第2話 遭逢

「いや、その子供はまだ来ていないな」


空中に映し出された少年の三次元像を見て、イシャール堂の店主ザオルが言う。


「そうか。ありがとう」


少年を映していたクロックがその像を消す。当たり前の様に繰り広げられる摩訶不思議な現象、未来の技術にアルドは内心驚きながら、ザオルに会釈をし、店を出るセティーの後を追う。


「にしても、ちょっとおかしくないか?あの男の子は先にカーゴに乗ったわけだから、もうエルジオンに着いて店にも着いてそうだけど」


そう尋ねながら、イシャール堂の入り口を見張る形で建物の影に隠れる。


「まあ、普通ならそうだろうな。だがあの少年は違う」


頭にはてなマークを浮かべるアルドに、クロックが説明する。


「彼はスラムの孤児なのです」

「え…」

「エルジオンの住民ではありませんから、まず、シチズンナンバーの照会に時間がかかります」

「ああ、あの入り口の大きな扉」


初めてエルジオンに足を踏み入れたときのことを思い出す。シータ区画とエアポートを隔てる大きな扉。その扉の前に立つとそれが急に喋りだし、と思ったら妙な赤い光を浴せられた。あの衝撃は今でも忘れられない。


「そして彼はこの地に詳しくありません。迷子になっている可能性が高いかと」

「オレたち、よく出会わなかったな」

「偶然と言う他ないでしょう」

「でもこれでよかったのかな〜?」

「いいさ。街を駆ける少年を探すより、待ち伏せした方が確実だ」


店を見張りながらセティーが言う。その眼差しは変わらず真剣であった。

未だ少年の姿が見えないことを確認し、「そういえば」とアルドが切り出す。


「COAってEGPDより偉いんだよな?わざわざセティーがあの子を気にかけてるってことは、あの子って実は特別な人間なのか?」

「いや、普通の人間だ」


あっけらかんとした口ぶりにアルドは面食らう。


「俺があの少年を気にしているのは単なる私情だ。まあ、今は少し状況が違うが」


依然、イシャール堂付近を見ながらセティーは続ける。


「…俺は、親のいない子供たちにちゃんとした生活の場を与えたい、彼らの未来を潰したくないんだ。それはスラムの子供たちであっても同じこと。彼らを救うための計画はすでに実行してある、あとはあの子が、それを受け入れてくれれば…」


言い淀む彼の顔は、うまくいかないもどかしさを語っている。少年を救いたい気持ちと、それ強制したくない気持ち。少年のためにはどうすればよいのか、対立する双方の間で思いあぐねているのだろう。


「あの子、なーんか冷たいんだよね、セティーだけには」

「というより、信用していないが正しいかと。実際、セティーに『信用できない』と言っていましたし」


アルドは少年の目つきを思い起こす。妙に凄みのあった目。視界に入った者は全て敵だと主張する目。少年はセティーだけを信用していないんじゃない、自分以外の人間全てを信用していない、そんな気がした。


「俺も無理に引き込むつもりはない。ただ今のままだと、今回の様に犯罪に手を出したり、悪質な人間に利用されたりする。確実にな。…罪は、犯して欲しくない。彼の未来においてそれが足枷になって欲しくない。だから、彼が盗みを働く前に説得したかったんだが_」

「_セティー」


クロックの発した言葉にセティーの目つきが変わる。その視線の先、息を切らしながら1人の少年がイシャール堂へ歩いてきた。右手にはよく知っている袋。間違いなくアルドたちが追っていた少年だ。


