第146話
アルト様に呼ばれた日の翌日から、私は侑人さんを観察する事にしました。
奥様達が言うような人物なのか、実際に自分の目で見て確かめる為です。
午前、執務室に紅茶を運んだ私は様子を伺いました。皆で村の現状と将来について、真剣に話し合っている様子です。
ファルナちゃんはソファーに寝転がって暇そうにしていますが。
話を聞いていて感じるのは、先ず村人の安全を第一に考えているという事。部下や仲間についても同様でした。
暫くすると、話は兵の補充に移ります。
この国では奴隷は当たり前のものらしく、今居る兵も皆奴隷だそうです。私は奴隷と聞くだけで悪いものだと感じてしまいますが…。
どうやら隣国との戦争を想定し、兵に訓練を施しているようです。戦争なんて私には遠い話でしたが、既に侑人さんは2度戦争を経験しているそうです。何か遠い世界の人に感じてしまいます。
午後、訓練を見学させて貰いました。
奴隷の筈の兵の皆さんは、皆笑顔です。やはり言葉から感じるイメージとは扱いが違うようでした。
そして訓練が始まります。侑人さんが沢山の魔物を呼び出します。
私は魔力を展開し、身体強化を行ないます。これで動体視力も強化されるので、目で追えると思います。
この世界にはレベルが存在すると聞きました。私は魔物を倒した事も無いので、恐らくレベル1なのでしょう。
身体強化のお陰で何をしているのかは判りますが、私が同じように動く事は出来なそうです。今此処に居る兵の誰にも私は勝てないでしょう。
侑人さんは次は不定形の色違いの物体を、数体召喚しました。そしてファルナちゃんに襲い掛かります。
詳しい事は判りませんが、渦巻く魔力量が兵の皆さんとは桁違いです。その戦いも派手な魔法が飛び交い、言葉を失いました。
すると何故か侑人さんに呼ばれました。
「恐らくレベル1だろうから、安全の為にレベルを上げて貰います。これは文官にもやって貰ってる事なので、承知して下さい」
そう言うと侑人さんは、新たに魔物を呼び出しました。とても大きい、赤い毛並みの熊でした。
その直後、熊の両手両足が斬り落とされました。侑人さんがやったのでしょうが、全く目で追えませんでした。
そのまま曲がった剣…刀でしょうか?を手渡されました。
「両手でしっかり握って、目の辺りを真っ直ぐ突いて下さい」
突然の出来事に思考停止した私は、言われるがままに刀を構えます。
そして身体強化を全開にし、一気に突進しました。どすっ、と嫌な感触が両手に響きます。
突如、体中がぴりぴりし始めました。これでレベルが上がったのでしょうか。
するとアンバーさんが私の額に手を当てました。
「…レベル23。順調」
どうやら本当にレベルが上がったようです。確かに身体の中の魔力量が増えています。
魔物を倒すのは慣れませんが、まるでゲームのような世界です。
その後も色々な魔物が現れ、同じように倒しました。その度に魔力量が増え、身体強化の限界も増して行きます。皆さんの動きが見え易くなりました。
そして一休みするように言われ、私は侑人さんとアルト様との模擬戦を見学します。
一進一退の攻防…では無く、侑人さんが手加減しつつあしらっています。見る限り、アルト様には私では限界まで身体強化をしても勝てません。そのアルト様よりも圧倒的に侑人さんは強いのでしょう。
強さが必要だと言うこの世界。私はどう生きていくのか、考えは纏まりません。
ふと目を向けると、ファルナちゃんが吹き飛んでいました。
そして訓練後の執務…と言うよりは歓談でしょうか。侑人さんとアルト様との雑談が続きます。
侑人さんは私には敬語ですが、アルト様は奥様なだけあって砕けた口調です。更に言うなら、ファルナちゃんは雑な扱いです。
少なくとも今日一日で、冷酷非道などと言う評価は払拭されました。
今なら判ります。誰かを守る為には、非情に成らざるを得ない世界なのだと。いざという時、情を掛ければ危険に晒されるのだと。
ですが。
この世界に来て1年足らずで上位貴族に成るのも驚きですが、それよりも奥様が4人居る事の方が驚きです。しかも全員年下です。
同じ転移者である祥君は「其処が兄貴の凄い所っすよ!」なんて言っていましたが、評価する所なのでしょうか。異性では見え方が違うのでしょうか。
楓ちゃんは中学生です。犯罪です。…この世界では違う、と言うのは判るのですが。
でもハーレムと言うよりは大奥に感じるのは、アルト様が仕切っているからでしょうか。
…どうやら雑談から夫婦の会話に移ったようなので、私はファルナちゃんに話し掛けます。
「…いつもあんな感じなの?」
「そうじゃよ。まあ仲睦まじいのは良い事じゃ。儂の存在を無視しておるのは許せぬがな」
「ファルナちゃんは、何でそんな口調なの?」
「年相応の威厳という奴じゃな。…なんじゃお主、儂が年下じゃと思うとるのか?お主の数倍は生きておるぞ」
「竜族って年齢が判り難いのね。サイード君も年上なのかしら」
「あの幻竜か。見た感じ、儂よりも年上じゃぞ」
だそうです。君付けは止めた方が良いのでしょうか。…本人が嫌がったら止めましょう。
「ところで、お主もユートの妻になるのか?」
「…その予定は無いけど?」
「強い男に嫁いでおいた方が良いぞ。最後に頼れるのは自分と家族じゃからな。儂も貰ってくれんかのう」
「え、竜族と人って結婚出来るの?」
「普通は無いがな。ユートなら竜玉を取り込んでおるからの、子を成せる可能性はあるぞ。嫁いでしまえば、一族の面倒事は後任が頑張るじゃろうて」
見た目的にアウトに感じてしまいますが、それは言わない方が良いのでしょうか。
でも確かに、強くて貴族でお金もあって。優良物件なのは間違い無いでしょう。
後は一夫多妻を受け入れられるか、でしょうか。
「妻の多さは甲斐性じゃて。大目に見るが良いぞ」
見た目小学生の女の子がこういう発言をすると、違和感が凄まじいです。
そんなこんなで、その後も私は侑人さんを観察し続けました。
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