02話.[そうでなくても]
GW直前の水曜日、席替えがあった。
「よろしく」
「ええ、よろしく」
柏木君とは離れて、逆に澤部君と近くになった。
それでも隣同士というわけでもないから落ち着く。
柏木君の隣には日吉さんとなった。
どんな偶然なんだろうか、お似合いだからなにも言わないが。
「坂本さんはGWになにか予定あるの?」
「あるわ、お店の手伝いね」
「え、いや、それ以外に、さ」
「なにもないわ、それに仮にあってもこの前みたいな感じになって終わるだけよ、せっかくのGWに気分を害されたくないでしょう?」
去年だってお店の手伝いをして終えたのだから問題はない。
そもそもの話、私を誘ってくれるような稀有な存在はいない。
私を知っていたら確実に悪くさせるって分かっているわけだから。
とにかく、毎日朝から夕方頃まで働いてお小遣いを貰う、それだけ。
「そっか、みんなで水族館に行きたかったんだけど……」
「行ってくればいいじゃない、あのふたりなら受け入れてくれるわよ」
残念ながら彼とあのふたり以外とは未だに話せていない。
もう諦めている、後の私に任せていた。
「坂本さんも来てくれないかな、日吉さんも女の子がいてくれた方が安心できるだろうから」
「日吉さんの友達を誘えばいいじゃない」
いまだって柏木君も含めて楽しそうにしているわけなのだし。
「裕二君からどうしても坂本さんを連れてきてくれって頼まれてて」
「もしかしてMなのかしら」
「え? あ、Yじゃない?」
「なにを言っているの?」
「え、あ、アルファベットの話じゃあ……」
私なんかを連れて行ったら途中帰宅をして空気を壊すだけ。
逆にそれが目的で日吉さんと澤部君から嫌われるためだということなら効果的ではありそうだが、でも、わざわざそんなに面倒くさいことをする必要はないか。
「ねえ、澤部君は日吉さんのことが気になっているの?」
「一緒にいてにこにこしてくれるからいたいだけだよ」
「そうよね。でも、私が行ったらそれを壊してしまうのよ? そこら辺のことをよく考えた方がいいのではないかしら」
私はなるべく手伝いで貯めたお金を使わないようにしている。
水族館となれば2000円とか平気で消費することになってしまう。
それだけは嫌だった、本当に困ったときのためにお金は使用しないでおきたいというのが正直なところ!
「ごめんなさい、私もちゃんと考えて行動しているの、誘ってくれてありがとうと柏木君に言っておいてちょうだい」
馬鹿みたいに信じて遊びになんて行ったら空気が読めない扱いをされてしまう。
世の中とはそういうものだ、唯一買っている本のキャラクターもそれで馬鹿にされていたぐらいだし。
異性間ならともかく、同性から嫌われるのは致命傷になる。
後で悪口を言われるかもしれないというリスクを無視して呑気に行くことなどできない、しかもそこまでお魚に興味があるわけでもない。
自分のためと少しのみんなのためという気持ちで断るのだ。
それでもGWに入って3日が経過した頃、そわそわとしていた。
私だって本当なら友達と遊びに行きたい。
でも、やっぱり自分が行くことで空気を悪くするということはこの前のあれで証明されてしまっているから無理と。
それに日吉さんが何回も初日に行こうとハイテンションで話していたからそもそもの話、気にしても意味ないと。
「はぁ……私も水族館とは言わないから友達と……」
「遊んできてもいいんだぞ?」
「そんな相手はいないわよ」
勝手に帰る、誘ってくれたのに断る、この時点でもう誘われないことは決まっている。
特に柏木君は私の嫌なところを1番直視していることになるから尚更のことだろう。
自業自得とはいえ少しだけ複雑な気持ちを抱えつつ16時まで働いた。
「少し歩いてくるわね」
「気をつけてね、暗くなる前には帰ること」
「ええ」
少しはGWらしい空気を味わいたかったのだ。
が、友達らしい子と楽しそうに歩いている集団を発見してテンションが余計に下がった。
私にはできないことをできているという時点で羨ましくて仕方がない感じで。
「はぁ……」
自分の場合は自分でチャンスを潰しているのだから馬鹿だ。
何故か今日も一緒にいる柏木君達を発見したら尚更そう思った。
すぐに踵を返したからばれていないと願いたい。
虚しくなるだけだから寄り道はせずに真っ直ぐ帰路に就く。
「おーい!」
……嫌な予感がする、それに聞き覚えのある声だ。
逃げたところで家は知られているからと諦めて振り返った。
「良かった、坂本に会いたかったんだ」
「こ、こんにちは」
わざわざあの子達といるときでなくてもいいのに。
いちいち行くのが面倒くさいということならまあ、効率的ではあるか。
「おう。で、だけどな、これやるよ」
