第171話
「私の名はラドホルト、嘗ては冒険者として名を馳せていた者だ。もう一度頼む、どうか私の話を聞いてくれないか」
その生気の無い顔は、思い詰めた表情をしていた。俺はそれを了承し、皆を手招きで呼び寄せる。
彼は笑顔を浮かべ、続きを話し始めた。
「私は冒険者として名声を得て、世界最強の人族とまで呼ばれた事もあった。その数々の冒険の中で、私はこの世界の真実を目の当たりにしたのだ」
そう話す彼を観察するが、現在はどう見ても人族には見えない。未だ年齢は中年に差し掛かる程度だろうが、何よりも気配が違った。
「それは竜族による、世界の監視と抹殺の歴史だった。力を持ち過ぎた人族は竜族に狙われ、殺される。そしてその仕組みの根幹が白竜王と黒竜王だ」
その辺りはバランタインさんに聞いたし、幻竜王の一連の事件も白竜王の監視による結果だった。解決する方法こそ違うが、同様の事は過去から続いていたのだろう。
「そこで私は願いが叶うという噂に縋り、光の塔を登る事にした。そして数か月を費やし、何とか登頂する事が出来たのだ」
彼はエレベーターを見付けられず、真っ当な方法で登ったようだ。気の遠くなるような話だ。
「そして最上階の神霊を倒し、その先で女神様と相見える事が出来た。其処で私は、竜族による人族の監視を無くすよう願った」
彼は其処で表情を曇らせる。
「…だがその願いは、受け入れられなかった。代わりに私は、自らを不老不死にする事を願った。自分の手で竜族を何とかする必要があると思ったからだ。…その願いは叶えられ、私は神霊と同等の存在となった」
彼はそう言い、自らの両手を眺める。青白く、淡く発光する身体。彼は願いを叶えた結果、人としての身体を捨ててしまったようだ。
「…人では無くなってしまったが、これで願いを叶える事が出来る。そう思った矢先、私の前に黒竜王が現れたのだ。…彼は告げた。白竜王により私が世界の脅威と認定されたと。不死である以上、永遠に封印するしか無いと」
そう語る頃には、表情は絶望に包まれていた。当時の事を思い出しているのだろう。皆一言も発さず、彼の言葉の続きを待つ。
「永遠の封印など、地獄以外の何物でもない。私は懇願し、人族の世から離れる事を誓った。だから見逃してくれと。彼は無言で立ち去ってくれた」
そして彼はこの大広間を見渡す。
「それ以来、私は此処で無為な刻を過ごしている。人だった頃の思い出に縋り、稀に此処に侵入する魔物を排除するだけの毎日だ。いっそ発狂してしまいたい位だが、それも叶わない身体だ」
俺は思わず尋ねた。
「…此処でどれ程の時間を?」
「100年から先は数えるのを止めた。…いっそ殺してくれと願うが、それも無理なのだろう。他人を巻き込む気も無い。只、話を聞いて欲しかっただけだ」
そして彼は涙を流す。いったい何百年ぶりの邂逅なのだろう。
しかし、竜族からの監視を逃れた者の末路がこれとは。他人事では無い事に怖気が走る。
バランタインさんは俺に更に強くなるよう語っていたが、白竜王に目を付けられる事も無いと言っていた筈。だが現に彼を見ると、事実は違うようだ。彼のような不老不死にならなくとも、脅威と見なされれば排除の対象となるのだ。
ならば真実を聞き出すしか無いだろう。俺はそう決意する。
「…話は判りました。現在、黒竜王は隠遁しています。顔見知りですので真意を聞き、結論を出したいと思います。…明日は我が身ですから」
「そうか。私でさえ君と戦えば負けるだろう。死なぬので、再戦し続ければ私が勝つかも知れぬが。…ちなみに、君はもう光の塔に?」
「ええ。既に願いは叶えて貰っています」
「…そうか。他の者は遥かに及ばぬし、空しい願いか。せめて死ねるようにして欲しかったのだが…」
女神の願いにより不老不死を解きたかったのだろう。彼は落胆交じりの苦笑いをしていた。
「私達はこれから地上に戻りますが、貴方はどうしますか?」
「結果は変わらぬ。今度は白竜王に封印されるだけだ。こんな場所でも封印よりはマシだろう」
「…そうですか。機会がありましたらまた訪れます。それでは」
そう告げて俺達はその場を去る。下手に期待させても、絶望が増すだけだ。
帰り道は別のルートを選び、残った魔物を倒して行く。そして地上に戻った頃には日が暮れていた。
俺達は一晩ダンジョンの様子を見る為、この場で野営を行なう事にした。
俺は焚火を眺めながら思考を巡らす。彼は確実に、選択を間違えた場合の将来の俺の姿だ。バランタインさんの真意を聞き、俺なりの結論を出さなければならない。
すると突然目の前に器が出される。見るとアルトが夕食を持って来てくれたようだ。
「ああ、有難う」
俺が器を受け取ると、その手を外側から握られた。
「何に悩んでいるのかは判ってるし、口出しはしない。…でも一言だけ。私達を悲しませるような選択はしないで」
俺は思わず彼女の顔を見る。その表情は今までに無く真剣だった。
そうだ。不幸になる為に強くなったんじゃない。大事なものを守る為に強くなったんだ。
俺は器を置くと、その手を握り返した。
「約束する。皆で幸せに過ごす為に、しっかりと見守っていてくれ」
「…判った。皆には私から伝えておくから、早く戻って来てね」
そう言うと彼女は俺の隣に座り、俺の方に頭を預ける。俺はそんな彼女の肩を引き寄せた。
満天に広がる雲一つ無い夜空。これが最後にならないよう願った。
翌朝。村に戻る皆とは離れ、直接魔王城へと向かう。
そして転送陣を抜け、バランタインさんの部屋に入った。
「ユートか、何かあったか?表情が固いな」
俺は早速、直球で質問を投げた。
「聞きたい事があって。まず一つ、ラドホルトという方を知っていますか?」
バランタインさんはその名前を聞くと、目を見開く。
「…懐かしい名だ、その様子だと会ったのだな。ならば次の問いも予想がつく」
「ええ。…俺は白竜王に、世界の脅威と認定されますか?」
バランタインさんは一呼吸置くと、あっさりと告げた。
「既に脅威と見られているだろう。行動を起こすのも時間の問題だ」
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