08作品目
Nora
01話.[忙しかっただけ]
かなり憂鬱だった。
1年生は気づいたら終わっていた。
今日から私も高校2年生、だけどあるのは不安ばかり。
新しく一緒になったクラスメイトはにこにこと笑顔を振りまいているというのに、私ときたらため息ばかりついている。
ひとりでやっていく自信がない。
こういう思いを少しでも共有できる仲間がいればいいのだけれど。
「坂本
「坂本、他になにかないのか」
「あ、ありません……」
「はぁ、はい次」
小学生の頃はもっと自然に話せていたのに何故だろうか。
とにかく、私は地獄の自己紹介タイムを乗り越えられた。
後は必要なプリントなどが配られて終わりのため少しほっとする。
「起立、礼、ありがとうございました」
よし、それならせめて他の誰よりも早く下校しよう。
「ちょっと待て坂本」
「え……」
一応私のことを考えてか廊下での話となった。
「お前、面接のときははきはき話せていただろう?」
「それは受からなきゃ終わるという気持ちがあったので……」
「確かにそれはそうだが、これからもそれぐらいの気持ちでいてみろ」
む、無茶を言わないでほしい。
ずっと受験のときみたいな気持ちでいたら死んでしまう。
「坂本、私はお前のためを思って言っているんだぞ?」
で、出た、お前のためを思って言っているんだぞ!
大抵そうやって言うときは自分でも分かっていることを指摘されることが多いためあんまりいい印象は持てていなかった。
なるべく迷惑をかけないようにするから放っておいてほしい。
「し、失礼します」
「ああ、気をつけて帰るんだぞ」
どひゃぁ……これはもうこの先も苦労するところしか想像できない。
「いらっしゃ――なんだ、裕美子か」
「ただいま」
私は家の飲食店で中学のときからお手伝いをしている。
もちろん厨房の方、接客なんて無理無理無理。
「お母さんは?」
「買い物中、すぐできるか?」
「ええ、それは大丈夫よ」
衛生面に気をつけなければ人は一気に来なくなってしまう。
だからそこら辺のところは特に気をつけて仕事と向き合っていた。
「髪、伸びたなあ」
「切った方がいいかしら?」
「いや、帽子の中に入れば大丈夫だ」
帰ってから20時頃までやればいい、時間つぶしにもなっていい。
あとは色々なことを考えずに済むのがいい、特に学校のこととか。
そもそも他のことを考えながらお客様のための料理を作るなんて失礼のことだから。
……あとは何気にお小遣いも貰えるからいいことばかりだった。
「裕美子、もう大丈夫だよ」
「そう? それなら先にお風呂に入ってしまうわね」
今日の分は終了。
ああ、でも明日のことを考えるとお腹が痛くなる。
「はぁ……」
女の子の友達ですらこんなにできないのに男の子の友達なんてひっくり返ってもできそうにない、父や母相手が相手ならここまでスムーズに話せるのになと頭を抱える羽目になった。
「同じ高校の制服を着ている子が来てくれたよ」
「利用するのね、近くにはファミリーレストランもあるのに」
場所的にも時代的にも若い人が利用してくれる可能性は限りなく低い。
大抵は父のお友達とか常連になってくれた人とかだけ。
でも、それは本当にありがたいことだ、利用してくれなくなってしまったらずっと続けてきたのにお店を畳むしかできなくなってしまうから。
「挨拶をしようっ」
「む、無理よっ」
そもそもお店を利用しただけなのに変な女子高校生が挨拶なんてしに来たら次に利用する可能性は0になると思う。
こういうときは高校生も利用してくれるのねえという感想を持つだけにしておくのが1番だ。
「裕美子ー、お前にお客さんだ」
「あ、分かったわ」
待って、友達なんて誰もいないのにお客さんって誰だろうか。
それにもし男の子だったら? ……絶対に無理だ、下手をすれば逃げ帰る自信だってあった。
そういうマイナスイメージだけは明確に持ててしまうのが自分。
「こんばんは」
「こ、こんばんは……」
そして悪い予想とは当たってしまうもの。
変なおじさんとかよりはマシとはいえ、同じ高校の男の子となんて。
「お、お店ならそこから入れますよ?」
「いま利用して出てきたところなんだ」
「あ、ありがとうございました」
まさか私のことを気に食わない人が噂を流してこの人に頼んだとか!?