「ストラップ?」
「土産だ、受け取ってほしい」
泳いでいるお魚にはあまり興味はなかったけれどこれは正直に言って可愛いとしか思えなかった、貰えて嬉しいとすらも。
「ありがとう、大事にするわ」
「おう、受け取ってくれてありがとな」
……私はあんなに可愛げのないところを見せたのにどうして。
日吉さんか澤部君が言い出してくれたのだろうか。
「……戻らないの?」
「やっぱり見ていたのか」
「あ……」
ぱっと背を向けて歩いただけなのに駄目だったらしい。
おまけに特徴的な髪色というわけでもないのに、ただの黒髪で長く伸ばしているだけだというのによく気づけたものだと思う。
「ごめんなさい。でも、そのまま近づくよりはいいでしょう?」
「なんだよ、普通に来てくれればいいのに」
「……私が行っても空気を壊すだけよ。とにかく、これ、ありがとう」
挨拶をして別れようとして、できなかった。
「家に行きたい、いいか?」
「……あなたって意地悪よね、何回も遠ざけようとしているのに」
「別にいいだろ、とんかつが食べたいから店で一緒に食べようぜ」
それならまだいいかと決めてお店に連れて行くことにした。
「いらっしゃいませ」
GWでも利用してくれるお客さんの数は変わらないから勝手に座らせてもらうことにした。
「坂本、これとかおすすめだぞ」
「そうなの? なら、それにしようかしら」
自分の親が営んでいるお店でおすすめされるって不思議な気分。
けれど実際に食べるということは少ないからありがたいことではある。
「ねえ裕二くん、できればお友達にもっと紹介してくれるとありがたいんだけどなーって」
「もうお母さん……」
「だ、だって裕美子も来てほしいでしょ?」
「それはそうね、若い人達も利用してくれれば安心できるものね」
でも、食べ終わった後にさり気なく言うのなら分かるが、まだ注文もしていない段階で友達みたいに話しかけるのは違う。
それとも単純に自分だったらという考えをしすぎているだけ?
……とにかく彼がまとめて注文をしてくれた。
「……食べたら帰りなさいよ?」
「まあ、時間も時間だからな」
父が揚げてくれたばかりのとんかつがやってきた。
いただきますとしっかり言ってから口に含んだらかなり美味しかった。
「美味しいっ」
「だろ? 坂本は手伝いばかりであんまり食べたことがないんじゃないかと思ってな、今日誘って良かったよ」
決して身内贔屓とかそういうのではない。
もう語彙力がなくなるぐらいには美味しかった。
だから食べ終えるのに時間はいらなかったぐらいで、柏木君が食べ終えるのを待つことになってしまった。
「ありがとうございました」
「また来ます」
ふぅ、でもこれで友達らしい時間も終わりか。
こういうイレギュラーなことが起きなければ同級生と一緒にいることすらできないって欠陥があるとしか言えない。
「ありがとう、利用してくれて」
「美味しいからな、また来られて良かった」
「でも、無理はしなくていいわよ、決して安いとは言えないもの」
大抵が1500円以上だ。
バイトをすることができない自分達にとって、1日に使う額としてはかなり高いということになる。
高校生なら他の物に使ったりしたいだろうから中々出しにくいレベルと言えるだろう。
だからこそこの1ヶ月に数回の利用がかなりありがたく感じるというわけでもあるのだが、同級生の親が経営しているお店だからと無理して来てほしくはない。
「なあ、明日って暇か?」
「もう……」
「いいだろ、俺が自分の意思で坂本といたいって考えているんだから」
「……16時までは手伝いをするわ、それ以降なら……」
「分かった、じゃあ16時半頃に家に行くわ」
彼は走っていってしまった。
どうしてそこまでして私のところに来てくれるのだろう。
私だったら自分を好きになるわけがないと考えているのだろうか。
油断しては駄目だ、寧ろ誰かといたくてもいられない人間程、優しくされたときに効果が強く出るものだと考えているから。
「戻りましょうか」
もういい、自己責任ということにしておけば。
彼が言うように彼が自分の意思で近づいてきているのだから。
文句を言える立場にはないのだと考えておけば楽だった。
翌日の16時半頃、確かに彼は家にやって来た。
来たのだが、汗をかいてしまったので先にお風呂に入らせてもらった。
「ごめんなさい、待たせてしまって」
「別に大丈夫だ」
今回は学習して飲み物を出してからにしたからあまり問題もない。
問題が出てくるとすればここからだ、今度は帰るという選択を選ぶことはできないから気をつけなければ詰んでしまう。
「水族館は楽しかった?」
「ああ、日吉以外の女子もいたんだけど、全然気にならなかった」
