第164話
アルトに「夜の訓練は良いけど、子作りの後にしなさい」と言われた翌日。
午後の訓練の時間。俺は魔物を召喚しながら、皆の成長度合いを確認する。
常に魔物と戦っており、魔王城も攻略している事で皆かなり成長している。特に中隊長のトールとリューイは、S級冒険者にも引けを取らないだろう。
萌美は攻撃魔法を得た事で成長速度が増し、急成長している。祥もかなり成長し、A級と評価して差し支えない筈だ。楓は攻撃手段が少ないが、小隊長を務めるだけの実力は備えていた。
一番の成長速度を見せているのは周藤さんだ。定位置から動かず、黙々と魔物を射抜いて行く。その姿はさながら流れ作業員のようだ。
其処に八重樫さんと、客分扱いの澪が混ざって訓練を行なっている。八重樫さんの指導はエストさんに任せているが、かなり成長しているようだ。
俺はアルトと模擬戦を行ないながら、訓練への工夫を検討する。
基本である身体強化の習得と維持は全員済んでいるし、訓練に加え実戦も経てレベルも上がっている。其処に魔物召喚による上乗せがあるのだから、練度は最前線の冒険者を凌ぐだろう。
だがワンパターンは単調になり、作業になってしまう。作業になると飽きてしまう。変化が必要なのだ。
其処で翌日の訓練では、1つ工夫を加えてみた。所謂集団戦だ。
中隊毎に同数以上の魔物を召喚し、集団対集団での戦闘を経験させる。グランダル戦の未経験者も居るので、これも必要だろう。
実際にやらせてみると、隊長クラスの指揮如何で経過が大きく変わる事が判った。
トールは真っ先に突撃し一当りし、魔物の強さを把握。問題無しと判断するなり前線は面で受けさせ、人数差が覆った所で包囲殲滅に切り替えた。特に見極め・判断力が冴えていた。
リューイは隊列を崩さず接敵、徐々に相手を削って行く。随時細かく隊員に指示を出し、安全確実に戦闘を進めて行った。殲滅に時間は掛かったが、安定感が秀でている。防衛戦では強みになるだろう。
萌美は縦列陣形で魔法を指示、一斉放射により一気に魔物を殲滅してしまった。やはり集団戦では効果範囲もあり魔法が優位のようだ。弱点は討ち漏らした際の接敵だが、そもそも魔法中隊単体での運用は本来行わないので、問題無いだろう。
そして気が向いたので、混成部隊でも戦ってみる事にした。
俺が隊長となり、アルト、アンバーさん、八重樫さん、エストさん、澪、それにファルナとサイードも加える。
実力の高い者が多いので、魔物はより強めのものに変えておく。
…さて、恐らく連携は期待出来ないだろう。それに一気に魔法で倒されても困るので、アンバーさんは阻害、ファルナとサイードは肉弾戦のみとした。
戦闘開始直後、最前列の敵の背後に八重樫さんが移動し、首を短剣で掻き切る。レベルが上がり魔力量が増えた為、身体強化も強力になっていた。周囲からの追い打ちを受ける前に、既に包囲から抜けている。
澪は真っ直ぐに前線に突っ込み、その槍を振るう。戦い方はトールに近いか。恩寵が強力過ぎて魔物が相手にならない。
アルトは俺の動きを真似、一気に間合いを詰めての一閃を繰り出す。そして敵の攻撃は状況により回避と受け流しを使い分けている。良く出来た弟子だ。
ファルナとサイードはレベル的に遥か上なので、手加減しつつ魔物を減らして行く。
「うおお、素手じゃと手が血で汚れるわ!何か武器を寄越さんか!」
ファルナが何か叫んでいるが、無視しよう。
エストさんとは過去に一度戦った事があるが、更に鍛えているようだ。敵の攻撃は回避に徹し、的確に首を切り落として行く。
アンバーさんは阻害魔法も使わず、ぼーっと戦況を眺めていた。
