第3話 交点

その異変を感じるのに、時間はかからなかった。


黄色のバスカーゴに揺られ到着したエアチューブ・ステーション。各エアチューブから現れた大勢の生徒が皆、慌ただしくバスカーゴに向かってきた。


「どうしたんだろう、みんな…」

「君!」


そのうちの一人がアルドに話しかける。


「その剣がレプリカなら、今はIDAに近づかないほうが良い!」

「え?」


アルドがそう聞き返すも、その生徒は早々とバスカーゴへ乗り込んでしまった。バスは出発し、アルド達が来た方向とは逆の方へ消えていく。あの先は…IDAシティだろうか。


「IDAで何が起こっているんだ?」

「それは分からないけど…とりあえずH棟へ向かおう」


バスカーゴも行っちゃったし、と振り返りつつ、エアチューブへ向かった。


♦︎


汚れのない広壮な建物。きれいに整備された通路や草木。広大な土地_プレート全体を使った巨大な学園都市。

それらは今、普段ならばあるはずのないもので溢れかえっていた。


「どういうことだ!?」


爆発、地響き、けたたましい叫び声。そして銀の怪物の姿。白い制服を着た者とそうで無い者各々が、武器を手に持ち怪物と対峙している。

フっと、アルドたちの足下に影が差した。


「上だ」


颯と躱すと、3匹の鳥の怪物が地面に突き降りた。銀の羽を大きく広げ甲高い声を上げる相手にアルドが柄を握ったその時。

風が、吹いた。

そよ吹く風は怪物に集まり、かと思えば烈風と化して銀の肉体を一気に切り裂く。消滅する鳥の怪物。断末魔の叫びも吹き荒ぶ風の音にかき消された。その一瞬の技に秘められた確かな強さ。思わず立ち尽くすアルドたちの前へ、一人の人間が歩いてくる。

清澄な朝空のような燦爛たる刀身をしまい、穏やかに成る風に白の制服がたなびく。パールホワイトの髪を払い、彼女はアルドに目を合わせた。


「おや、アルドだったか」

「イスカ!」


喧騒としたスクールの中で傷一つなく威風堂々と立つその姿は、さすがIDEA会長と言った所だろう。

アクアグリーンの瞳はアルドへ、そして隣に立つセティーたちへと移される。


「彼らは…いや、今は他己紹介してもらっている場合じゃないね」


アルドはイスカに駆け寄り、一体ここで何が起こっているのかを尋ねた。イスカは焦るでもなく、それでも簡潔に素早く状況を伝える。


「つい先ほど怪物が突然現れた。今はIDEAを初めとし、戦える生徒全員で対応している。だが心配することはない、この怪物の発生原因は既に掴んでいる。今からそこへ向かうところさ」


飄々と微笑むイスカ。この紛れもない余裕と自信が、多くの人に頼られ慕えられている所以である。

銀の怪物の発生理由…エルジオンで見たものと原因が同じかどうかは分からないが、知ってい損は無い気がした。それに、襲われているスクールもほっとけない。自分にも何か手助けができるんじゃ無いか、そうも思った。