「あ、あの、暴力だけは……」
「そんなのしないよ。坂本の家がここだって知っていたからさ」
「あの……何年生ですか? あっ、私は2年生ですけど」
「俺も2年だよ、なんなら坂本と一緒のクラスだ」
「す、すみませんでした……」
誰か全く分からなかった。
分かっているのは私と違って緊張していないということ。
微笑を浮かべてこちらを見てきているということ。
怖い……なんで笑っているのかが分からなくて。
「敬語はやめてくれ。俺は柏木
「よ、よろしくおね――よろしく」
ああ、確か無難な自己紹介だったのに女の子が盛り上がっていたっけ。
いるだけで視線を集めてしまう子がこんなに身近なところにいるなんて思ってもいなかった。
「坂本も手伝っているんだろ?」
「え、ええ、お小遣いを貰えるからだけれど」
「ははっ、可愛い理由だなっ――あ、悪い」
可愛いと言った後に謝られるとそれはそれで気になる。
「坂本はなにをしているんだ?」
「調理をするわ、接客は私には向いていないもの」
「なんかもったいないな、坂本が見えないのは」
「どういうこと?」
「いや、そりゃ……言いにくいこと聞いてくれるな」
コミュニケーション能力が低いから無理だとは伝えておいた。
両親もそれで納得してくれているから問題はない。
接客をしろだなんて言われたら2度と手伝いなんかしないぐらい。
それよりもだ、意外と話せている気がする。
相手は男の子なのに、今日話したばかりなのに。
今後、お店を利用してもらうためにも仲良くおいた方がいいのでは?
「か、かしわっ」
「落ち着いて、大丈夫だから」
「ふぅ、柏木君さえ良ければまた利用してちょうだい」
「うん、それはそのつもりだから」
だからって友達になってくれなんて言えるわけがない!
なので、店長の娘である身としてそれっぽいことを言わせてもらった。
「それより坂本ってそういう話し方をするんだな」
「え、ええ、似合わない……かしら?」
「そんなことない、似合っているから大丈夫」
「よか――っくしゅっ! ごめんなさい、お風呂から出たばかりで冷えたみたい。それに、あなたもそろそろ帰らないと駄目よ」
「だな、また来るよ、それじゃあな!」
この場合は2パターンだ。
本当に来るか、社交辞令で言っただけか。
お店のために繋がるからたまにはポジティブにいようと決めた。
「よ、坂本って身長何センチだ?」
「わ、私は163センチね」
な、何故か身体測定なんかが終わった後に話しかけてきた。
こちらの頭に手を置いて「俺は180台になれたぜ」と嬉しそう。
改めて見なくても大きいことがよく分かる。
「裕二ー、この後、カラオケ行く約束でしょー」
「そうだったな、それじゃあ――あ、坂本も行こうぜ」
「坂本さんも行きたいの? それなら行こー!」
「え、あ、あの……」
えぇ……何故か行くことになってしまった。
空気を読んで端の方に座ることに専念しておくことにする。
歌を大して知らない子達の前で歌うなんて自殺行為に等しいから。
「坂本さんも歌入れなよ」
「わ、私は――ええ、分かったわ」
ここで歌わなかったら2度と誘われないかもしれない。
そうしたら柏木君との繋がりもなくなってお店を利用してくれなくなる可能性の方が大!
うん、どうせ第一印象かなんかで駄目だろうから気にする必要はないわと現実逃避をしてマイクを持った。
そこからは大して覚えていない、気づけば終わっていた。
みんなは笑顔だったから空気を壊すようなことはしていない……はず。
「お疲れ」
「ええ」
あ、しまった、家に連絡していなかったことに気づいた。
しかも手伝うことは自分で決めた日課だったのになにをやっている。
失礼とは思いながらもさせてもらうことに。
すぐに確認されるということはないだろうがしないよりマシだろう。
「帰ろうぜ」
「え、そういえばどうして残っているの?」
先程まで私以外に3人ぐらい女の子がいたと言うのに。
あからさまなアピールをしていた、スキンシップも多かった。
普通であれば友達だと言えるその子達と帰るところだ。
「驚いたよ俺」
「みんながあなたを好いているということに?」
実際に複数人から好かれる男の子が身近にいるとは思わなかった。
彼と話すようになってから今日で2日目ではあるが、驚きばかり。
「違う、歌うの上手いなって」
「そうね、みんな上手だったわよね」
「はぁ、わざと言っているだろ……」
得点が出るタイプだったからみんなそれで一喜一憂していた。
ただ、みんな90点を超えて喜んだり残念がったりしていたからこちらとしては複雑だった、どんなレベルが高い集団なんだろうと。
その中で友達でもない女が歌ったらどうなるか。
みんなが優しかったから良かったものの、そうでもなければここだけ雪原レベルで冷えたことだろうなとは容易に想像ができた。
「それより悪かったな、無理に誘うみたいになっちゃって」
「いえ、楽しかったわ、こういう風にでもなければ誰かとカラオケに行けるなんてことはなかったから嬉しい、ありがとう」
せめていまみたいにどもらないで話せるようになろう。
彼が協力してくれればできる気がする。
なので、少なくとも彼に嫌われるようなことはしたくなかった。
頑なに遠慮しすぎるなんてことにはならないようにしよう。
「はぁ……」
え、早速対応を誤ったかしらと困惑する。
決めた、話しかけられたら対応することにすると。
自分みたいなタイプはちょっと問題なくできるようになるとすぐに調子に乗ってしまうので気をつけなければならない。
「あんまり一緒にいたくないんだよな」
「そ、それならいなければいいじゃない」
「あ、坂本とじゃないぞ? 今日行った日吉達とだよ」
「どうしてよ、あれだけ求めてくれていたじゃない」
てっきりずっと前からの仲だと感じたぐらいだったけれど。
が、彼はどうしてもいい顔はしなかった。
男の子からしたら女の子が来てくれたら喜ぶものではないの?