「…阻害は不要、魔力の無駄」
どうやらこちら側の戦力過多のようだ。確かに阻害するまでも無く、敵の攻撃は誰も受けていない。
なので魔物が殲滅されたタイミングで、新たに一体召喚する。神霊だ。
「レベルの低い者は距離を置いて回避重視!アンバーさんは全力許可!ファルナとサイードは防護魔法のみ許可する!」
俺は敵の実力を考慮し、指示を出し直す。これで善戦出来るのでは無いだろうか。
早速八重樫さんが通り過ぎ際に一撃加えるが、表面を少し削っただけだ。あれではダメージになっていないだろう。
澪は正面から行くが、やはり力負けするようだ。恩寵でもカバー出来ない差があるのだ。
アルトとエストさんも攻撃に加わるが、相手の攻撃に回避で手一杯になっている。一度の攻撃の合間に5回は反撃を受けている状況だ。
アンバーさんも近接組が多いと魔法を放てないので、結局阻害魔法メインになっている。それも直ぐに強引にレジストされてしまっていた。
なので主力はファルナとサイードの2人なのだが。ファルナは接近戦が致命的なので、実質サイードと神霊との一対一の様相になっていた。
するとサイードの地力では神霊に押されてしまう。勝てるようなら住処を追い出されていないからな。なので俺も動く事にした。
「重力遅速鎖陣(グラビティ・スロウチェイン)!」
鈍色の鎖が神霊に絡み付き、重力を伴ってその場に縛り付ける。これで先程までの動きは出来ないだろう。
此処で近接組が総出で襲い掛かる。傍目から見れば袋叩きだ。だが実力差を考えれば、当然の判断だろう。
やがて徐々にダメージが蓄積されて行く。身体が崩れ、動きも鈍って行く。
そして暫く掛かったが、やっと神霊を倒す事が出来た。
神霊を召喚し、動きを阻害させて後は戦わせる。これも良い訓練だ。他の隊にもやらせてみよう。
そして最後、何故か俺の訓練を見たいという事になった。なので夜行なっている訓練を見せる事にした。
流れ弾対策で皆は一ヶ所に集め、もしもの時は一斉に防護魔法を唱えるよう言っておいた。
…さて、折角なので多少は苦戦する相手にしよう。そうして召喚されたのは、巨躯に2本の大きな角を持つ、ミノタウロスだった。
俺は竜人体に成り、振り下ろされる棍棒を躱す。風圧と地響きが周囲に轟く。見た目通りの馬鹿力のようだ。
「完全氷結風神界(アブソリュート・フリーズ)!」
身体を晒しているなら効果が大きそうな魔法を唱える。一気に周囲の気温が下がる。
ミノタウロスは目に見えて動きが鈍る。呼吸で肺も凍り付くだろう。だがこれで倒しても訓練にならないので、距離を詰める。
氷に覆われ始めた左足に一閃。思わず片膝を付く。そして横に振り抜いた棍棒を飛んで避け、頭上からカタナを振り下ろした。
きぃん、という甲高い音を立て、左の角が根本から斬り落とされる。
無理に立ち上がり、天に向け雄叫びを挙げる。威嚇のつもりだろうか。
俺はその隙に背後に回り、今度は右足に一閃。身体を支え切れず両膝を付いた所で上に飛び乗る。
そして背後から首を横に薙いだ。一瞬の後に血が噴き出し、両手で支えられていた身体が崩れ落ちる。
その直後、皆から歓声が飛ぶ。どうやら喜んで貰えたようだ。
そんな中、特に八重樫さんと澪が目を見張っていた。何か思う所があったのだろうか。
俺は兵達に剥ぎ取りを任せ、皆の所に戻った。モチベーションの維持に繋がるのなら、こういうのもたまには良いだろう。
俺は背後に向けられる視線に気付かないまま、屋敷へと戻った。
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