第3話  恋人



世界的にも人間の人口が減ったのは当然のことと思う。

俺が10代の頃は、まだ現実の学校に通う方が主流で、何人かの女子とも付き合ったことがあった。

性行為も、初めては人間相手だった。

だけど、相手が100%自分の理想かと言えばそうではなかったし、誰よりも気が合うかと言えばそうでもなかった。

ただ、思春期の性欲が女を抱きたいと思わせたし、女の子たちも男に抱かれたいと思っていて、だから自然と惹かれ合ったのだと思う。

意見が対立して喧嘩したことだってあったし、浮気をされて傷ついたこともあった。

結局、48歳になった今、今も彼女たちを好きかと聞かれれば、好きじゃないと答えるし、きっと相手を想うというよりも、お互い自分の為に恋人が欲しかったのだと思う。


人は誰も、自分が王様だ。

誰かの為に生きてるわけじゃなく、自分の為に生きている。

誰かの為に愛するなら、やっぱりそれは奴隷なのだと思う。


だから――誰もが――自分のための恋人が欲しいのだろう。


ロボットは、人の為に不平不満は全く述べることなく応える存在だ。

人に限りなく近い容姿を体現したロボットを、アンドロイドと呼んでいる。

それは、介護などで無機質なロボットよりも温もりを感じさせる人の容姿の方が安心感を与えるってこともそうだし、コンビニや案内所なんかで画面よりも綺麗な女性が喜ばれるってこともそうだ。

そして、掃除をするハウスメイドも学ぶ際の家庭教師も、恋人の代わりのダッチワイフもそうだ。


ウィルスの蔓延で、人との接触の見直しがされて、段々と人同士の距離は離れていったけれど、そもそも人は人を求めてはいなかったのかもしれない。

どんなアンドロイドも、自分の自由にオーダーできる。

容姿もカスタムできるし、喋り方や性格なんかもフィードバックを繰り返してどんどん好みに近づけることができる。

能力も、掃除だけでもいいし、知識を持たせてもいいし、性的行為の反応を細部にまで拘ってもいい。

つまり、自分が欲しい完璧な人間もどき、を作ることが出来る。

人によっては、理想の親であったり、理想の子供であったり、理想の兄弟であったり、理想の友人であったり、理想の秘書であったり、理想の教師であったりする。

そしてアンドロイドが好まれるのは、清潔であり、信用があり、不満を抱かない、ということだ。


人が持つ唾液、汗、涙、鼻水、粘液、精液、そういった細菌やウイルスが感染しているような不潔な体液を気にしなくていい。

リスクが全くなく、人間の様に口や脇、股といった部位が不快な匂いを放つこともない。(もちろんオプションで好きな匂いを付けることもできる)

そして絶対に裏切らず、秘密を打ち明けてもリークしないし、浮気も起こらないし怒らない。

イビキが五月蠅いとか、カーテンが気に入らないとか、フケが気になるとか、もっと構ってとか、誕生日忘れてるとか、子供欲しいとか、とにかくそういった喧嘩の種は一切あり得ない。(もちろん、敢えてそういった性質をつけることはできる)

掃除を頼めば不満も抱かず完璧な掃除を提供してくれるし、ベッドの上では自分好みの反応で盛り上がり満たしてくれる。

もちろんどんな性癖だって問題にならない。

アンドロイドに嫌われることはないし、犯罪にもならない。

人は、人との関りをネット上に限定し、家では悠々自適の王様として暮らす生活を良しとしている。

沢山のイケメンを侍らす女性もいれば、たった一体のアンドロイドを愛す男性もいる。

斯く言う俺の家には、3体のアンドロイドがいて、幸せと言わざるを得ない。

右の胸、左の胸、下半身と3点同時に愛してもらう王様プレイは俺の理想の形と言えるだろう。


では人同士はもう愛し合わないのかといえば、そんなこともないのだが、それは短期的な関係になることが多いと思う。

俺も一度、ゲーム内でチームメンバーに恋をしたことがある。

アバター同士で性格しか分からないけれど、一緒に冒険をするうちに好きになってしまった。

ゲーム内で一緒にいる時間はとても幸せなものだったけれど、やっぱりそれはゲーム内に留めておくべきだったと、今なら思う。

VR内でもアバター同士で結婚だって出来るし、家だって持てるし、キスだってできる。

けれど盛り上がった俺達は、つい会ってしまった……現実で……。

人がアンドロイドを知ってしまっては、人同士の愛を保つのは難しい。

確かに心は想い合っていたし通じ合っていた。

今だってかなり相性のいい性格同士だったって思う。

現実でのキス、匂い、お互いのその唾液に、粘液に興奮できたのは最初だけだった。

清潔とも思えなかったし、そもそもお互い好みのアンドロイドを日々抱き、抱かれている。

嫉妬による喧嘩、思ったのと違う対応、それはいつしかアンドロイドと比べて悪いところを見つけるような醜いものになって、最終的にはお互い疲れてしまって終わった。

それ以来、人相手に抱く気持ちは親友までと、自分をセーブするようになった。

理想の恋人が無料で手に入るこんな世の中じゃ、人同士の恋愛など毒にしかならないのだ。


そんなわけで出生率も下がり、人は減っているのだけれど、特に問題はないとされている。

人工授精などの政策も上がっているが、結局、便利な働き手など無限にいるのだから。

人が少なくなることは環境にもいいし、犯罪やトラブルの発生率も下がる。

ある程度の数の人間が、機械にフィードバックを行っていれば文化も文明も発展していく。

人が望むことを、ロボットがどんどん実現していってくれるからだ。

そして、精子や卵子を提供したい人はかなりの数いるようで、ストックも充分という話なのだ。

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