「オレたちも着いていっていいか?」

「それは構わないけど、何か用があってここにきたんじゃないのかい?」

「あ…ジェイドに聞きたいことがあったんだけど…」


そう返すとイスカは「ならちょうどいい」と口の端を上げ、彼らが今しがた通ってきたエアチューブへ歩き出す。


「私の行くところに彼もいるはずだ。着いてきてくれ、エルジオン大病院だ」


背中越しに見えるその顔は、やはり頼もしいなと感心した。


♦︎


「な…これは」


シティ・エントランスに着いた矢先、開けた視界に飛び込むいくつもの小戦場。宙を舞う戦いの火の粉。

怪物の数は先ほどより多く、交戦する生徒の間から四方八方へ飛んでいくものも見えた。


「スクールにいた怪物はこっから来てたんだね」

「俺たちがエルジオンで見た奴らは空から現れたわけではなかった。ここの怪物とは別のようだな」


IDEAの誘導に従いバスカーゴへ逃げる人々。その流れに逆らい病院へ急ぐ一行。

戦闘の流れ弾を弾き、向かってくる怪物を速やかに処理しながらその病院内へと足を踏み入れる。

唸るサイレン、徘徊する警備ロボット。そしてあたりを覆う銀色の炎。


「銀色の炎!?ボク初めて見たよ!」

「妙です。この炎からは熱を感知できません」


アルドが自分の手をそれに近づけてみると、クロックの言う様に全く熱さを感じなかった。それだけではない、燃焼時に発生するはずの黒煙もなく、焦げた臭いもしなかった。この炎は建物を燃やしてはいない、ただそこに存在しているだけの様な、言って仕舞えば偽物の炎の様な、そんな気がした。

「こっちだ」と先頭を切るイスカの後を追う。


「ほら、遊んでいると置いて行きますよ」

「あ、遊んでないよう!」


異様な銀世界を駆ける。そんな彼らに合わせて炎もゆらゆらと揺れる。

耳に入る戦闘音は外のものだろう、このフロアに敵は一匹もいなかった。怪物は病院の外で発生したのか、もしくは既に誰かが倒してしまったのか。

簡素な廊下の角を右に曲がると、一つだけ扉の開いた部屋があった。より一層深まった銀と、ベッドの側に立つ白髪の青年。


「ジェイド!?」


前髪に隠れた赤眼がアルドを見やる。


「アルド?それに…。」


彼がイスカに目を移した時、ベッドにかざされていた手元の光が穏やかに消えていった。と同時に辺りを覆っていた銀炎も一瞬にして消滅した。


「炎が…」

「消えた消えた!?」

「その子に何をしたんだ?」


ベッドの上、10歳くらいの少女が目蓋を閉じて横たわっている。肩までかけられた布団が上下しているのを見る限り、呼吸はできているのだろう。

そんな少女を横目に、ジェイドはぶっきらぼうに言う。


「別に。こいつの中にあった魔力を飛ばしただけだ」

「なるほど。クロードが言っていた君の力というのは、これのことかな」

「…サキには言うなよ」

「ああ。もちろんだとも」


鋭い視線を受けながら、イスカはそう微笑む。ジェイドは妹のサキに余計な心配をかけたくは無いと言う。その気持ちを知っているからこそ、これ以上踏み込むつもりも無いのだろう。


「その女の子の中に、魔導書の力があったのか?」

「…そうだ」


アルドが尋ねると、ジェイドは一瞬眉をひそめ無愛想に応えた。

魔導書の話は、彼にとってあまり気分の良い話では無い。自分の知らない人間がいる中で話すのは躊躇われるのだろう。


「で、誰だそいつは」


怪訝そうな表情のまま、その見知らぬ男に目を向ける。


「俺はセティー、こっちがレトロとクロックだ。俺たちは君に聞きたいことがあってここへ来たんだ」


まっすぐと目を見てそう答えたセティーは、自分たちがここへきた経緯を話す。

謎の男、現れた銀の怪物、連れ去られた少年、その少年を助けるために男や怪物の情報が欲しいこと、それについてジェイドなら何か知っているだろうと話を聞きにきたこと。


「…なるほど」

「連れ去る、か…。穏やかな話じゃないね」


いつの間にか戦闘音も途絶え、病院内は患者や看護師たちの声で溢れている。そんな中静まった一室で、彼らは顔を曇らせる。


「言っておくが、エルジオンの件について俺は何も知らない。だが、恐らくその怪物はお前たちが会った男によって生み出されたんだろう。こいつと同じく、体内に魔力があったんだろうな」


