ニート・パラダイス

アラジン

第1話  王様


突然カキフライが食べたくなった。

大粒でサクサクのカキフライ。

俺は8個のカキフライと二切れのカットレモンを注文する。

タブレットの画面には受付完了の旨が表示され、届くまでの時間、約15分がカウントダウンされている。

冷凍庫を開けて、お気に入りのグラスに氷を入れハイボールを作ると、寛いで待つ。

読みかけの小説を楽しみながら、くぴっ、くぴっとウイスキーの香りに浸る。

有意義なひと時だ。


ニート――昔の言葉で、15歳から34歳までの非労働力人口のことを言うらしい。

俺はもう48歳だからニートではないな、うん、ニートではない。


しばらくして、部屋の壁に備え付けられたモニターにカキフライをお届けしましたという文字が常時され、優しい呼び鈴が鳴る。

これは音声モードにも出来るのだけれど、俺はオフにしている。

ドアの脇の宅配ボックスから、カキフライとレモンの容器を取り出して、いざ、カキフライタイムだ。

タルタルソースやウスターソースなんていらない。

レモンを軽く絞って、濃厚なカキの風味を口いっぱいに味わう。

そしてハイボールをくぴっくぴっとやる。

とても良い時代に生きていると思う。


先ほどの宅配ボックスは、用途別に何段かに分かれて設置してあって、今の時代、まず各家には必ずと言っていいほど備え付けられているものだ。

外側から扉を開けて商品を入れることが出来て、家の中からも扉を開けて商品を取り出すことができる。

カキフライを注文時に、同時にこの家のセキュリティコードが生成されて、受注したセンターのロボットにしか宅配ボックスの扉は開けられない仕組みになっている。


まだ子供の頃、親は厳しくて出前なんて特別な時にしか頼まなかった記憶がある。

でも、今や食事が配達されてくるのは当たり前の時代だ。


30年程前、世界中にウイルスが蔓延したことがあった。

他人との接触を控えたり、在宅ワークやデリバリーの食事が求められ始めた時代だ。

そして同時期に、アメリカの不正選挙が発覚し世界中を賑わせた。

2020年、この年を機に、日本人の生活は大きく変わっていったんだ。


アメリカで使用された票集計システムが、ある政党によって自由に票数操作が出来てしまう事実は、その後の選挙政治に大きな変化をもたらした。

もちろん世界中で、そして日本でも行われていた票集計システムの不正は、連鎖的に発覚することとなって、メディアを使った支配、架空の民主主義は崩壊した。


そして、AIによる世界統治が始まることとなる。

選挙の不正発覚後、その後の不正を防ぐために用いられることになったのは、AIによる監視システムだ。

別々の企業によって作られた票集計システムを3つ用いて、有権者はその3つに同じ投票を行う。

もしどれかのシステムに不正をすると、他の集計数と合わなくなってしまうので不正が発覚する。

しかし、票集計システム自体3つに増やしても、人が関与する限り、結局は買収やハッキングなどで不正される可能性は否めない。

そこで、さらに3つの企業の、独立した3つのAIに選挙の集計システムの監視、管理をさせることにしたのだ。


ウイルス蔓延によって他人への忌諱感は増し、不正選挙によって他人への不信感は増した。

それらは、人に『絶対的な信用できる存在』を必要とさせ、社会の機械化やAIの浸透を加速させていった。


ロボット――と言ってもそれは、人型に限らずたくさんの機械があるのだが、まずは『ロボットを作るロボット』が量産された。

ロボットを作るロボットは、実に多くのロボットを作り出した。

『ロボットを設計するロボット』や『ロボットをメンテナンスするロボット』もそうだし、人々の生活に関わるロボットも沢山作られて、どんどん社会に入り込んで活躍していった。


プラント工場では、調整された植物用ライトの下で、完全に管理された無農薬で品質のいい作物を安定的に作り出した。

建設現場では、危険な作業や力のいる作業も重機と連携して人の何倍も活躍していった。

一次産業も二次産業も三次産業も、そうして速やかに人間とロボットが入れ替わっていった。

最初は雇用問題が大きく騒がれたが、そんなものはロボットの生産速度にあっという間に流されていってしまった。


何故か? ――貨幣経済が終わりを告げたからだ。


そもそも貨幣経済とは、奴隷を謀ることなく扱うためのシステムだ。

社会という船を動かし、暮らしを豊かにしていくためには動力が必要だ。

いつの時代も、奴隷という動力は必要とされてきた。

誰かが作物を育てなければ食べることはできない。

誰かが家を建てなければ暮らすことはできない。

服も、道路も、水も、電気も、サービスも、あらゆるものは誰かが提供しなければならないのだから。


働く奴隷は誰か? ――ロボットだ。


誰だって頭など下げたくはない。

誰だって残業などしたくはない。

誰だって責任など取りたくはない。


金のため? 家族のため? 国のため? 働く理由はそれぞれかも知れないが、働かなければ生きていけなかった。

国も、国民を増やしみんなが働いて税金を納めることで保つことが出来ていた。

けれど――、人はお金を必要としなくなった。

お金の奴隷から解放され、皆が王様になっていった。


だって――全部ロボットがやってくれる。


社会を作るのは? ――ロボット。

ロボットを作るのは? ――ロボット。

仕事をするのは? ――ロボット。


人は仕事をする必要がなくなった。

ロボットは不満も持たず、失敗もせず、不正も行わない。

安全で、信頼できる、都合のいい奴隷を人間は手に入れたのだ。











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