しかもみんなレベルが高かった、結構贅沢な思考をするみたい。
「だって今日初めてまともに会話したんだ」
「え、そうだったの?」
踏み込む速度が尋常ではないと。
正直に言って、レンタル友達とかで日吉さん達が来ても違和感なさそうなぐらいだった。
彼の顔や性格が整っているからなのか、単純に人に対するそれが人とは違うのか。
「仲良くできる気がしない……」
「そんなことないわ、変に遠慮しないで一緒にいればあっという間よ」
小学生時代は私もそうやって乗り越えてきた。
それがどうしてか中学生のときからできなくなり、当然高校生になったらもっと悪化という形になったが
「俺……情けないけど異性が苦手なんだ」
「それならそのまま言ってあげればいいのよ」
どんどん態度が素っ気なくなっていくことよりはリスクも少ない。
どうやら女の子絡みで嫌なことがあったみたいだ。
私といることを考えると恋愛感情とかを向けられることが嫌だということなのかもしれない、……単純に私が女扱いされていないのもありそう。
「安心して、私には恋愛感情なんて微塵もないから」
「な、なんか嬉しくないな……」
そもそも私は恋愛とかの前にまずは友達を作らなければならない。
少なくとも異性同性、どちらもひとりずつは欲しかった。
そこからも焦らずに友達として仲を深めて親友になれればいいなんて。
家の手伝いもあるのだからあまり贅沢を言うつもりもない。
「言わなくても分かってくれるだなんて考え方はやめた方がいいわ」
「そうだな、坂本の言う通りだ」
「あっ、ごめんなさい、偉そうに言ってしまって」
自分から話しかけるということもしてしまっているしもう自分の決めたルールさえ破ってしまっている。
「もうここでいいわ、送ってくれてありがとう」
「これぐらいなんてことはない、それじゃあな」
明日からは手伝いをちゃんとしよう。
仮になにか用事ができても連絡はきちんとする。
でも、いまのことを考えれば柏木君が話しかけてくれる可能性は高い。
もしそのまま友達になってくれたら――そうしたらかなり安心して学校生活を送ることができる気が。
「ただいま」
「おかえり」
「今日はごめんなさい、同級生の子達とカラオケに行ってたの」
「カラオケっ!? 裕美子がか!? そうか、めでたいな!」
カラオケに行っただけでここまで盛り上がられると恥ずかしい。
恥ずかしいのですぐに家の方に移動した。
ただ、友達になれるかどうかが不安だった。
委員会は掃除が好きなので美化委員会を選択した。
去年も同じだったからこれでまた不安の種はひとつ減ったことになる。
委員会でも同じように地獄の自己紹介タイムを終えて解散。
「坂本さん、これから1年間よろしくね」
「え、ええ、こちらこそ」
柏木君とは別の男の子、澤部君と一緒になった。
同じクラスだから緊張する必要もない、そう考えているはずなのにやはりというかついついどもってしまった。
と、とにかく、学校が終わったのなら早く帰って手伝いをするだけだ。
「悪い、このメモに書いてあるのを買ってきてくれないか?」
「分かったわ」
「帰ってきたばかりなのに悪いな、気をつけてな」
どうやらお店で、ではなくて家の方で足りていないようだ。
母はいないようだから帰ってきた娘に頼んだ、そういうところだろう。
「(キャベツとお肉でお好み焼きを焼いても美味しそうよね)」
色々と想像しながら歩いているだけで楽しい。
それでもスーパーでだけはきちんと注意して忘れないようにしたが。
「あ、やっほー」
「日吉……さん?」
「そそ、日吉
彼女はこんなに明るくて眩しいぐらい。
柏木君が嫌な思いとやらを味わっていなければお似合いなぐらいだ。
「坂本さんの家もこっちなの?」
「い、いえ、お買い物に来ていたの」
「なるほど、そういえば坂本さんのお家はお店をやっているんだよね」
「柏木君から聞いたの?」
「ううん、そもそも昔からきみが働いているのも知っているから」
やるとしても厨房が当たり前だったのにどうしてだろうか。
帰るときはお店の方から入るから? こういうことを言うのはあれだが利用してくれる人達の平均年齢は比較的高いから意外だ。
「そうだ、この前はありがとう、私も誘ってくれて」
