第173話

 辺り一面に広がる真っ白な世界。上下の感覚も無く、俺は只その空間を漂っていた。

 既に出来うる限りの足掻きはしてみたものの、その結果は無為に終わっていた。

 諦めたくはない。だが、どんどん絶望が俺の心を支配して行く。

 この空間で、自害でもしない限り永遠に漂う事になるのだろうか。やるせなさに心が締め付けられる。

 その時、微かに俺を呼ぶ声が聞こえたような気がした。

『…えるか、…トよ…』

 俺は目を閉じ、全神経をその声に集中させる。方向の感覚が無い中で、その声は頭の中で聞こえていた。

『…聞こえるか、ユートよ…』

「この声…バランタインさん!?」

『届いたか…。ユートの中の全ての竜玉の残留思念をかき集め、何とか呼び掛ける事が出来た。良く聞くが良い。白竜王の力には、同等の力でしか対抗出来ぬ。その扱い方を最後に伝えるぞ、受け取るが良い』

 その直後、俺の脳内を知識の奔流が駆け巡る。バランタインさんの知識なのだろう。創世からの歴史、出会いと別れ、そして与えられた唯一の力。それは染み込むように理解する事が出来た。

『…これで本当の別れだ。…白竜王を、頼むぞ…』

「…有難う御座います。…さようなら」

 俺はそれだけを告げると、それまで定まらなかった地に足を付ける。

 そして掌を上に掲げ、言葉を紡いだ。

「黒よ、仄き黒よ。虚無より生みし槍にて、全てを貫き穿て。その穂先を先兵とし、次元をも駆けよ」

 俺の背後に漆黒の空間が現れ、其処から無数の黒い槍が飛び出す。

 槍は四方八方に飛んで行き、白い空間を砕いて行く。そして空間が破壊され尽くすと、その力はそのまま外へと向かって行った。


 穏やかだった純白の水面は突如荒れ、直後に飛び出した無数の黒い槍が白竜王に襲い掛かった。

「白よ、淡き白よ。虚空に盾を成し、この身を守り給え」

 その全てを白い円状の物体が受け止める。だが押さえ切れずに砕け散った。

「!?」

 白竜王の身を槍が掠める。だが残りは全て狙いを逸れ、辺りに突き刺さった。

 俺は元通りに戻った地面で立ち上がり、改めて白竜王に相対する。

「…黒竜王の力をも扱いますか。最早これは世界の危機です。排除ではなく、殲滅します」

「俺もこの力を託された以上、負けてやる気は無い。…勝負だ」

 此処からが本番だ。改めて気を引き締める。

「白よ、淡き白よ。無限の如く、針の雨を降らせよ。彼の者の身を貫き、台地へと還せ」

 空に白い光が集まり、鋭い針となって超速で降り注いて来る。

「黒よ、仄き黒よ。禍しき腕(かいな)となり、天を衝け。全てを打ち砕き、蹂躙せよ」

 俺の背後から生まれた大きな腕が、空に向けて拳を放つ。それは無数の針の雨を吹き飛ばし、集まっていた白い光をも砕いた。

 さて、これで白竜王と同じ舞台に立った訳だが。正直、後出しジャンケンをしている気分だ。

 充分対抗出来ているが、お互いに決め手も無い。この状態がずっと続くと、力の扱いに不慣れな俺の方が不利になりそうだ。

 そんな考えを知ってか知らずか、白竜王は両手を天に掲げた。

「白よ、淡き白よ。軍勢を呼び、招き入れよ。彼の者を敵と見做し、撃退せよ」

 俺は得た知識から、次に起こる事に気付く。そして直ぐに同じ詠唱を行なった。

「黒よ、仄き黒よ。軍勢を呼び、招き入れよ。彼の者を敵と見做し、撃退せよ」

 そしてお互いの背後に大きな空間の穴が生じる。

 白竜王の背後からは、灰色の竜の群れ…幻竜の軍勢が現れた。先頭に居るのは幻竜王だった。

 俺の背後からは、赤色、緑色、そして水色の竜の群れが現れた。赤竜、風竜、それに水竜だ。その先頭にはフレミアスとファルナ、それに風竜王が居た。

「…これが召喚かよ。初めてだが、理解は出来てるぜ」

「ああ。嘗ての恩を返す為、力となろう」

「最強の儂の出番のようじゃな。おやつ中に呼ばれた恨みは大きいぞ!」

 俺は3人に向かって呼び掛ける。

「幻竜達を離れさせてくれ!別に倒さずとも、抑えてくれれば良い!」

「承知したぜ。任せておけ!」

 そう答えると、互いの呼んだ群れ同士がぶつかり合う。そしてそのまま押し込み、白竜王の後方へと争いの場が移って行った。

 同じ事をしても戦況が平行線のままなら、違う事をすれば良い。俺の考えは其処に至った。

 ならばどうするか。決まっている。今まで培って来たものを活かすべきだ。

「黒よ、仄き黒よ。我が刃を覆い、漆黒の刀身を成せ。その切っ先で以て、我が敵を打ち倒せ」

 俺の持つカタナに黒い力が纏い、数倍の長さの刀身を生み出した。

「轟炎収束爆神界(コンバージェンス・バースト)!」

 白竜王に炎が集まり、爆発を起こす。だがこれは効かないだろう。只の目晦ましだ。

 俺は一気に間合いを詰め、カタナを一閃する。白竜王はギリギリ躱すが、余裕は無さそうだ。

 お互いの力の弱点は、後出しが出来る程度に詠唱が長い事だ。ならばその力を纏った剣戟ならどうか。

 俺の目論見通り、白竜王は回避に専念し始める。詠唱出来ず苛立ちが見える。

 だがそれでは不利と悟ったのか、この状況で詠唱を始めた。

「…白よ、淡き白よ。断罪の光を生み…」

 俺は連撃を加える。どんどん白竜王は傷を負って行くが、詠唱は止まない。

「…罪深き者を抉り取れ。浄化の意思により、彼の者を滅せよ!」


 直後、躱す間も無く俺は白い光に包まれた。

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