第166話
ある日の夜。俺は今日も魔王城にて訓練を行なっていた。
既にこの場では数日が経過している。魔物の死体が山になる度に火属性魔法で焼却しているが、その残骸すら山になって来ていた。
「そろそろ場所を移動するか…」
俺はそう呟き、場所を変える事にする。
残骸は数日後には消えているので、あれを食べている魔物も存在するのだろう。
そうして先に進もうとすると、後方から近付いて来る気配を感知した。
訓練中に鉢合わせるのも面倒なので、此処に留まってやり過ごす事にした。
暫くすると複数の足音が聞こえて来る。現れたのは6人、全員男だ。
「お、なんだ嬢ちゃん。1人でこんな所に潜ってんのか?」
先頭に居た、剣を持った男が話し掛けて来る。
「ええ。…お構いなく」
特に交流するつもりも無いので、ぞんざいな態度で接しておく。だが興味を引かれたのか、尚も話し掛けて来た。
「此処で会ったのも何かの縁だ、一緒に潜らねえか?冒険者にとって安全は、何よりも大事だろ?」
「いえ、遠慮します。私の目的は踏破ではありませんので」
「ならせめて野営は一緒にしようぜ。見張りも居ないのは困るだろ?」
やけに絡んで来る。今は竜人体で見た目が女性だから、下衆な考えでもしているのだろうか。
これは俺の方から離れた方が賢明だろう。そう考えた時、更に近付く気配があった。
その者は現れるなり、大きな声を挙げた。
「止めないか!そちらの女性が困っているだろう!私の目が黒いうちは、不埒な行為は許さないぞ!」
「…何だ、こいつ?」
不本意ながら彼らと同意見だった。
現れたのは20代位の騎士風の男性だった。藍色の長い髪を靡かせ、こちらを指差しポーズを決めている。
「問われたなら答えよう!私の名はスターレン、勇者の称号を持つ者だ!」
そう名乗ると手を腰に当てた。いちいち動きが芝居がかっており、視界が五月蠅い。
だがこの怪しい奴らから逃れる口実にもなりそうなので、一先ず成り行きを見守る事にした。
「…聞いた事がある。最近良く噂になっているな」
噂になる程度には有名なのか。どんな内容かは知らないが。
「だが魔王の居ない今、勇者なんて何の有難みも無えんだよ!関係無い奴はあっちに行ってろや」
「それは出来ない。私は勇者、若い女性の味方だ」
…発言が怪しくなって来た気がする。大丈夫かこいつ?
「何だ、この嬢ちゃんに粉掛けてぇだけか?なら正々堂々勝負しようじゃねえか」
「人数差で勝った気になっているようだな。だが勇者に敗北は無い!」
一触即発、という所で俺は魔法を唱えた。
「重力遅速鎖陣(グラビティ・スロウチェイン)」
「ぐぅおっ!?」「な、何だこれは?」
全く抵抗出来ずに、全員が動きを止める。
迷惑なのは確かだが、殺し合いは止めて欲しい。なので俺は彼らにお願いした。
「魔法を解いたら此処から去れ。嫌なら私が今直ぐ相手になる」
「わ…判りました。行きます。だからお許しを…」
俺が魔法を解くと、彼らは一目散に上層へと戻って行った。
これで一安心…と思いたいのだが、1人だけ此処に残っている者が居た。
「この剣を血で汚さずに済んだか…。彼らが心を入れ替える事を祈ろう」
何だろう、無性に魔法で吹き飛ばしたい。今なら目撃者も居ないし、許されるのではないだろうか。
「では改めて名乗ろう。私はスターレン、勇者だ」
「…ユーナ、です」
トラブルを避けるため、以前使っていた偽名を名乗る。
正直強そうには見えないのだが、1人でこの階層まで来ているのだ。実力は確かなのだろう。
「さて、狼藉者も消えた事だ。女性1人では危ない、私が送ろう」
先刻の魔法を覚えていないのだろうか。あの男達は実力差を理解してくれたのだが。
「…不要です。それに私には目的がありますので」
「ふむ、もしかして同じ目的ではないか?私は討伐されず生き残っていると噂されている、魔王を探している」
その言葉に衝撃が走る。当然だ、噂ではなく事実なのだから。だが何処が噂の出所だ?
この男1人にアイリさんが倒されるとは思わないが、生きているという事実が広まるのは問題だ。それにスタウトさん達にも影響が出る。
仕方無い。もう少し情報を引き出す為、俺はこの男と行動を共にする事にした。
「そうですか。なら一緒に行きましょうか」
「うむ、それが良い。君は私が守る、安心したまえ」
そう言うなり、意気揚々と先を進み始める。
俺はその後を追いながら、思考を巡らせる。噂が出るとすれば、俺の周辺かスタウトさん達だ。フレミアス達も知っているが、人族との接触は無い筈だ。
ならばうっかり誰かに聞かれたか、間者の類か。結論は出ないが、可能性は限られる筈だ。
俺達は目的を異にしたまま、下層を目指した。
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