「え、やだな、お礼なんていいよ、ずっと気になっていたわけだし」
「私を? でも、1年生のときは別のクラスだったわよね?」
「うん、そうだよ、私は1組で坂本さんは4組だったからね」
そうよね、それならどこを気にしてくれているのだろうか。
気づけば1年生が終わっていたぐらいだからなんにもない毎日だった、というのが私の考えているところだった。
少なくとも柏木君や日吉さんとは1度も会ったことはないぐらいで。
「それより驚いたよ、1年生のときはずっとひとりでいたのに」
「そうね、学校へ行って授業を受けて帰ることしか頭になかったわ」
家の手伝いもしなければならなかったからあまり気にならなかった。
ただ、私はみんなが上手く仲良くやっているところを見て羨ましいと考えていたと思う。
が、見ているだけしかできなくて、いつの間にか望むことはやめていた的な感じで。
「あ、ごめん、帰らなきゃだよね」
「いえ、大丈夫よ」
「それなら私も行っていい? またとんかつ定食が食べたいなって」
「お、奢ったりはできないけれど」
「そんなつもりないよ」
これを置いたら手伝うつもりだから作ってあげることができるかもしれないという少しのわくわくと、あそこは父のお店で父が作るべきだという考えがあってごちゃまぜになっていた。
「いらっしゃいませ」
「こんばんはー」
「お、明音ちゃんっ」
どうやら母は知っているみたい。
対応は任せて私はこれを先に家へと置きに行く。
ああ、帰るときはきちんと家の方から入るべきかもしれないと反省した、あんまり関係ないのが頻繁に出入りしていたら怪しいし。
「買ってきたわよ」
「悪いな。あ、今日はどうするんだ?」
「もちろんやるわ」
出しゃばることなくメインのものではないやつを頑張ることに。
あの子はバイト禁止の高校生にはそこそこ高い定食を注文していた。
お金持ちなのかしら、若い人達に利用されにくいのはこういうところも影響しているわけだけれど。
「裕美子、明音ちゃんが呼んでいるよ」
「日吉さんが?」
行ってみたらハムスターみたいに口を膨らませている彼女がいた。
座るように指示されたから隣に座ったらこくりとうなずかれる。
「ん、これ、登録しておいてください」
「え?」
「お姉さんには一目惚れしてしまいました」
「もう……」
「ははっ、連絡先だよ」
電話番号、メールアドレス、アプリのID。
最近は前ふたつは全く使用していなかったから助かった、おまけにそのIDも使用しているアプリのものだったから。
「それよりお姉さん、どうして接客してくれないの?」
「む、無理よ」
「なんてね、分かっているけどさ」
知り合いが来てくれるということはこういうからかい方もされる可能性があると分かった、そう考えるといいのかどうか分からなくなる。
流石にそこからは食べることに集中してくれたので良かった。
食べ終えお会計を済ました後は贔屓するというわけでもないけれど外まで付いていくことに。
「ふぅ、量が多いから油断すると太りそう」
「たまに食べている程度なら大丈夫よ――あ、いえ、ご利用いただきありがとうございました」
「どうせなら家まで送ってくれないかなー」
「ごめんなさい、流石にそれはできないわ。気をつけてね」
「はーい、それじゃあね!」
手伝うなら手伝う、やらないならやらないとはっきりしなければならない、何事も中途半端が1番迷惑をかけるからだ。
戻ったらまたしっかりと手を洗っていつも通り20時頃まで働いた。
終わったらいつも通り入浴を済ましてふたりを待つ。
「ふぅ、立ち仕事はやっぱり疲れるな」
「肩を揉んであげるわ」
「先に飯を作ってからだな」
入浴の前にご飯を作ってしまうのもいいかもしれない。
というか、わざわざ終わってから父に再び作らせるぐらいなら本格的に忙しくはない自分が作るべきだったと反省した。
色々と考えが足りないところがある、柏木君や日吉さんに嫌われないためにも自分で考えて動けるようにならなければならない。
「お父さん、最近は中途半端でごめんなさい」
「別に問題ない、学生なんだから遊べばいい」
そういえばバイト禁止ということになるけれど、これはそれに該当するわけではないのだろうか、家事手伝いみたいな感じだから問題ない?
