第147話
ここ最近、八重樫さんに常に見られている。
アルトによると「ユートへの印象を見直す為」と言われたので意識しないようにしているが、逆に不自然になっていないだろうか。
移住者の受入と兵の増員は順調に進み、見るからに村が大きくなって来ているのが判る。
なおその過程で、サイードは無事全快した。今では皆と同様に訓練や巡回に参加している。
そんな平和な日常に割り込むように、彼がやって来たのは昼過ぎだった。
昼食後に来客を告げられ屋敷の入口に向かうと、其処には幻竜王が立っていた。バランタインさんにやられた傷は完治したのだろうか。
「…改めて水竜王の力を見極めに来た。再戦をお願いしたい」
相変わらず態度は不遜だが、言葉遣いは弁えているようだ。
「殺さない事、それに戦いが終わったら白竜王様の所に行く事。それが条件だ」
「承知した。その条件を受け入れよう」
彼はあっさりと俺の出した条件を呑んだ。少々予想外だったが、それなら良い。
俺はファルナを呼び、一緒に訓練場に向かった。
訓練の時間なのでアルト達や兵の皆が見守る中、幻竜王とファルナが向かい合う。
俺は竜人体に成り、審判としてその場に立っていた。そして2人に告げる。
「お互い止めは刺さない事、負けを認める時は『まいった』と言う事」
その言葉に2人は頷く。
「では…始め!」
俺の合図でお互いが構える。ファルナは直ぐさま距離を取り、魔法を唱える。
「氷結晶鱗鎧神界(プリズム・スケイルメイル)!」
氷の欠片が花弁のように舞い、ファルナの身体を覆い尽くす。神代級の防護魔法だ。
その直後、背後から現れた幻竜王の右手のナイフは、防護魔法に防がれ甲高い音を立てる。
「…ちっ」
幻竜王が舌打ちする。同じ手で倒せなかった事を悔しがっているようだ。
今日までの間に、俺とファルナは神代級魔法の習得に傾注していた。竜族の魔力量なら習得出来れば発動可能だと考えたからだ。
それにこれでレベル差があっても、その実力を認めさせる事が出来る可能性があった。
予定通り、先ずは先制攻撃を防ぐ事が出来た。これで彼は決め手に欠ける筈だ。
そしてファルナは間隙を置かず、次の魔法を放つ。
「完全氷結風神界(アブソリュート・フリーズ)!」
幻竜王の周囲の温度が急激に低下し、絶対零度に至る。距離の離れた俺も芯から冷える、強力な魔法だ。
体表が即座に凍り付き、突起部から凍傷で壊死して行く。
「ぐっ…、次元移動陣(ディメンション・ムーブ)」
彼は時空魔法でファルナの魔法の範囲外に逃れる。だが既に凍傷を負っているらしく、その場から動けないでいた。
俺は彼に近付き、告げた。
「負けを認めれば直ぐに治療する。認めないなら続行だ」
彼は悔しさに顔を歪ませるが、既にナイフも持てず朽ちた指を見て溜息をついた。
「…まいった。俺の負けだ」
その一言に、観戦者から歓声が挙がる。
俺は萌美を呼び、直ぐに彼を治療させた。…手遅れな箇所も無く治療出来、一安心だ。
後は彼が大人しく引いてくれれば万事解決なのだが。
「…知らぬ魔法を使っていたな。あれは?」
「神代級魔法じゃ。この日の為に覚えたぞ」
「ふむ…それが敗因か。その実力、認めよう。白竜王様に進言させて頂く」
どうやら素直に結果を受け入れてくれたようだ。これで白竜王が問題解決と判断すれば、無事に終わった事になる。
彼は直ぐに竜の姿に成り、ミルス山に向け飛び立った。
少なくとも律儀な性格のようだから、結果を伝えに此処を再度訪れるだろう。それまではファルナを預かっておく事にする。
なおサイードとは目を会わせなかったが、気付いていただろうか。
しかし、やはりファルナは魔法適正が物凄く高い。俺は未だ神代級魔法を扱えないので、先を越された事になる。
正直言って大分侮っていたが、長所を伸ばせば優秀なのかも知れない。それは幻竜王との闘いの結果が物語っていた。
俺は改めて皆を呼び、訓練を開始する。
先程の戦いの余韻が残っているのか、ファルナが今日は人気だ。本人も喜んで魔法を見せつけている。
俺はいつも通り魔物を召喚し、兵達に相手取らせる。時空魔法での阻害も平行して行なう。
今日は新兵のレベル上げがメインだ。先ずは訓練に付いて来れるようになって貰わないと。
もう皆慣れたもので、順調に魔物を弱らせて止めを刺させて行く。俺は魔物供給に専念だ。
此処でレベルが上がれば魔王城への遠征も問題無くこなせるようになり、実戦経験を積めるだろう。
なお第1・第2の小隊長はトールとリューイに基本的に選定を任せたが、魔法小隊長は楓と祥にしておいた。そして中隊長が萌美、アンバーさんは顧問になる。
これで俺が居なくてもレベル上げの効率は落ちるが、訓練と遠征、それに農地拡充等は問題無く進められるだろう。
合間を見て、シュタイン子爵の村に再度出向く必要がある。目的は他の竜族の遺体の発掘だ。また地属性魔法が必要になるので、シアンに頼んでギルドに応援を依頼しておいた。
屍竜の再出現を防ぐ意味もあるが、竜玉の回収が主な目的だ。ある程度集まったら、地竜王に相談してみよう。
八重樫さんの目線が少々気になったが、俺は訓練を継続した。
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