第145話
村に戻る道中で、俺は八重樫さんに今後について相談をしてみた。
と言うのも、先程の戦闘に対する忌避感からも判る通り、このまま普段通りの一般兵という提案を受け入れない可能性があったからだ。
案の定、一般兵を提示した結果は芳しく無かった。だがこのまま放り出すのも気が引けるので、頭を捻ってみた。
その結果、文官と村人、それに屋敷の管理の仕事を提案する事にした。
こちらは幾分か受け入れ易かったらしく、暫く思案した後に屋敷の管理を選んだ。
そうなると専門はエストさんなので、戻ったら相談してみよう。
なお幻竜の彼は村に戻ったら治癒の後暫く療養、その後はファルナと同様に客分扱いとなった。
王都へ戻るためケビンさんをデルムの街で降ろし、無事村に戻る事が出来た。
するとファルナが外まで迎えに来た。任務の都合上今回は村に残して行ったが、幻竜王に襲撃される事無く無事だった事が確認出来た。
「ご苦労だったのじゃ。…おや?竜族が居るの。その髪色は幻竜か」
「ああ。言わばお前と同じ被害者だ。仲良くしてやってくれ」
「あ奴は同族にもおかしな行動を取っておるのか…。まあ良い、儂は水竜王のファルナじゃ。宜しく頼むぞ」
「…幻竜のサイードだ。宜しく」
彼はぎこちなくファルナの手を握る。
俺は早速屋敷に入り、萌美に治療をお願いした。そしてエストさんには部屋の準備と八重樫さんの受入についてお願いしておいた。
これで先ずは一段落だ。色々と各々に思う所はあるだろうが、まずは今の状態で様子を見ることにしよう。
そして少し後、八重樫さんが屋敷のメイドとして皆に紹介された。サイードは全快してから改めて紹介しよう。
さて通常の執務に戻ったが、移住者の受入と村の拡張は順調のようだ。
なのでシアンには後回しになっていた兵の補充を依頼する。爵位に応じた兵数以上を確保する為だ。
今回は中途半端にならないよう、大幅に兵の補充を行なう。第1・第2・魔法小隊はそれぞれ倍の配員とし、現在の小隊長3人は中隊長に昇格する。
そして中隊内に小隊を2つ持つようにし、それぞれに小隊長を据える。以前に将来を見据え相談済みの内容だ。
新たな小隊長は騎士団のような個の実力至上主義では無く、指揮統率力も加味して選定する。
既に魔王城への遠征時に指揮を持ち回りでやらせているので、ある程度は選定も進んでいるだろう。
暫くして移住者受入も進み、住民が500人を超えた頃。
夜、私達は彼女を部屋に呼んだ。未だお風呂前だったらしく、メイド服のままだ。
トウカ=ヤエガシ。新たに仲間となった彼女に、話を聞きたかった。
私は向かいのソファを勧める。座った彼女は少し緊張しているように見えた。
私の両側には姉様とモエミ、そして彼女の横にはカエデが座っている。
「…それで、私は何で呼ばれたのでしょうか?」
「簡潔に聞くわ。貴女はユートの妻になる気はある?」
実はこれは本題では無い。だが話の取っ掛かりとして、敢えて言わせて貰った。
案の定、彼女の表情が少し翳る。
「…それはメイドとしてのお役目、ですか?」
「いいえ違うわ。結婚はお互いの想いの結実であるべき。それは少なくともこの家では絶対よ」
「なら…助けて貰った事には感謝していますが、それは遠慮させて頂きます」
「じゃあ教えて。ユートに対し何を思っているの?何を警戒しているの?」
私の言葉に、彼女の目が見開かれる。隠していたつもりだったのだろうか。
「貴女のユートを見る目は、恐らく猜疑と警戒。他にそんな目を向ける人は居ないわ」
「…私が助けられた時の状況を、知っていますか?」
彼女はぽつりと呟く。此処からが本題だ。
「ええ。ならず者の冒険者を全員殺害。貴女達は無事助け出された」
私が敢えてそう答えると、彼女は表情を強張らせた。
「…今でも夢に見ます。大量に倒れた死体、切断された首…。其処までする必要が本当にあったのか、と…」
ユートの言っていた通りだ。彼女はその時の事を未だ引き摺っている。そしてそれが彼女の目を曇らせている。
「まずはっきり言うわ。貴女の元居た世界と此処は違う。人は人に殺され、魔物に殺され、他国に殺される。そんな世界よ。先ずは其処を理解して」
そして私は一拍置き、続けた。
「ユートは、自分や仲間の危機にのみその剣を振るって来た。私利私欲で人を殺した事は一度も無いわ」
彼女は俯いているが、ちゃんと聞いてくれているようだ。
「貴女の常識では惨状だったのでしょう。ユートが冷酷非道な人間に見えるのかも知れない。でもそれは違うという事を、私達は…ユートの妻として、貴女に伝えたい」
さて、これで私の伝えたい事は言い終えた。後は3人に任せよう。
予想通り、3人はユートがどれだけ素晴らしいのかを熱心に語り始めた。
勿論その言葉が彼女に響くかは判らないが、物事の基本は先ずは知る事からだ。
知った上でどう考えるかは、彼女次第。無理に気持ちや態度を変えろ、とは言わない。
ただ知った事で見る目が少しでも変われば、徐々に色々と変わって来るだろう、そう思っている。
私は冷めないうちに紅茶を手に取り、口に含む。
その横では姉様が熱弁していた。
「ユートは…激しくて、とても上手」
私は勢い良く紅茶を吹き出した。
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