自分の生き方とは中々どうしてすぐには変えられないものだから。
それでも去年と違っていい点は自分といてくれる人が3人もいること。
この関係を大切にしながら家の手伝いをしていられるだけで幸せだ。
「あ、また食べに行くね」
「無理はしないでね」
「流石に連日は無理だけどね」
学生に人気なお店なら学生向けに安価で満腹になれる物を出してもいいかもしれない。
ただ、学校からは遠いし、手軽で安くて満腹になれるファミリーレストランが近くにあるというのが問題だ。
おまけにいつだってとんかつが食べたいというわけでもないだろう、単純に油ものが重いと感じる人もいるだろうし。
「そういえばさ、手伝いってなにをしているの?」
「父の代わりに作ることが多いわ、揚げ加減とかだって変わるだろうから満足してもらえているのかどうかは分からないけれど」
「へえ、任せてもらえているんだ」
「ええ。不安だからと常連さんに頼んでチェックしてもらったこともあるわ、美味しい、父に似ていると言ってもらえて嬉しかったわね」
お世辞だとは分かっていてもまた作ってよと言ってもらえただけで物凄く嬉しかった。
このことからも言葉には見えない力がこもっているというのは確かだ。
まあ……いいことばかりでもないのが難点だけれど。
「ということは、もし今日食べに行ったら裕美子が作ってくれるの?」
「まあそれも可能ね。でも、父が揚げてくれた方がいいわよ」
「それなら裕美子がしてくれるときに行こうかな」
揚げ加減はともかく、タレもお店特有のものだから味は変わらない。
まあでも、自分のを求めてくれるのならって気分にはなれた。
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