第157話
「特別講師、ですか?」
俺は予想外の依頼に、素っ頓狂な返事をしてしまった。
俺の向かいに座るのは、デルムの街の冒険者ギルドの副マスター、フィーリンさんだ。
俺達の村に訪れた彼女は、応接室に案内するなり依頼を提案して来たのだ。
「そうです。王都にある騎士学校と魔術学園、それぞれに1名ずつ特別講師を派遣して頂きたいのです」
「具体的には、どんな内容を?」
「特別講義として1回だけで構いませんので、実戦経験を交えた講義をお願いします。それ以外は特に条件を設けませんので、好きなようになさって下さい」
細々とした制約が無いのは助かるが、随分と漠然とした依頼内容だ。何をやるかはこちら次第、という事か。
するとアルトが横から口を挟む。
「人選もこちらに任せる、という事で宜しいでしょうか?」
「はい。ただユート様には、必ずどちらかの講師をして頂けたらと思います。英雄として学生にも名が通っておりますので」
「成程…。判りました。では講義の日程をお教え下さい。それまでに人選し送り出しますので」
アルトはあっさりとこの依頼を受ける事にしたようだ。
「…何か受けた理由があるのか?」
「騎士学校も魔術学園も、出資は王家なのよ。だからこの依頼は王家への貢献にもなるわ。なら受けない理由は無いでしょ」
そういう事なら俺も納得だ。
「有難う御座います。特別講義は15日後になります。前日に事前の顔合わせと打ち合わせを行ないますので、前日の午前中にギルドへお越し下さい」
「判りました。こちらこそ宜しくお願いします」
こうして講師の依頼を受ける事が決定した。後は俺以外の講師を選定し、講義の内容を決める必要がある。
そのまま午前の執務は講師選定に充てる事にした。
「俺がどっちを受け持つかだが、騎士学校の方が向いてると思う」
「その理由は?」
「竜人体には成らない事が前提だから、そうすると扱えるのは風属性と時空・召喚だ。恐らくだが時空魔法と召喚魔法は、学生では殆ど扱えないだろうしな。なら風属性だけになるが、それだと弱いだろう?」
「ならユートは騎士学校で決定、後は魔術学園の講師と補助要員の選定ね」
「補助要員?」
「そう。助手的な役割もあるけど、良い機会だから一緒に見に行かせるのも狙いよ。そうね…ユートの方には、トウカを連れて行くと良いわ」
八重樫さんか。それなら身体強化の重要性をアピール出来そうだ。
「なら魔術学園はアンバーさんか。すると属性をカバーするのに祥か、治癒魔法で萌美か、どっちかか」
「それなら補助要員を2人にすれば良いでしょ」
「そうだな。じゃあこれで決定か」
その後は選ばれた者同士で集まり、講義内容を詰める事にした。
行き当たりばったりな所もあるが、これで実戦的な中々面白い講義が出来るだろう。
数日後、俺達は王都に向けて出発した。
あまり竜族の2人を交通手段として使うのも気が引けたので、今回は馬車による移動だ。
それにしても、学生達がどの程度の実力を持っているのか楽しみだ。
祥が俺に話し掛けて来る。
「兄貴達は、どんな講義をする予定なんすか?」
「時間は重なってないからお互い講義は見られるだろ。それまでのお楽しみだ」
「成程、サプライズっすね!」
其処へ八重樫さんも混ざって来る。
「…本当に私で良かったのでしょうか?」
「大丈夫。速度で上回る学生は居ない筈だ。上手く行くさ」
最近はアルトに指摘され、八重樫さんとの会話では敬語を使わないようにしている。曰く「雇い主としての示しがつかない」そうだ。
「こっちは準備万端っすよ。ツムギハラ侯爵家の威容を見せつけてやりますよ!」
「…任せて」
アンバーさんも自信ありげだ。何をやる気なのだろうか。萌美は普通にしているので、常識の範囲内なのだろう、多分。
「しかし学校か…。通うのが普通なのか?」
その問いにはアンバーさんが答えてくれた。
「騎士団や宮廷魔術師を目指すなら普通、冒険者を目指すなら人それぞれ。主に金銭的理由」
「なら裕福な家が多いのか。まあ専門学校みたいな物だろうしな」
進学に金銭的事情が絡むのは、日本でも同じだ。その度合いは大分違うのだろうが。
すると萌美も興味を持ったのか、質問してくる。
「学生さんって、どの位の年齢なんですか?」
「基本は10歳から成人の15歳までだが、人によっては15歳を過ぎても残っているらしいな。そういう奴は、大抵そのまま講師になるらしいが」
「そうですか。基本的に全員年下なんですね。ちょっと安心しました」
中隊では年上も従えているのだが、性格的に年下の方が気が楽なようだ。
まあ命の危険が無い分、楽な依頼なのだ。楽しむ事にしよう。
それに今回は別の目的も1つある。忘れないようにしないと。
そうして馬車は王都に向けて走り続けた。
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