「それなら嫌な感じはなくなってきているの?」
「どうだろうな、恋をしているという状況ではないからな」
日吉さんがどう出てくるのかは分からないけれど、この感じなら好きになったとしても一方的に振られるということはなくなったのではないだろうか。
そもそもそういうつもりで近づいているわけではないという可能性もあるから考えても意味はないかもしれないが。
「そういえばこれ、ありがとう」
「つけたのか、なんか嬉しいな」
「柏木君が選んでくれたの?」
「俺から見て女子が好きそうなのを選んだんだ、正直に言って坂本のことはあんまり知らないからちょっと困ったけどな」
それでも私に買ってきてくれたということが凄く嬉しい。
というか、彼は本当にできた人間だと思う。
対するこちらは……嫌な気分になるからやめておこうと決めた。
「いらないって言われるかと思っていたから安心したよ」
「い、言うわけないじゃない……本当に嬉しいわよ」
「それなら今度さ、ふたりきりで行かないか?」
「あ、お魚にそこまで興味があるというわけではないのよね。入場料だって高いでしょう? だから私としては、どこかに行けなくても友達らしく一緒にいられればいいって考えているわよ」
でも、そうなった場合はって毎回同じことを考えて遠慮をするまでワンセットだった。
私だって仲良くしたいけれど……自分ことしか考えていないままでは駄目だろう。
「そもそも私達は友達でもないものね」
「は? 友達だろとっくに」
「え……そうなの?」
「当たり前だっ、寧ろ友達だと思ってくれてなかったのかよ……」
だって私は自分の気持ち優先でしか動けない悪い女だ。
不快にさせると分かっていてもこうして会ってしまう。
何回も言ってくれたから仕方なくみたいなスタンスを取っているが、そういう作戦かもしれないのにいいのだろうか?
「俺と坂本は友達だ、いいな?」
「え、ええ、あなたがそう言ってくれるのなら」
「連絡先を交換しよう。あ、日吉が全然送ってくれないって悲しんでいたぞ、遠慮しないで送ってやれよな」
話しかけてもらえた方が楽だった。
それで受け答えをするという方が自分に合っていていい。
「登録してある連絡先が増えたわ」
「いままで家族以外で知らなさそうだよな」
「ええ、その通りよ」
だからこれだけのことが本当に嬉しかった。
嫌われないように頑張りたい、私にできるだろうか。
「裕美子」
「なに?」
「って、呼んでいいか?」
「ええ、構わないけれど」
これも友達らしくていい気がする。
後は私が気軽に裕二君みたいに呼べればそれがベスト。
けれど、彼の側にいる女の子達に敵視されても嫌だからと名字呼びを継続することにした。
メンタルが弱くて申し訳ないが、悪口を言われるのは耐えられないからしょうがないことだと片付けてほしい。
「なあ裕美子、日吉と澤部だったら受け入れてくれるだろうかさ、仲良くしてみようぜ? 不安だったら俺も協力してやるからさ」
「……そうね、あなたがいてくれるなら頑張れるかも」
「ああ、必ずいるから」
こうなると気になるのはどうしてここまで優しくしてくれるのかということ、疑心暗鬼になってしまう前に正直なところを聞いておきたい。
「ねえ、どうして私のところに来てくれるの?」
「んー、なんか放っておけないっていうかさ」
「ふふ、優しいのね」
「違う、単純な優しさなら澤部の方が上だ」
「いいじゃない、私があなたが優しいと思っているのだから」
謙虚でいられるのは素晴らしいものの、素直に受け取ることも必要。
そうでなくても私みたいな人間が口にしているのだから真っ直ぐに受け取ってほしい――なんて、やはり私は自分のことばかりだった。
「澤部とは同じ委員会なんだよな」
「ええ、美化委員会ね」
「俺も志望すれば良かった」
「あなたはちまちまと綺麗にするタイプではないでしょう?」
それに変に距離が近かったりすると無意味に嫉妬されてしまう可能性があるから勘弁してもらいたい。
「おいおい、なんか馬鹿にしてねえか?」
「あはは、それだけ大きいんだもの、屈むのは大変よ」
澤部君も優しくて話しやすいから良かった。
というか、正直に言ってここにいる彼よりも近づいてきてくれる理由が分かるからいい、同じ委員会仲間だから良好な関係を築こうとしてくれているのだ。
ただ、それを言うことはもちろんしなかった。
これを言ってしまったら恐らく彼は拗ねてしまうだろうから。
……早速調子に乗りそうになってしまっているので気をつけようとなにも言わなくても拗ねたような顔をしている彼を見ながらそう思ったのだった。
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