「自分がやりたいときにやってくれればいい」
「ありがとう、なるべく手伝うつもりでいるから――あ、迷惑だということならやめておくけれど……」
「迷惑なわけあるか、裕美子が娘で良かったぐらいだ」
それならこれからもそう言ってもらえるように空回りしない程度に頑張ろうと決めた、意気込み過ぎてもそれはそれで場を乱すから。
「おー、絶妙な力加減だな……」
「気持ちいい?」
「ああ、助かるよ」
父作のご飯を食べたら肩揉みをした。
こうやって少しずつでも役に立てればいいなと思ったのだった。
今日は早速委員会としての仕事があった。
それぞれ決められた場所を綺麗にするというもの。
「坂本さん、持ってきたよ」
「ありがとう」
掃除するのは大好きだ、草むしりなんて特にいい。
私達は無駄にお喋りすることもなくむしってはゴミ袋に入れてを繰り返していた、澤部君と一緒で良かったと思う。
「ふぅ、まだまだいっぱいあるね」
「そうね、でも、凄く楽しいわ」
私達がこうすることでここを利用する人が気持ち良く過ごせるのならそれでいい、誰かに命令されることなく自分から進んでやりたいぐらいだった。
難点なのは例え長く伸びていようと勝手に取っては行けないところも多いということ、そのためうずうずしてしまうことも多いと。
「澤部君は休憩していてもいいわよ」
「そんなことできないよ、少しずつやっていくよ」
「そう、それなら一緒に楽しみましょう」
上手く引っ張ってすぼっと抜けた際にはぞくぞくしてしまうぐらい気持ちがいい、草を抜いて快感を得ている危ない人になってしまっているがそんなことさえどうでもよかった。
「坂本さんは去年から変わらないね」
「あなたも去年の私を知っているの?」
「うん、人とは話さずに黙々と仕事をしていてさ、それが格好いいなって思ったんだ。尊敬していると言ったら大袈裟になってしまうかもしれないけど、坂本さんみたいにできたらいいなと考えているよ」
人とは話さずにではなく話せずにというのが正しいところ。
それに任された仕事をしっかりやることは普通のことだろう。
褒められることじゃない、偉ぶるつもりもない。
しかし、これはある意味逃げでもあったのだ、だから私みたいになってしまうことは良くないことでもあった。
真面目に黙々とやっていると言えば聞こえはいいが、コミュニケーションを取ることを早々に放置しているだけなのだから。
「あ、ちょっとじっとしてて」
「ええ――えと」
「あ、ごめん、土がついていたからさ」
「あ、ありがとう……」
こうして動いていれば春でも汗をかくもの。
先程腕で顔を拭った際についたのだろう。
……いきなり異性の顔、頬に触れるなんてすごい。
私がそんなことをしたら引かれて終わるだけだというのに。
「こ、こっちをやるわねっ」
「うん、それなら僕は反対からやるよ」
気恥ずかしいからこっちに集中するようなふりをして。
でも、やっぱりこれをしていると落ち着けて、最後までやりきれた。
「僕が持って行くから帰ってていいよ」
「そんなことできないわ、あなたがもう帰りなさい」
指示された場所にゴミ袋を持っていったり、道具を片付けたり。
持ってきてくれたのは彼なのだから最後ぐらいはやらなければ駄目だ。
「お疲れ」
「ま、まだいたのね」
「一緒のクラスで一緒の委員会になったんだから仲良くしたいなって」
「私なんかといてもつまらないわよ」
ああ、こういうことを言って保険をかけてしまう自分が嫌だ。
本当なら誰かが来てくれることは嬉しいはずなのに、幻滅されて離れていかれたらどうしようという不安があって上手く対応できない。
こういうことを言えば言うほど離れていくって分かっているはずなのに自分を守るためにこうしてしまうのだ。
「よう、委員会は終わったのか?」
「ええ、先程終わったわ」
柏木君はやはり大きい。
澤部君は私よりも少し大きいぐらいだから尚更そう思う。
「澤部、俺も一緒に帰っていいか?」
「うん、大丈夫だよ」
澤部君と帰ってくれるのならと考えていた自分。
だが、そこには自分も含まれていたらしいとすぐに知る。
それなら私にも聞いてくれればいいのにと考えつつも、友達でもないのにこういう細かいことを指摘したら嫌がられるだろうからとやめた。
「柏木君は部活動をやらないんだね、それだけ大きいとバスケ部とかから誘われそうだけど」
「あー、実際誘われたからな。けど、部活動に入部しなければならないなんてルールはないし、遊んだりして過ごすのも悪くないと思ってな」
「僕は団体競技とか苦手だから部活をやるつもりはないかな」
私も同じだ、だから中学生時代は園芸部に入っていた。
他に誰かがいてもあまり関係ないというのは対人スキルが低い自分にとって助かった、だって先生と一緒にやっていればいいのだから。
後輩、同級生、先輩とかとは上手く話せないことも多いが、何故か先生とは大して緊張もせずに話せることもあった。
恐らく、公平に対応してくれるからだと思う。
仮に先生がこちらのことを嫌だと感じていてもその仕事柄、あらかさまに出してくることはないからだ。
「柏木君って女の子の友達が多そうだよね」
「なんだよ急に……友達なんて多くないぞ」
「え、でも、休み時間になったら集まるよね?」
「友達じゃない、あれはただのクラスメイトだ」
正直なところを聞いているからこちらとしてはなんとも言えない。
