第2話 散歩
人は、例えば料理を楽しんだり、例えば山やジャングルに探検に行ったり、例えば歌を歌ったり、例えばコントをしたり、そういった誰かを楽しませる動画コンテンツを投稿する。
自分の興味のあることを勉強し、またそれを誰かに教えたりする。
小説を書いてみたり、絵を描いてみたり、体を鍛えてみたり、色んな分野を研究してみたりする。
別にお金のためじゃない。
暇だから、自分を表現したいから、誰かに認めてもらいたいから、様々だ。
もちろんロボットにもできる。
人はロボットから学んだり、ロボットに教えたりもする。
例えば俺の部屋にもキッチンはあるけれど、それはあくまで楽しみとして料理をしたりするためだ。
鍋を楽しむときは材料を届けてもらって、自分で作ってつつくのが楽しいし、イカなんかは炙ってすぐ齧る方が楽しめる。
食材を刻んだり味付けを考えるのが楽しい時もある。
そして、ロボットも負けてはいない。
提供メニューは星の数ほどあるが、個人の好みもフィードバックして記録している。例えばカレーでも、食材の種類から硬さ、煮込み時間、スパイスの配分まで幾通りのメニューもあるし、オリジナルバージョンをセットリストとして保存ということもできる。
もちろん選んでオーダーすればすぐ届けてくれる。
それに、個人のレシピも公開してシェアできるから、誰かのオリジナルカレーを頼んだり、気に入ったら自分用に保存したりも出来る。
制作作業に人が介在しないために、非常に清潔で安心だし、気に入らない部分はすぐフィードバックしてしまえば、次には反映されるのだ。
昔はたくさんあったコンビニは、今ではずっと数が少なくなり、代わりに商品保管倉庫や食品加工工場が増えた。
商品保管倉庫には、一昔前の通信販売の様に多くの物が在庫として保管されていて、注文すればいつでも配送してもらえる。
食品加工工場は、大体5km毎くらいにはあり、どこに住んでも大して待たずに料理が届く。
さっきのカキフライみたいに、頼めばすぐに作って持ってきてもらえるのだ。
いつもならこのくらいの時間にはVR空間で友達と会って、ゲームを楽しむのだけれど、今日は急にカキフライが食べたくなって少し飲んでしまったから、ちょっと散歩にでも行こうと思う。
今や、人同士はネットで繋がるのが当たり前で、学校も会議もあらゆるコミュニティの集まりも、VR内でアバター同士で接している。
それなら外に出ない人が多いかというと、その通りだ。
運転や旅行が好きな人だっているし、ジョギングや犬の散歩をする人だっているから全くいないわけじゃないけれど。
けど運転も旅行もVR内で安全にできるしね……。
俺も決して引きこもりってわけじゃないんだ。
ただ、ちょっと面倒って思うだけなんだ。
俺は、風呂掃除をしているアンドロイドに声をかけてから玄関を開ける。
「いってらっしゃーい」
可愛らしい声が、俺の背中を外へと押し出してくれた。
風はまだ少し冷たく、けれど雪解けを感じさせる3月の青空が、心を浄化してくれるかのようで心地良い。
絶好の散歩日和に、俺は少し先の大きな公園へと足を進めた。
この公園も、もちろんロボットが設計し造園したもので、外周を歩けば2.30分は優にかかるくらいの公園だ。
園内には白樺の並木道や小川、滝なんかもあって、ちょっとした散歩には丁度いい自然がある。
子供の頃は、昼間には何万、何十万の人がこの街を歩き回り、あくせく生活していたものだけれど、今は殆ど人に遭わない。
登下校する子供や、野球やサッカーなんかをする子供も見なくなった。
こうして散歩をしていても、きっと帰るまでには数人くらいの人とはすれ違うと思うけれど……。
この街の人口は、年々減っている。
というか世界的にも人口は減っていっている。
だけど俺は、こんな人の少ない街の景色がとても好きだった。
ずっと、満員電車が嫌いだった。
街の喧騒が嫌いだった。
様々な人の、様々な事情や、様々な主張が嫌いだった。
よく深夜の道をバイクで走っていた。
皆が寝静まり、人通りも車もまばらで、オレンジの街頭だけが綺麗に街を照らし出して、まるで街に自分しかいない様な、そんな深夜のドライブが好きだった。
現在の街は、まさにそんな人のいない街だ。
平日も休日も関係なくなり、特に外に出る用事など殆どないのだから。
コンビニに行っても、まず誰もいないか、1人2人いるくらい。
この散歩の間にすれ違ったのも、やっぱり4.5人くらいだった。
とても過ごしやすい街になった。
コンビニの店員だって可愛らしいアンドロイドだし、会計もいらないから、在庫管理や個人の嗜好チェックのためのセンサーが入り口に設置されているだけだ。
人が少なくなったこともそうだし、人同士が接することを忌諱してることもそうだし、仕事がないこと、お金がないこと、そういうことが犯罪も大幅に減らしている。
態々悪いことをしなくても、家だって車だって好きな物が手に入るし、ロボットの警官と事を構えてブラックリスト入りなど誰もしたくはない。
「ただいまー」
「おかえりなさーい」
30分の散歩から帰った俺は、玄関で3人の素敵なアンドロイドに迎えられた。
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