第152話
隣の部屋は広めの倉庫になっていた。慈竜王は棚から1冊の本を取り出し、萌美に手渡した。
「こちらが慈竜族の魔導書になります。ご覧になって下さい」
「あ、はい。有難う御座います」
そう返答し萌美は魔導書を読み始める。
俺は気になっていた事を尋ねてみた。
「あれだけ人族を警戒していながら、随分あっさりと教えてくれますね」
「昔は人族に治癒魔法を教える事を生業の1つとしてましたし、人族との交流もあったのですよ」
「それが覆ったのは、教主のせいだと?」
「それより以前から、徐々に正教会が治癒魔法の独占を始めておりましたから。あくまで一因です。正教国内に住処がありながら、一番不仲ですからね」
主に正教国への不満が募り、それが教主の行動で爆発した形か。
何となく手持ち無沙汰で室内を眺めると、銀色に輝く物体があった。
「…あれは竜玉ですか?」
「ええ。ただ同胞ではありますが、咎人の竜玉です。なので安置せず倉庫に仕舞っております。…興味がおありですか?」
「ええ。ですが触った途端に取り込んでしまいますので、遠慮しておきます」
「咎人の物でしたら構いませんよ。どうぞ」
慈竜王はそう言い、あっさりと俺に竜玉を手渡す。
案の定、竜玉は俺の鳩尾の辺りに沈み込み、身体に激痛が走る。
咎人の竜玉を吸収するのに忌避感もあったのだが、拒否する間も無く取り込んでしまった。
「…本当なのですね。初めて見る光景です」
「そうじゃな。で、どうなったのじゃ?」
「今までは取り込んだ属性の魔法が使えるようになったけど、治癒魔法はどうなんだろう?」
確か魔力の性質が違う筈だから、使えない可能性が高い。
「では試してみましょう。私と同様に魔方陣を描いてみて下さい」
そう言い、初級魔法の魔方陣を描く。俺もそれを真似してみる。
「小回復(ヒール)」
魔方陣に込めた魔力が放出されたので、発動したようだ。竜玉を通して魔力の性質が変化したのだろうか。
「出来ましたね。…本当に不思議な性質です。竜族にとっては恐怖でもありますが」
無駄に警戒させてしまうので、今後はあまり口外しない方が良いだろう。
なお萌美は恩寵の効果により、あっさり習得する事が出来た。
部屋に戻ると、慈竜王が口を開いた。
「では改めまして。水竜王殿、代替わりをお祝い致します。今後も精進なされますよう」
「うむ。祝いの言葉、有り難く受け取るのじゃ」
只の口実だったのだが、律儀に返答をしてくれた。雰囲気通りの真面目な性格のようだ。
「さて…では見送りをさせて頂きます」
皆で立ち上がり、入口へと向かう。
「では皆様、再開出来る日をお待ちしております」
その言葉を背に、俺達は住処を立ち去った。
村に戻った俺は、早速萌美から治癒魔法を教わった。竜人体に成らないと使えないのはネックだが、役に立つだろう。
そんな風に日々を過ごしていると、ケビンさんから連絡が入った。
貴族の私兵として働いていた転移者の女性だが、結局クビになってしまったそうだ。
その後は少ない給金を手に仕事を探していたそうだが、結局見付からず。取り敢えず冒険者にはなったが、パーティも組めずに細々と一人でこなせる依頼を受けているらしい。
場所が正教国の西隣と遠方だが、行くべきだろう。
俺は祥とサイードを呼んだ。今回はこの3人で向かう事にした。特にサイードには移動手段として頑張って貰う。馬車では時間が掛かり過ぎるのだ。
色々と不在時の段取りを済ませ、翌日出発した。
千里眼を発動させながら向かった先は、澪と別れた街だった。
俺達は街に入り、位置情報を頼りに街中を進む。すると辿り着いたのは冒険者ギルドだった。
中に入り対象者を探す。すると依頼の掲示されている壁の前に居た。近付くと、隣にもう一人居るのが見えた。その姿には見覚えがあった。
「…澪か?」
「ん?おお、侑人じゃないか。久しいな。どうしたんだ、こんな所で」
「ああ、例の転移者への手助けの件なんだが…」
俺はそう答え、隣の女性を見る。
茶髪をサイドに結った20歳過ぎの美人だ。だが疲労か飢えか、顔に生気が無かった。
「成程な。彼女には私も手を差し伸べてしまった位だ、助けに来るのも当然か」
そう言うと彼女の肩を掴み、言葉を続けた。
「彼女は周藤 久子。仕事をクビになって冒険者になったそうだが、全然稼げずに日々弱っていってな。思わず助け船を出したんだ」
「…どうも」
という事は飢えで弱っているようだ。返事も元気が無い。
「先ずは食事に連れて行こうと思っていた所だ、一緒にどうだ?」
「そうしよう。こっちも紹介する者が居るしな」
俺達は早速、食事処に向かう事にした。
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