第172話
バランタインさんの言葉に、俺は思わず返す。
「…俺自身が脅威と認識されるように、誘導したんですか?」
「そうなるように仕向けた事は事実だ。それ自体が目的では無いのだがな」
俺は愕然としていた。バランタインさんが悪意を持っていたとは思いたくない。先ずその理由を聞くべきだ。
「…その理由を教えて貰えますか?」
「我は管理者としての役目を放棄した。だがな、それでは我の代わりを白竜王が代行するだけで何も変わらぬ。それを変えたかったのだ」
バランタインさんはそう言うと、自分の掌を見つめた。
「我と白竜王は、お互いを攻撃出来ぬよう作られておる。白竜王のやる事を我は止められぬのだ。だからな、その仕組みを脱する事にしたのだ」
的を得ない言い方だ。白竜王を止められるようにしたいのだろうか。
だが、次に告げられた言葉は驚くべきものだった。
「…我は竜玉継ぎを行なうつもりだ」
竜玉継ぎは、竜族が単独で次代を生む儀式の筈。だがそれでは、新たな黒竜王が生まれるだけではないか。
「竜玉継ぎの過程で、我は竜玉のみとなる。その時にユートに我が竜玉を取り込んで欲しいのだ。それが目的だ」
「…それをしたら、バランタインさんはどうなるんですか?」
「存在自体が消えるであろうな。だが良いのだ、白竜王を止め、打ち倒すにはそれしか無いのだ。我も役目を放棄し籠っているだけ。半ば死んでおるのだ」
つまり俺がバランタインさんの力を取り込み、白竜王に対抗するという事だ。そして最終的には、竜族による世界の監視から脱却する。
これは世界の根幹に関わる、壮大な話だ。俺がその当事者になるとは、思ってもいなかった。
だが受け入れなければ、俺の末路はラドホルトさんと同じになる。それは避けなければならない。…覚悟を決める時か。
「先程も言った通り、既に刻は迫っている。決断するが良い、ユートよ」
俺はその問いに、間を置かず答える。
「判りました。バランタインさんの力、受け取らせて貰います」
「そうか。…手間を掛けるが、宜しく頼むぞ」
そしてバランタインさんに魔力が渦巻き始める。どうやら竜玉継ぎの儀式を始めるようだ。
身体の輪郭が輝き始め、徐々に塵となって消えて行く。全てが魔素に戻り、竜玉に取り込まれて行く。
そして最後には、黒く光る竜玉が宙に浮いていた。
俺はそれに近付き、手を差し伸べる。それはゆっくりと、俺の体内に取り込まれて行った。
直後、今までに無い激痛が全身を走る。全神経に電流が流れているかのようだ。
脳の全てが痛みに支配され、何も考えられなくなる。最早身動きも取れず、苦しむばかりだった。
其処で意識が完全に落ち、全てが暗闇に包まれた。
意識が徐々に覚醒し、ぼやけた視界が広がる。
…どれだけ時間が経ったのか。指先、手首、腕と徐々に動かして行く。特に痛みは無い。
やっとの思いで立ち上がり、自分の身体に意識を向ける。
魔力量が10倍程に膨れ上がっていた。それ以外に実感は湧かないが、バランタインさんの力を取り込んだのだろう。
彼が犠牲にならなければ対抗出来ない事に辛さが募るが、そうも言っていられない。これで確実に白竜王にとって俺は排除認定されるだろう。
バランタインさんの部屋を出ると、アイリさんが居た。その表情には少し悲しみが浮かんでいた。
「…ちゃんと託されたのね」
「ええ。今から、やるべき事をやって来ます」
「頑張りなさい。ユートちゃんなら大丈夫よ」
俺は真っ直ぐ転送陣に向かい、外に出る。そして自領内で村と街道から離れた平地へと向かった。
周囲には他に何も無い平原。此処なら迷惑も掛からないだろう。
千里眼で白竜王の位置を確認すると、物凄い速さでこちらに近付いて来ていた。
俺は竜人体に成り、白竜王が向かって来る方向を見据える。
やがて微かな点が見え、どんどん大きくなって来た。それは純白の竜だった。
彼女は俺の眼前に着地すると、その口を開いた。
「…黒竜王をも取り込みましたか。それは彼の意志ですか?」
「そうです。俺はバランタインさんから、この力を託されました。…貴女に対抗する為に」
「そうですか。では世界の均衡の為、貴方を排除します」
そう告げると竜人体に成り、こちらに手を翳す。
俺はカタナを抜き、構える。彼女の強さも戦い方も、何も判らない。出たとこ勝負だ。
すると彼女は詠唱らしきものを始めた。
「白よ、淡き白よ。台地より次元を超え、彼の者を封じたまえ。その刻を凍らせ、永遠の檻とせよ」
突如足が地面に沈む。見ると周囲の地面が白く波打っていた。
そして其処から無数の白い手が伸び、俺の身体を掴んで行く。カタナを振るうが、その表面に傷すら付かない。
俺は白い手に引っ張られ、徐々に地面に沈んで行く。まさかこれが、ラドホルトさんの言っていた封印か?
幾ら身体強化を強めても、カタナを振っても、何も通用しない。
「轟炎収束爆神界(コンバージェンス・バースト)!」
その地面に向けて魔法を放つが、爆発の後は何の変化も無かった。
容赦無い実力差に絶望する間も無く、俺の身体は完全に白い地面へと沈んだ。
そして俺の身体は、真っ白な世界へと落ちて行った。
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