第163話
私が侑人さんを観察し始めてから、随分経ちました。
既に残虐的な印象は無く、私の目から見ればごく普通の青年だと感じています。
奥様や部下の皆から凄く信頼されていて、国からも頼られる存在。そんな人の下で働けて、私は幸せなのでしょう。
そんな侑人さんですが、先日魔王城に行ってから悩まれている様子です。何かがあったのでしょうか。
執務も訓練も卒無くこなしていますが、合間に思案顔を浮かべるようになりました。
アルト様に尋ねたら「必要になったら相談して来るから、大丈夫よ」との事でした。他の奥様方も、同様に待ちの姿勢のようです。
男性方は…微塵も気付いていなそうです。今日も元気に訓練に励んでいます。
どうしても気になってしまいましたので、私は訓練の合間に尋ねてみました。
「あの…何かあったのですか?最近お悩みのようですが」
「ん?…ああ、確かに悩んではいるな。別に困っている訳じゃないんだが」
「お話を伺っても?」
「んー、世界に最強が2人居たとする。自分は3番目だ。その間には隔絶した差がある。それでも最強を目指そうとするかい?」
不思議な尋ね方です。例え話ではなく、随分と具体的な話に聞こえます。
「…最強に並びたいのか、超えたいのか、それとも倒したいのか。どれでしょうか?」
「ああ成程。俺は並びたいんだな。有難う、霧が晴れた気分だ」
「…どういたしまして」
今のやり取りで疑問が解消されたのでしょうか。
すると侑人さんは、私の頭を撫で始めました。
羞恥とこそばゆさで顔が赤くなっていくのが判ります。
「あ、あの…」
「ああ御免。撫で易い高さにあったもので、つい。気分を害したなら謝るよ」
「…それは大丈夫です。驚いただけですので…」
不慣れな事をされたせいか、動悸が収まりません。
私は気を紛らわせるべく、エストさんに短剣の指導を頼みに行きました。
八重樫さんとの会話で、目指す所が明確になった。
俺は尊敬するバランタインさんに並びたいのだ。ただ無為に強さを求めるよりも明確になった事で、その先を考える事が出来る。
つまり手段だ。今まで通りの訓練を続けるのは効率が悪いだろう。一番効率が良いのは竜玉を取り込む事だが、これは竜族の好意が無いと問題になる。俺が竜族にとっての脅威となる行動を取るのは避けるべきだ。
ならば無難なのは召喚魔法の活用だろう。今なら神代級魔法で神霊以上の魔物を召喚する事が出来る。部下達には任せられないが、俺一人なら丁度良い相手だろう。
バランタインさんとの差は大きいので、これからはあまり自重せずに鍛えて行く事にする。こうなれば徹底的にやって見る。
俺は早速、その日の夜に活動を開始した。
先ず周囲に迷惑が掛からないよう、転送陣で魔王城内に飛ぶ。
そして竜人体に成り、適当な1部屋に魔法を掛ける。
「時流乖離断神界(クロノス・ディソシエーション)」
これでバランタインさんの部屋と同じように、周囲と時間の流れが変わった筈だ。これは魔力を込めた分だけ持続するので、次の魔法を問題無く使う事が出来る。
続いて、この世界に存在しない魔物を呼び出す魔法を唱える。
「異相魔召喚神界(サモン・ディファレントフェーズ)」
魔法陣から現れたのは、翼の無いドラゴンだった。口からは炎が覗いていた。
相手は頭をもたげると、口から炎を噴き出して来た。魔法では無い、本物のブレスだ。
「轟炎球状壁神界(フレイム・ドーム)!」
防護魔法を唱え、様子を見る。防壁が破られる様子は無い。
ならばとブレスが途切れたタイミングで外に飛び出す。狙うは前足だ。
足を持ち上げ踏み潰しに掛かるが、動きは鈍重なので問題無く躱す。そして下ろされた足に連撃を加えた。
相手は逃げに入ったかと見せかけ、尻尾を振って来た。俺はジャンプして避け、背中に乗る。
背中にも連撃を加え、魔法も放ち後方へ飛び退く。
「完全氷結風神界(アブソリュート・フリーズ)!」
急激に体温を奪われ、相手の動きが鈍る。必死にブレスで相殺しようとしているが、押し負けているようだ。
動きが鈍っている隙に、次の魔法を唱える。
「石柱無限立神界(インフィニット・ピラー)!」
石柱が上下から伸び、胴体を次々と潰して行く。相手もブレスを吐けず、代わりに血を吐き出した。
まだ息があるようなので一気に間合いを詰め、垂れ下がった首を両断する。
これで1体目。時間はたっぷりあるので、このまま続けて行く。
そして最終的に初見の魔物を30体程倒した所で、丁度一日が経過した。実際には1刻にも満たない時間経過なのだが。
俺は仮眠を取り、訓練を再開する。
実際にやってみた結果、一晩で10日間戦い続ける事が出来た。これを毎晩行えば日常の執務や訓練はそのままに、自らを鍛える事が出来るだろう。
一度対峙した魔物は、通常の召喚魔法で召喚出来るのも便利だ。苦戦した相手の攻略法を考えるのも楽しい。
次はもっと魔力を込めて召喚魔法を使ってみよう。更に強力な魔物が出て来る筈だ。
俺は屋敷に戻るべく、転送陣を発動させた。
その日以降、夜は時間を引き延ばしての訓練が日課となった。
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