縁が紡ぐ異世界譚

第１７４話

　目の前が突然真っ白になり、体表を激痛が走る。

　咄嗟にその場を飛び退くが、既に皮膚があちこち爛れていた。熱線の類だったのだろうか。

　こちらも傷を負わせたが、正直痛み分けのようだ。だが回避が困難である以上、何度もやられると厳しそうだ。

　ならばどうするか。こうなれば、俺もカタナを振りつつ詠唱を行なうしか無い。

　俺は間合いを詰めつつ詠唱を始める。

「…黒よ、仄き黒よ。台地より蛇を生み、螺旋を成せ。全てを絡め捕り、拘束せよ」

　白竜王の足元より黒い蛇が現れ、その身体を縛り付ける。その間にも連撃を加え続ける。

　その表情が苦悶に歪む。かなり効いているようだ。

「…白よ、淡き白よ。断罪の光を生み、罪深き者を抉り取れ。浄化の意思により、彼の者を滅せよ」

　彼女は先程の詠唱を繰り返した。俺は身構えるが、光は彼女諸共黒い蛇を包んだ。

　光が消えた後には彼女のみが立っていた。拘束から逃れる為だったか。

「黒よ、仄き黒よ。我が掌より、昏き雷を放て。虚空を走り抜け、彼の者を撃ち抜け」

「白よ、淡き白よ。我が掌より、眩き雷を放て。虚空を走り抜け、彼の者を撃ち抜け」

　同時に雷が放たれ、轟音を立ててぶつかり合う。互いの威力が相殺され、中空で霧散した。

　俺は間合いを詰めて突きを放つ。そして詠唱を行なう。

　彼女は攻撃を何とか躱しつつ、対抗する為の詠唱を始める。そして互いの力がぶつかり、相殺される。

　数える気も起きない程の攻防の中で、俺は彼女との明確な差を見極めていた。

　それは動き、身体運びだ。この世界が始まってからずっと最強だったのだ、苦戦した事など無かっただろう。バランタインさんとも違い、間近で武器による戦いを見る事も無かった筈だ。

　先程の突きもギリギリの回避だった。対して彼女からは力以外の攻撃は受けていない。

　ならばこそ、俺にとって有利な接近戦に持ち込む。その為の詠唱を始める。

「黒よ、仄き黒よ。我が身を覆い、鎧と成せ。全てを防き、彼の力を退けよ」

　黒の力が俺の身体を包む。後は突っ込むだけだ。

　俺は間合いを一気に詰め、連撃を繰り出す。彼女は反撃すべく詠唱を始めるが、俺は構わずカタナを振るい続ける。

　またも俺の身体は白い光に包まれるが、その瞬間に彼女の右腕を斬り落としていた。

　俺は飛び退かず、更に間合いを詰める。彼女が驚愕の表情を浮かべる。

「これで…終わりだ！！」

　俺の渾身の一撃が、彼女の腹部を深く横に薙ぐ。

　彼女は口から血を吐きつつ、後ろ向きに倒れた。

　…静寂の中、彼女の息遣いだけが響く。その息は荒く、苦しみを訴えていた。

　俺は彼女に近付き、その白い首にカタナを添える。

「…負けてしまいましたか。これで…世界の均衡は、崩れ…ました」

「………」

　俺は無言で彼女を見つめる。

「貴方は…善き人なのでしょう。黒竜王に、気に入られていたのですから。ですが、貴方が死した後…この世界は、乱れるでしょう」

「…そうはさせません。一つ、約束して下さい。今後は均衡を保つ為とは言え、強引な手は使わないと」

「…これから死す者に、約束、ですか…？戯れを…。ですが、良いでしょう…。私は、負けたのですから…聞き入れ、ましょう…」

「…有難う御座います」

「…ああ、女神様…。私、は…」

　…俺が止めを刺す事無く、彼女は事切れた。

　その姿がゆっくりと白い光となり、空に溶けて行く。そして最後には、白く輝く竜玉だけが残っていた。

　俺はそれに手を伸ばし、取り込む。相対する竜玉を吸収しているからか、いつもの痛みには襲われなかった。

　俺は未だ戦い続けるフレミアス達の所へ行き、俺と白竜王との戦いが終わった事を告げた。

　喜ぶ彼らと、相対的に絶望に沈む幻竜達。特に幻竜王はその最たる者だった。

　俺はそんな彼らに、頼み事を告げる。突拍子もない事だと笑うだろうか。

　だがそんな事は無く、喜んで協力してくれる事を誓ってくれた。それは幻竜王もだった。

　ならば時間が勿体無い。俺は３人を連れて正教都へと向かう。ファルナは条件を満たさないため、戻って貰った。

　そして正教都に到着すると、真っ直ぐ本殿へ。親善大使の名義を使い、教主に面会を申し出た。

　教主にはこれまでの経緯を告げ、これから行なう事も正直に話す。教主の許可が必要なのだから、隠す必要も無いだろう。

　教主は喜んで許可してくれた。

「聖女様の望む形が保たれるのならば、断る理由も無いじゃろう」

　そう言い、鍵を快く手渡してくれた。

　俺達は早速その足で、光の塔へと向かった。

　扉を開け、エレベーターに乗り込む。そして最上階へ。

　全員がエレベーターから降りられた事を確認し、神霊を一刀で切り捨てる。

　…勿論、懸念点もある。これが無理なら、再度教主に頼み込む必要もあるだろう。

　だが兎に角、試すのが先だ。俺達は階段を登り、更に上へ。

　俺にとっては４度目となる面会。女神エフィールが眼前に立っていた。

「お久しぶりです、侑人さん。そして初めまして、竜王の方々」

　この物語をハッピーエンドで終わらせるため、俺達は口を開いた。