第165話
ある日の訓練後。お茶会と称するその場には、3人の女性が集まっていた。
1人目は発案者の本庄 澪。この村に客分として滞在している槍使いだ。
2人目は周藤 久子。最近私兵として雇われた弓使いだ。
そして3人目は八重樫 桃華。屋敷で使用人として雇われている短剣使いだ。
3人の共通点は、侯爵である紬原 侑人に助けられた事。その縁で3人はこの場に居る。
「訓練は楽しいし、食事も美味しい。快適だな此処は。これで冒険者ギルドがあれば最高なのだが」
澪が率直な感想を述べる。客分なので役目は無く、訓練以外はあちこちを歩き回っているようだ。
「私は安定した収入があれば良いわー。兵の仕事も、今のところそんな大変じゃないし」
久子は椅子の背もたれに仰け反りながら言葉を返す。今日は非番のため、こうしてのんびり過ごせている。
「日本よりも老後が心配ですけどね。ちゃんとお給金を貯めておかないと」
そう言いながら桃華が紅茶のカップを2人に差し出す。何時も通りのメイド服で給仕をしているが、れっきとした休憩時間だ。
「それにしても、先日の訓練での侑人は凄かったな。私もあんな魔物を倒せるようになりたいものだ」
澪は目を輝かせながら言う。3人の中でも一番強さを求めており、訓練時の姿は魅力的に映ったようだ。
「貴族が其処まで強くなってどうするの?って感じもするけどね。今でも生活には困ってないんだろうし」
「優しい人ですから、皆を守るためとかでしょうか」
久子の感想に桃華が返す。
すると澪が話題を切り出した。
「…2人は侑人の妾…いや、妻になるのか?」
久子は無反応だったが、桃華は紅茶を噴き出しそうになりむせていた。
「その気は無いわよ。それよりも祥君が良いわ」
「…顔か」
「何よ、良いじゃない。こっちの世界の基準だと婚期を過ぎてる気もするけど、まだ大丈夫な筈!」
15歳で成人し20歳までに結婚する事が多いこの世界では、23歳は適齢期を過ぎていると言えた。
対して21歳の桃華は、先程の澪の言葉に混乱したままだった。
「折角だから私も貰ってくれないだろうか。聞く限り、奥さん全員に愛情を注いでいるようだしな」
「順応し過ぎじゃない?私は一夫多妻なんて嫌だけど」
「一番年下の私が言うのも何だが、それがこの世界での男の甲斐性じゃないか。結構な事だ」
傍目には澪の言葉が本気かどうかは判らなかったが、桃華は気が気ではなかった。
「達観してるわねぇ。それとも老成かしら」
久子は溜息をつきながら紅茶に口を付ける。これはジェネレーションギャップではなく、性格の違いだろうと結論付けた。
桃華は恐る恐る澪に尋ねた。
「あの…先程の発言は、本気ですか?」
「む?ああそうか、ライバルが増えると困るのだな桃華は。安心してくれ。侑人から迫って来るなら吝かではないが、私からアプローチするつもりは無いぞ」
「そ…そう、ですか」
「え、何?桃華は第5婦人に立候補するの?…でも大丈夫?貴女年上でしょ?」
「何だ、侑人は年下好きなのか?」
「そうみたいよ、奥さんも全員年下だし。祥君もそう言ってたわ」
その言葉に、桃華の表情に影が差す。
「暗くなっても解決しないぞ。そうだ、奥方にでも相談してみればどうだ?楓もそうやって助けて貰ったらしいぞ」
「そう…ですね」
「ああ、アルト様ね。若いのに凄いわよねー」
「そうだな。あれで領地も夜の夫婦生活も仕切っているのだから、大したものだ」
「…私も焦った方が良いのかしら」
「それは大丈夫じゃないか?女性陣の祥への評価は『顔は良いけど恋愛対象じゃない』だったぞ?」
「…それ、明らかに誉めてないわよね?」
「だが、小隊長としての地位に見合う実力は認められているぞ。立派なものじゃないか」
そんな2人の会話に混ざらず、桃華は手に持つ紅茶を見つめ続けていた。
澪はその姿を横目で見つつ思案する。何か手助けが出来ないだろうか、と。
色々助けて貰った恩を返し切れておらず、逆に客分として世話になっている状態だ。此処は自分が動くのが筋だろう。そう考えた。
澪は紅茶の残りを一気に飲み干すと、立ち上がった。
「ちょっと用事が出来た。すまないがお先に失礼する」
そう告げて、その場を立ち去った。その足は執務室に向かっていた。
残された2人は顔を見合わせる。
「…まあ、機嫌を損ねたみたいじゃなかったし、大丈夫でしょ」
「ですね。突然でびっくりしましたけど」
「それよりも、私は焦るべきかしら?」
「…祥さんとの事でしたら、お互いで話し合うのが良いかと思いますが」
「…告白もしてないのに、結婚の相談をするの?」
「…頑張りましょうか、お互い…」
その日のお茶会は、少し暗い雰囲気で終わった。
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