淡々と口を切ったジェイドに、セティーは眉を顰める。


「…魔導書の力というのは、銀色の怪物を生み出すことができるのか?」

「その認識でいい」


ベッドの上の少女を見る。青白い肌、苦しそうな浅い呼吸。彼女が酷く憔悴していることは明らかだった。


「あの男とそこの少女を見る限り、魔導書の魔力というものは人体に何かしらの影響を与える様だな…」

「魔力はもともと書物に宿されている。その力を無理やり体に流し込む…悪影響が出るのは当然だ」

「人体実験、か…」

「魔導書の魔力に関するデータが足りません。もっと情報を_」

「クロック」


言い切る前にセティーは彼を止めた。日常会話の如く、軽く呼びかける様なあっさりとした口調で。


「これ以上の詮索は必要ない。今の俺たちは一般人なんだ」


ジェイドの私情になんとなく気づいたのだろうか。彼に配慮するよう、それとなくクロックを制した。

その気遣いに感づいたであろう彼は軽く舌打ちをし、セティーから目を逸らす。


「申し訳ありません」

「へへーん、クロック怒られてやんのー」

「ムッ」


レトロ向かってタックルするクロック。「わ!ひどいひどいよ〜」とかわすレトロ。そんな彼らを冷ややかに見る赤い目。


「…騒がしい奴らだな」

「にぎやかでいいじゃないか」

「だが遊んでいる暇はないだろう。連れ去られたという少年も被験者になるかもしれない」

「わわっ!キアルが危ないよ〜!早く助けいかないと!」


空中を右往左往するレトロ。

しかし、助けに行くと言ってもどこへ行けば良いのか分からない。その手がかりを求めてIDAへ来たが、分かったのはスクール内の怪物についてのみ。エルジオンで見た怪物と男の行方を知る情報は何もなかった。

「でも、どこにいるんだろう…」思わずアルドはそう溢した。


「なら、工業都市廃墟に行くといい」


平静と口を開いたイスカに視線が集まる。


「どうしてそこなんだ?」

「その少女は三日前くらいに、工業都市廃墟付近で倒れているのを発見され、ここに運び込まれてきたんだ。アルドたちの見た男と少女が関係しているなら、そこに何かがあるのは間違いない」

「「それだ!」」


アルドとレトロの声が重なる。

もしエルジオンで見た男が、ベッドの上の少女と同じく魔導書の魔力を持っていたなら…人体実験をされていたならば、少女が発見された場所にその男がいる可能性は十分に高い_いや、絶対そこにいるという謎の確信が湧き起こった。


「情報感謝する」

「俺も行く。こんなふざけた実験を見逃すわけにはいかない」

「私はここに残るよ。怪我人がいないか心配だし、多方面への対応もしなければならない」

「わかった。それじゃあ早速行こう」


彼らが病室を出ようとした時、一つのか細い声が響いた。


「キアルは…」


小さくて儚い、けれども確かに聞こえたその声は、寝台に横たわる少女のものだった。

妙な緊張感が走る。湧き立っていた彼らの一室は水を打ったように静まり返り、声に溢れた病院内から切り離された様にすら感じた。


「キアルは、どこ…」


その名を苦しげに呼ぶ少女。

キアルのことを知っている人物を前にしたセティーは、いろいろ尋ねたいとはやる気持ちを抑え、柔らかな声で問いかける。


「君は、キアルのことを…知っているのか?」

「わたしの、おとうと…」


薄く開いた瞳を潤ませながらセティーの方を見やる少女は、震える息を深く吸い込み、言った。


「たすけて、」


懇願する様に吐き出された言葉。彼女が今出せる最大の声。ひしひしと伝わるその想いに、セティーは答える。


「…ああ。もちろんだ」


強くも優しげなその声に安心したのか、少女は目を薄ら細めると再び目蓋を下ろした。

病院内の慌ただしい音が再生される。


「心音に変化はありません。眠っただけでしょう」

「まさかキアルにお姉ちゃんがいたなんてね…」


彼らの意思は固まった。必ず少年を救い出す、彼女の体を弱らせた実験を止めると。


「行くぞ」


その言葉とともに、彼らは工業都市廃墟へ駆け出した。

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