「初めてエルジオンに来たけど広すぎ、人多すぎ、訳わかんない…」

「キアル」

「うわっ!お前…っ!」


突然目の前に現れたセティーに、少年_キアルは目を見開く。そして後ろにいるアルドを見て顔を歪ませた。彼らが何を言いたいのか分かったのだろう。


「さあ、盗んだものを返せ。今ならまだ間に合う」


COAとしての彼の癖なのか、厳しい口調で言い放つセティー。そんな彼にキアルは物怖じすることなくキっと睨み、素材袋を握り締め、突然右手を振り上げた。


「くらえ!」


投げ飛ばされた素材袋は彼に当たることなく、むしろ簡単に掴み取られた。

_キアルにとって、それは想像の範囲内だった。彼の目的は相手に物をぶつけることではなく、その隙に逃げることだった。だが、


「退路封鎖」

「通さないよ!」

「う…!」


先回りしていたクロックとレトロに道を塞がれ足が止まる少年。

セティーは少年から目を離さない。目を離さないまま右手の素材袋を後ろへ回し、アルドが受け取ったと分かると少年へ一歩、近づく。


「人のものを盗むことは犯罪だ、そんな人間をすぐ逃すわけにはいかない。話を聞かせ_」

「っうるさい!お金が必要なんだよ!おれがやらなきゃいけないんだよ!きれいな服着てすました顔したお前にはわかんないだろうけど!!」


逃げられないと直感した少年は自暴自棄がちに血眼で喚く。そんな彼の言葉に、「ムッ」と二機のポッドが反応した。


「なんとしても、おれが!あいつを倒さなきゃ…!」

「あいつ…?」


セティーがそう聞き返した刹那、二つの物体がセティーの真横を疾風の如くかすめた。背後の地面に打ち付けられたその物体を二人の戦士は見る。二つの、白と黒の球体。


「クロック!レトロ!」

「大丈夫…!打たれ慣れてるし!」

「それよりも、今は…」


黒手袋をしたそれを傍らにかざすと現れるセレストブルーの円環。二つの輪が離れると同時にその間から顕現する真紅に光る黒槍。

セティーはすぐさま槍を構え、二機を叩き飛ばしたであろう何か、キアルの背後にいるであろう何かを警戒する。アルドも同じく剣を抜き警戒する。

緊張感に支配される空間。その中でただ一人状況を理解できていないキアルは、自身の背後に現れた狼の様な怪物に気付かない。キアルの2、3倍ほどの体躯。鈍く光る銀色の毛。怪物は鋭い牙を剥き出しに天に向かって咆哮した。


「うわあ!?」

「キアル!」


セティーはキアルの元へ駆ける。彼に傷つけさせないために。

伸ばされた手が震える細腕に触れる瞬間、セティーの真横に別の怪物が現れた。


「ッ…!」


怪物の太い腕から繰り出された打撃に、体は吹き飛ばされ建物に打ち付けられる。


「セティー!」

「ッ問題ない!」


槍を振るい砂塵を裂く。

怪物の腕が当たる直前に柄で攻撃を受け止めたため、打撃によるダメージはゼロに等しかった。

その間、アルドはその怪物に斬りかかる。ふいを突かれた一閃に怪物は重低音の唸り声を上げる。

その傷口から白い_いや、銀の炎がフッと漏れた。


「!これって_」

「ゔおオオオ!」


重く響く声と共に横へ振られる腕。アルドはバックステップで交わし相手の様子を伺う。狼と交戦していたセティーも一旦退き、アルドの横に並んだ。


「セティー、この時代にもあんな怪物っているのか?」

「少なくとも、この近辺では見かけないな」

「やっぱり、そうだよな」

(ってことは)


銀色の獣に、アルドは気になるところがあった。一度目にしたことがある、あの毛色に。

距離を置いて威嚇する獣。その一挙手一投足を注視し神経を尖らせる。

するとキアルの背後にいた狼が、まるで道を開けるかの様にゆっくり端へ移動した。それに合わせて、道の向こうから一つの人影が現ずる。


「ああ…あ、」


荒れた身なりの男が、意味をなさない言語を発しながらコツ、コツ、と歩いてくる。戦意は感じられない、殺意も感じられない。ただ、どこを見るでもなくキアルに近づいている。

それに気付いたアルドたちもまた、キアルへ向かう。襲いかかる太腕の怪物を貫き、狼の怪物を切り裂いた。確実に倒した、はずだったが、再び同じ獣が彼らの前に立ち塞がった。


「くっ!一体どういう_」

「キアル!」


セティーが叫ぶ。

謎の男は何かを言い続けながら、腰を抜かし困惑しているキアルに手を伸ばした。


「う、な、ななにすんだ!」


担がれる少年。男はそのままアルドたちに背を向け元の道へと戻っていく。突如白い霧の様なものが立ち、男の背をぼかした。

たった数秒。

視界が晴れたその場所に男の姿は無くなっていた。


「い、いない〜!?」

「敵の様子に変化あり。警戒してください」


残された怪物は先ほどと打って変わり、好戦的に目を光らせアルドたちに突き向かってくる。


「はやくこいつらを片付けよう!」

「ああ。クロック、レトロ行くぞ!」


♦︎


「…逃げられたな。あの男、一体どこに…」


静まった戦場にセティーの言葉が響く。指で自らの唇に触れ、思案するように首を傾げた。これからどうするか考えているのだろう。


「セティー、ちょっといいか?」

「どうした」

「オレ、あの怪物に心当たりがあるんだ」

「本当か!?」


彼の目の色が変わった。


「うん、オレの仲間がこのことについて何か知ってるかもしれない。IDAスクールにいるから、話を聞きに行こうと思う」

「俺たちも同行していいだろうか」

「もちろん!」


ありがとう、とセティーは軽く頭を下げる。

銀の獣に銀の炎。それは魔導書の魔力によるものだとアルドは知っている。だがこの力はIDAにいる彼しか使えないはずだった。彼が関与しているのかそれともまた別の者なのか、それを確かめるためにも話を聞きに行かなくてはならない。


「クロック、EGPDに連絡を。あの男を見て確信した。この件、思ったより闇が深そうだ」

「了解です」

「あの男がどうしたんだ?」

「…目の焦点が合っていない、言葉もどこかおかしかった。恐らく脳に異常がある、もしくは…誰かに操られている」

「操る!?どうやって?」

「そうだな…洗脳や、脳にチップを埋め込む、とかだな」

「脳に埋め込む…!?」


予想だにしなかった回答に、アルドは思わず頭を抑える。


「いずれにせよキアルは必ず連れ戻す。IDAに行こう、少しでも手がかりを見つけるんだ」

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