第158話
王都に到着した俺達は、冒険者ギルドで事前打ち合わせを済ませてから宿屋へと向かった。
一応こちらの要望は全て受け入れて貰えたので、一安心だ。
そして翌日、先ず俺達は騎士学校へと向かった。今日は午前に騎士学校で講義、午後に魔術学園で講義の予定となっている。
学校の人に案内された場所は、大きな講堂だった。恐らくは全生徒が集まっているのだろう、俺達に一斉に視線が集中する。
皆は脇に避け、俺と八重樫さんが教壇へと向かう。流石にこれだけの人数が居ると、少し緊張してしまう。
演台の上に置かれた拡声の魔導具に向け、俺は口を開いた。
「皆さん初めまして。この王国にて侯爵を務めている、ユート=ツムギハラです。今日は特別講義との事で、この教壇に立たせて頂くこととなりました」
俺が自己紹介を済ませると、学生達がざわざわと騒ぎ始めた。
「あれがグランダル戦の英雄か…」
「あまり強そうには見えないけどなぁ」
「紅の剣鬼って呼び名は、何処から来たんだ?そんな要素無いぞ」
「隣のメイドは誰だ?只の手伝いか?」
今更だが、やはり俺は強そうな印象が無いらしい。他者を外見で威圧する気も無いので、特に問題無いのだが。
俺は事前に話し合った通りに、言葉を続けた。
「さて…。この中で自分が学生の中で一番強い、という人は居ますか?居たら手を挙げて下さい」
すると前の方に座る男子学生が手を挙げた。その表情には自信が伺える。
「では其処の方、前に出て来て自己紹介をお願いします」
彼は悠々と立ち上がり、こちらに向かって歩いて来た。
「やっぱりディアンか」
「騎士団からも、既に話が来てるらしいぜ」
「でもレベル差によるごり押しじゃね?」
学生達から彼についての噂話が聞こえる。
彼は俺の前に来ると、自己紹介を始めた。
「ディアン=ハーバート、伯爵家の次男です。今年の学内剣術大会で優勝しました。自分が学生の中で一番強いと自負しております」
「自己紹介有難う。君のレベルは今幾つですか?」
「293です。中堅冒険者にも負けません」
成程。確かに学生にしてはかなりレベルが高い。でも学生の身でレベル上げに勤しむのも難しいだろうから、恐らく育成支援の結果なのだろう。
「判りました。ではディアン君、君は其処に立って下さい。今から私の屋敷の使用人である彼女が、君に攻撃を仕掛けます。君はそれを躱して下さい」
「失礼ですが、そちらのメイドが戦えるようには見えませんが?」
「確かにレベルは君の半分程度です。ですが私の部下は文官であろうとも、全員ある程度は鍛えてます。自信があるのなら見事躱して見せて下さい」
「…判りました」
そう言うと彼は指定した場所に立つが、特に構えもしない。
「身体強化は使えますか?」
「勿論使えます。ですが必要無いでしょう」
彼は平然と答える。ならば判らせるとしよう。
俺は小声で八重樫さんに伝える。
「顔面に寸止めで。スピードは全力で頼む」
「了解しました」
そうして彼と丁度相対する位置に彼女が立つ。そして身体強化の魔力を全開にした。
「では…始め!」
俺の掛け声と共に八重樫さんが動く。彼にはその場から消えたように見えただろう。そして軽く床を踏み付ける音と同時に、彼女の拳が彼の目の前で止まる。
「…え?」
彼が素っ頓狂な声を挙げる。全く動きが見えなかったようだ。それはそうだろう。彼女の恩寵は、その速さだけで数倍のレベル差を覆すのだ。
「ゆ…油断しました!もう一度!もう一度お願いします!」
彼は再戦を挑んで来た。これも予想通りだ。
八重樫さんは無言で先程の位置に戻る。彼は流石に身体強化の魔力を流し始めた。その表情にも焦りが見える。
「では…始め!」
二度目の掛け声。だが今度は真正面では無く、側面に回り込んでいた。その動きに対応出来ず、拳が顔の横で寸止めされる。
俺は彼の方を見ながら、皆に向けて話し始める。
「近接戦による強さは、レベル、技術、頭脳、装備、それに身体強化を含めた身体能力です。私の所では、特に身体強化を基礎として重視しています。その結果は今見て頂いた通りです。極めれば身体強化で倍のレベル差でも対等に戦えます。先ずはレベル重視の考え方を改めて下さい」
俺は其処で間を置く。学生の皆を見渡し、言葉を続ける。
「…その上で、身体強化だけでなく他も上回る相手とはどういう物か、それを皆さんに実体験して頂きます。各々得意な武器を持って、外に出て下さい」
そう伝え、先ず俺から外のグラウンドに出る。教師の指示もあり、戸惑いながらも皆ぞろぞろと後を付いて来た。
丁度グラウンドの真ん中辺りで、俺は立ち止まる。
「これから行なうのは、多対一の戦いです。君達のうち誰かが私に一撃でも当てれば勝ちです。もし武器が手から離れたら、外に出て下さい」
俺の言葉に、周囲の騒めきが増す。「こんなの、第一騎士団長でも無理だろ」「流石に舐め過ぎじゃね?」等の声が聞こえる。学生が100人以上居るのだから、当然の反応だろう。
「先程の彼を見て判っているかと思いますが、油断はしないで下さい。最初から全力で掛かって来るように。それに今から見せるのは、本物の『紅の剣鬼』です」
俺はそう伝え終えると、竜人体を発動する。身体強化の魔力も全開だ。
その魔力量と威圧感に、学生達が一斉に静まる。既に「女に変わった」等と騒ぎ立てる段階は過ぎたようだ。
俺はそんな学生達を見据え、口を開く。
「では…始め!」
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