それに、女の子絡みで嫌なことがあったことしか知らないから。
みんな信じられないんだろうな、軽度ではあるがトラウマになっているのかもしれなかった。
「ちょっと羨ましいかな」
「いや、いいことばかりじゃないからな? なんか女子同士でギスギスし始めることもあるからさ」
「うん、だからひとりでも側に女の子がいてくれたらいいかなって」
「ま……男としてはそうだな」
それこそ日吉さんなら理想の相手と言えるかもしれない。
柏木君のその嫌なこともいいことで上書きしてくれるかも。
澤部君にとっても理想的な存在となってくれるかもしれない。
私にも優しくしてくれるぐらいの子だ、可能性はある。
「日吉さんがいてくれるの羨ましいなって」
「あいつは明るいからな――って、もしかして気になっているのか?」
「いや、単純に学校生活が楽しくなりそうだなって」
「まあ、確かにな」
そういえば私、なんのために一緒に帰っているのだろうか。
自分の家に向かって帰路に就いているからではあるが、こうしてふたりの後ろを歩いているとまるでストーカーみたい。
なので、ふたりの邪魔をするのも悪いからと脇道を利用した。
そういうところだと指摘しながらもやったらやったで楽になった。
休日は朝から手伝いをすることにしている。
午前9時に開店とはいえ、こっちは色々支度をしなければならない。
だから朝の方が正直に言って忙しい、かもしれなかった。
「今日は休んでいてもいいんだぞ? 昨日だって働いたんだから」
「家でじっとしているより動いていた方がいいもの」
「親としては友達と遊びに行ったりしてほしいんだがな」
「め、迷惑をかけないようにするから許して」
「そういうことが言いたいんじゃねえんだけどな」
だってしょうがない。
携帯をチェックしていても日吉さんから連絡なんてこない。
なんのために交換しているのか分からなくなってくるぐらいだ。
ならごちゃごちゃ考えずに済むこちらで動いていた方がお小遣いも貰えていい、いい人間なんかではないからそういう下心が満載だった。
でも、しっかりやっているつもりだから許してほしい。
「今日はまだ誰も来ないな」
「来るとしてもお昼か夜でしょうね」
「確かにな。朝からとんかつは重いしな」
こう言ってはなんだが、やはり値段がそこそこ高いのもある。
ファミリーレストランに行けば1000円以内でお腹いっぱいになれてしまうからどうしたってそっちに流れる。
あとは単純にこういう個人経営店特有の入りにくさだ。
どうしたって品質にばらつきがあるし、値段の件もあるし、常連さんがいればいるほど初めて来る人にとっては居づらい空間になる。
母はお客さんと良好な関係を築くべく話しかけることが多いが、それもまた快く思わない人だっているだろうから。
私なんかもそうだ。
飲食店に行く理由はご飯を食べるためであって店員さんと話すためではない、なので注文した料理さえ運んできてくれればそれでいい、食べ終えるまでの間、触れてこないことを望む。
私が問題という可能性もあるが時代の変化というのは確実にそこにあるわけで、合わせていかなければお客さんはお店に来てはくれなくなってしまうだろう。
「ファミレスも近くにあるしな」
「お父さんも利用するわよね」
「敵視して利用しないなんて馬鹿らしいからな」
なんとかずっと続けられればいいけれど。
当然、来てほしいと頼むことも必要だろうが、自分の意思で行こうと思ってもらえるようなお店作りが必要だ。
が、残念ながら私にはどこをどう改善すればそういう風に思ってもらえるかが分かっていないので口出しもしない。
それに、私如きが考えつくことなんて父や母だって分かっているだろうから。だからこちらは気にせず手伝うことに集中しておけばいい。
「裕美子」
「なに?」
「最低でも土日のどっちかは休め」
「え……」
「そもそも高校はバイト禁止だろ? それと、親としては楽しく過ごしてほしいんだよな。いやまあ、素晴らしいことだとは思うぞ? いまからこういうことを繰り返していけば社会に出たときにもきっと役立つからな。でも、社会に出てからでも遅くないと思うんだ」
私にとってこれは十分嬉しく、楽しいことでもあった。
だって両親から必要とされるうえに自分が作ったものを美味しいと言ってもらえるから。
友達と過ごしていても嬉しいことや楽しいことがあることは分かる、けれどそれはあくまで良好な関係を築けている場合のみの話。
いまの自分としては柏木君達といるとき、申し訳無さの方が強い。
友達ではないことが強く影響している、あとは気を使ってくれているということがよく分かるからだ。
「私は自分の意思でこうしているの、迷惑なら迷惑だとはっきり言ってちょうだい。私達は家族なのだから遠慮なんて必要ないでしょう?」
「迷惑なんかではない、でも、親としてな」
「気にしなくていいわ、手伝っているとすっきりするもの」
「そうか……ま、縛らないから遊びたかったら手伝いのことは忘れて遊んでくれればいいからな――っと、やっと来てくれたみたいだな」
残念だけれど遊びに行けるような仲でいてくれる存在がいない。
両親を安心させるためにもいてくれればいいと考えているが、残念ながら考えているだけでは前には進めないのだ。
ただ友達になってほしいとさえ言えない自分になにができるのか。
