第144話
冒険者達は俺を中心に包囲を狭め、表情まで判る所まで距離を詰めて来た。
俺は半ば諦めの気持ちで声を掛ける。
「これ以上近付けば、俺達に敵対する者と認識し対応する。死にたくなければ退いてくれないか」
すると1人の男が前に出た。この集団のリーダーだろうか。
「無茶言うな。竜の討伐ってえ栄誉の為に、これだけの頭数を揃えたんだ。今更退けねえよ。寧ろお前こそ、死にたくなけりゃ退いた方が良いぞ。この人数差だ」
やはり退いてはくれないか。わざわざ人を集めてまで来るぐらいだから予想通りだが。
俺はカタナを抜き、更に前に出る。
「言質は得た。死んでも恨むなよ」
「こっちの台詞だ。…良し、掛かれ!」
その声に各々が武器を構え接近し、又はその場に留まり魔法を唱え始める。
俺は両手を翳し、魔法を放った。
「轟風竜巻陣(テンペスト・ストーム)!」
なるべく多くの人間を巻き込める位置、2箇所に魔法は着弾し、竜巻が起こる。
それを抜けて接近して来たのは10名程。俺はその場でカタナを構える。
正直言って、こいつ等に手加減をするつもりは無い。向かって来るなら徹底して叩く。
「範囲遅速鎖(エリア・スロウチェイン)!」
接近して来た者達の動きが大幅に鈍る。レベル差が大きいからか、動きが完全にスローモーションだ。
俺は距離の近い者から順に、1人ずつ斬り伏せて行く。首を落とし、胴を薙ぐ。
遅れて接近して来た者は、その惨状に恐慌し退こうとする。だがもう遅い。此処で禍根を残すつもりは無い。
接近して来た最後の1人を斬り、魔法を逃れた後衛に目を向ける。
こちらも残り10名程で、同時に魔法と矢が放たれる。
「轟雷防護風旋(ヴォルテック・ガード)!」
俺の放った防護魔法により、魔法も矢も防がれる。その光景に再度矢を番える者も居れば、後退る者も居る。
「時流加速(クロノス・アクセル)!」
後衛は俺を囲うように散らばっているので、自らの速度を上げる。そして先ずは、戦う意思のある者に向かう。
構えた矢が放たれる前に、その弓ごと身体を両断する。
其処から囲いの外周に沿うように、次々とカタナで斬り伏せて行く。
そして最後に残ったのは、あのリーダーらしき男だった。
俺はゆっくりと男に近付いて行く。その表情は絶望に染まっていた。
「な…何だ貴様は!?30人だぞ!高い金を積んで、折角集めたんだぞ!」
「相手を知らずに挑んだお前が悪い、とは言わない。俺も自分の都合でお前達を殺した。そしてお前を逃すつもりも無い。残念だったな」
男は何か反論しようとしたが、その言葉が発せられる前に首と胴が離れた。
俺は振り抜いたカタナを納め、惨状を眺める。
戦争でも無いのにこれだけの人間を殺めたのは初めてだが、自分にとって優先すべき事を選んだ結果だ。躊躇うべきでないのは、過去の出来事で重々承知している。
俺は後ろを向き、ケビンさんの所に向かう。
「お疲れ様でした。私は念のため、息のある者が居ないか調べて来ます」
「お願いします」
俺は一言そう答え、洞穴の中に入る。そして2人に声を掛けた。
「冒険者達は片付きました。もう大丈夫です」
幻竜の彼は安心した表情を浮かべているが、八重樫さんは顔が強張っていた。
「皆を殺す必要が、あったのですか?」
この世界で初めて、人の死を間近に見たのだろう。そう思うのも仕方無い。
「…その必要は無かったかも知れません。でも手加減して、結果として守るべき人を守れなかったら意味がありません。同じ後悔をするのは嫌ですから」
俺はアルトが暗殺者に襲撃された時を思い出していた。
彼女は一呼吸置くと、口を開いた。
「…すいません、助けて貰ったのに」
「いえ、当然の感情ですから。こんな事に慣れる必要はありませんよ」
すると後ろから足音がした。ケビンさんが戻って来たようだ。
「生存者、並びに逃亡者は存在しません。冒険者証を確認した結果、C級とD級の混成パーティでした。冒険者証は全て回収しましたので、私の方でギルドに報告させて頂きます」
「お手数お掛けします。私が当事者ですので、何か問題がありましたらご連絡下さい」
「問題ありません。侯爵に手を出したのですから、罪は向こうにあります」
貴族である事を名乗っていなくても、そういう扱いになるらしい。
「では行きましょうか。何か持って行く物はありますか?」
「…いえ何も。彼も私も、私物は何もありません」
そして一緒に洞穴を出る。其処で改めて惨状を見て、彼女は息を呑んだ。
「…遺体はこのままで大丈夫ですか?」
「別途ギルドから、遺品回収の依頼が冒険者に出されます」
なら放置で問題無いようだ。そのまま森を進んで行く。
後ろ目に見ると、八重樫さんの表情が優れない。やはり日本での価値観のままでは、衝撃的な出来事だったのだろう。仕方無いのだが、俺に対する不信感もあるだろう。
俺は随分と、身近に魔物が居て戦争も起こる、この世界に慣れてしまったようだ。
そんな気持ちを抱えながら、薄暗い森を歩き続けた。
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