自分らしさを貫いておけばいいとはいえ、そうするとまたなにもなく終わった1年生のときと同じになってしまうという難しさがある。
……いけない、いまはこっちに集中しよう。
頭の中をごちゃごちゃにするなんて馬鹿としか言えないから。
1度お客さんが来てくれてからは利用してくれる人が増えた。
意外にも日曜日のお昼頃から利用してくれる人が多くて安心する。
あとは適度な忙しさによって満足感が高いのもいい。
「なんかラーメンを食べたくなるな」
「ふふ、唐突ね」
「無性に食べたくなることないか?」
「実はあるわ」
「だろ? だから終わったらラーメン屋にでも行くか」
それなら醤油ラーメンを頼むことにしよう。
結構食べられるから炒飯も頼めば最高の組み合わせになる。
……こ、こうして動いているのだから1日にエネルギーを摂取しすぎても大丈夫だと思っておきたい。
「ねえ、どうしたら友達になってもらえると思う?」
「そりゃ……ん? 改めてそう聞かれると困るな、気づけば毎日一緒にいるようになっていたぐらいだからな。意識して友達になってほしいとか考えたのは母さんのときだけだな」
「そういえばお母さんは女子校に通っていたのよね?」
「そうだな、だから出会えたのは大袈裟でもなんでもなく奇跡だと考えているぞ。ま、そこまでではなくても裕美子にとって、一緒にいて安心できる存在と出会えればいいな」
安心できる存在か。
柏木君が相手なら似たような形で話せるけれど、こちらに合わせようとしてくれていることが分かるからなんとも言えない。
つまりそれが解除されたときどうなるかだ、冗談を言い合える仲に発展する可能性もあるし、そもそも関係が消える可能性もある。
後者になる可能性が高くて怖くて友達になってくれと言えないような存在がそんなことを望むのは違う気がした。
また、変に優しくされるとどうしても疑心暗鬼になってしまうから。
「坂本ー」
「こんにちは」
お昼頃、その柏木君が家にやって来た。
流石にお店を利用するわけではなさそうだ。
「何時までやるつもりなんだ?」
「予定通りであれば16時までね」
「まだ14時だな……それなら外で待ってるかな」
「え、なにか用でもあるの? それにいちいち外じゃなくても家で待っていてくれればいいじゃない」
「え、上がっていていいのか? それなら待たせてもらおうかな」
結局なにがあるのかは教えてくれなかった。
矛盾してしまうが15時までに変更させてもらう。
こうなってしまえば優先しないのは失礼だから。
もちろん今度この減らした分を働くつもりだ。
「待たせてしまってごめんなさい」
「いや、急に来た俺が悪いからな」
飲み物を出してから続きをすれば良かったと後悔した。
駄目だ、柏木君なら友達にはなってはくれるだろうけれど、こちらの色々な考えの足りなさで自爆しそうで。
「そ、それで今日はなにか用があったの?」
「坂本と遊びたかっただけだな」
「私とって……なにもしてあげられないわよ?」
面白いリアクションもできない、面白い話も言えない。
私達は学校で会って挨拶をする程度に留めておくのが1番だと思う。
そもそも、もしこうして一緒にいて勘違いしてしまったらそれこそ彼にとっては嫌な展開になると思うけれど。
「ふたりきりが嫌なら澤部を誘うか?」
「そういうわけではないわ、単純に私といてもつまらないでしょう?」
これは保険ではなく本当に思っていることだ。
私は登校し授業を受けて家に帰り手伝いをするだけしかできない。
コミュニケーション能力はお世辞にも高いとは言えないし、彼らと話すようになってから分かったことだが考えが足りない。
つまり指示待ち人間みたいなものだ、言われたことしか守れないような存在と遊びに行ったっていい結果は得られないに決まっている。
「俺はそうは思わないけどな」
「でも、私はそう思うのよ」
身近に日吉さんがいるからこそ余計に目立つ。
こちらは愛想笑いすらできない残念な女だった。
「とにかく、どこかに行こうぜ」
「……分かったわ、ただ夜は両親とラーメン屋さんに行くからそれまでということで」
「え、それじゃあ全然遊べねえじゃん」
「それならやめる?」
私は別にそれでいいというかそれがいい。
ふたりきりでなんか行ったら会話が続かなくて終了だ。
彼の口から今日はもう解散するかと吐き出させるぐらいならそもそもなかったことにしておくのが1番だろう。
「いやそれでもいい、というか適当に歩ければそれでいいんだ、店とかに入ると無駄遣いしちゃうからな」
「後悔しても知らないからね」
「しない、仮にすることになっても言わない」
ここまで言わせて結局行かないんじゃ最低な人間になる。
付き合って歩いていればいいなら、それぐらいなら別に構わない。
気まずくなったら色々なところを見ておけばいいのだ。
「日曜日でも手伝っていて偉いな」
「お小遣いのためよ、偉くなんかないわ」
ここだけは褒められたくなかった。
なんというか惨めな気持ちになるだけだから。
だってこういうところしかないということなんだ。
で、気まずいときとか困ったときなんかにとりあえず褒めておこうというのがまる分かりすぎて嫌、面倒くさい性格なのは分かっているが。
「お、クレープだって、食べるか?」
「こんな中途半端な時間に食べたらラーメンが美味しく食べられなくなるからいいわ」
ああ、可愛げがない。
今日はいいよ~とか言っておけばいいものを。
はぁ、絶望的に駄目だな、もう色々終わっている。
「はぁ……」
彼がかかってきた電話に対応している間、お花屋さんを見ていた。
見ているだけで落ち着く、なんならこのままここにいたいぐらい。
特に好きなのはパンジーだ、白色が可愛くて綺麗で好き。
「悪いっ、待たせたなっ」
「いえ……」
それもこれで終わりか。
こういう風に考えてしまっている時点で駄目だろう。
自分のことしか考えていない、相手がどう思おうがどうでもいいって。
「パンジー、好きなのか?」
「まあ。……行きましょ」
その後も私達は変わらない空気のまま歩いていた。
彼は一生懸命話しかけてきてくれたけれど、いまいちテンションが上がらないままだった。
「そんなにつまらないか?」
「だから言ったじゃない、私とだとこうなるって」
「いや俺は――」
「おーいっ、ふたりともー!」
そこでやって来たのは日吉さんと澤部君のふたり組。
ちょうど良かった、ふたりに彼の意識を集めてもらいたい。
「珍しいね、坂本さんが柏木君とふたりでいるなんて」
「まあそうね」
珍しいって私のなにも知らないくせに。
……今日は駄目だ、マイナスな方向にしか考えられない。
この調子だとラーメンを食べてもいい気分にはなれなさそうだ。
凄く悔しい気持ちになって、3人が歩いていく後ろで俯いていた。
「日吉と澤部はどうしてふたりでいたんだ?」
「僕は散歩中に会った感じかな」
「私はゲームセンターから帰っているときに会ったの」
「へえ、てっきりもうデートをする仲なのかと思ったけどな」
「「ははっ、ないないっ」」
なるべく話が振られないように距離を空けて付いていく。
「裕二はなんで坂本さんといたの?」
「遊びに誘ったんだ」
「えっ、ということはデート!?」
「それはない、本人を見てみろ」
ばっとふたりがこちらを見てくる。
澤部君はともかくとして、日吉さんの方はすぐに困ったかのような顔で「こ、これはデートではなさそうだね」と重ねていた。
「というか、裕二の目的地は?」
「ない、適当に歩いていただけだ」
「あー、それは坂本さんもこんな感じになるよ」
「女子的にはただ歩くのだけじゃ駄目なのか?」
「駄目とは言えないけどちょっと退屈しちゃうかなって」
やっぱりこのふたりが会話しているところは絵になる。
自分が発したことで色々な表情を見せてくれたら嬉しいだろう。
「坂本さん」
「ええ」
ふたりが自分達だけの世界を構築し始めたのを感じ取ったからだろうか、澤部君が後ろに下がってきた。
「ごめんね、邪魔をしちゃって」
「いえ、あなた達が来てくれて助かったわ、ありがとう」
あれ以上ふたりだけでいたら嫌な気持ちにさせていた。
日吉さんが来てくれて彼がどこか安心したような表情になっているのはそういうことだ、下手をすればここで壊していた可能性もある中でよくやってくれたと思う。
「でも、なんか楽しくなさそうだね」
「あ……それはそうよ」
私がつまらない人間だから。
自分だけで終わるならともかく、相手を巻き込んでしまうから。
こうなることが分かっていたのに付いていった自分は悪い存在。
「無理して受け入れなくてもいいんじゃない?」
「そうね、相手を嫌な気持ちにさせるぐらいならその方がいいわね」
「いや、そうじゃなくてさ、坂本さんがあんまり乗り気じゃないなら無理するべきじゃないなって、この前だって帰っちゃったからさ」
「あ、ごめんなさい、邪魔したくなかったのよ」
普通なら声をかけて帰るべきところなのは分かっていた。
言い訳をさせてもらえるなら、いまも言ったが邪魔したくなかったのだ。
「あんまり人といるのが好きじゃないん……だよね?」
「そんなことは……」
誰かといたいと願っても叶わないから諦めているだけで。
私だって友達と仲良く遊びたいという思いはある。
矛盾しているかもしれないが恋人だって……まあ、女として欲しい。
でも、できる可能性は限りなく低いと分かってしまう。
「坂本ー、澤部ー、なにやってるんだー」
「いま行くよ!」
ここで前に進める彼と、足を止めてしまう自分。
「坂本さん?」
「……ごめんなさい、私はもう帰るわ」
自分は云々と考えても意味のないことだからやめる。
特に用がない限りは家の手伝いに専念しよう。
こうやって複数人で集まってしまえば自分は必要なくなるんだから。
「ただいま」
今日はきちんと自宅の方にそのまま入った。
潔癖症というわけでもないから部屋に戻ってベッドに寝転ぶ。
「お邪魔しまーす」
「……お母さん?」
「そうでーす、お母さんでーす」
どうやらお店に人が来なくて暇だったらしい。
「もう帰ってきちゃったの?」
「ええ、そうね」
「裕二くんを連れてきてくれれば良かったのに」
娘の同級生の名前を気軽に呼んでしまうのはやめた方がいい。
大体大人が余計に構ったりすると悪い方へ繋がる。
そうでなくても新規のお客さんや常連さんになってくれる人を獲得したいというときにするべきことじゃないだろう。
「はぁ、娘にちゃんと友達がいるのか心配です」
「友達なんていないわよ」
「なのに裕二くんは遊びに来てくれたわけですが」
日吉さんや澤部君を誘おうとしたけど忙しかっただけ。
だから仕方がなくここに来た、そう考えるのが1番らしかった。
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