第143話

「紬原、さん…?」

 その表情は驚きに満ちていた。まるで信じられない物を見るような目。

 その表情は徐々に崩れ、泣き顔に変わった。そして俺の胸に飛び込んで来た。

 俺は彼女が落ち着くまで、背中をぽんぽんと叩き続けた。


 暫くして彼女は落ち着き、今は赤面になっていた。

「お恥ずかしい所を、お見せしました…」

「いや、気にしてませんから。…これで落ち着いて話が出来そうですか?」

「はい。大丈夫です」

「仲間が居るので、ちょっと呼んで来ます」

 俺はそう伝え外に出て、ケビンさんを呼ぶ。そして再度洞穴に入った。

「こちらケビンさん。同じ転移者ですが、覚えていますか?」

「あ、はい。外国の方で目立っていましたから」

「ケビン・ハミルトンです。今は王家隠密として活動しております」

 挨拶も済んだ所で、本題に入る事にした。

「それで…森に籠っていた理由と、侵入者を警戒していた理由ですが、教えて頂けますか?」

「判りました。それでは奥に来て下さい」

 そう言われ洞穴の奥へと案内される。すると奥は広くなっており、松明の明かりが周囲を照らしていた。

 そして中央には、1体の竜が横になっていた。各所に大きな傷があり、床には血の跡もあった。身体は灰色なので、幻竜のようだ。

 八重樫さんは、其処で事情を話し始めた。

「私はこの森に転移して来ました。水と食料をお願いしていたので、当面は生き抜く事が出来ました。でもこの森が何処で、どちらに行けば安全なのかは全く判らず…暫くは森の中を彷徨っていました」

 やはり転移場所による有利・不利が大きい。場所だけで言えば俺も充分ハードだったのだが。

「そしてこの洞穴を見付け、中で彼…こちらの竜と出会いました。会話が出来ましたし、弱っていたので食料を分けました。そして元気になるまではと一緒に生活し、代わりにこの森や世界について話を聞かせて頂きました。…でも」

 一瞬言葉を詰まらせたが、後を続ける。

「ある時、冒険者を名乗る方々が5人、この洞穴に入って来ました。目的は彼の討伐でした。私は必死に説得しましたが、聞き入れて貰えず突き飛ばされました。其処で彼は力を使い、冒険者達を何とか追い払いました。でもその時に傷を受けてしまい…」

 それが今のこの竜の傷跡という事か。彼女の持っていた剣も、その時にでも冒険者が落とした物なのだろう。

「彼は時間さえあれば自然に癒えると言っていたので、私はその間の水と食料の確保、それと此処に近付く人への警告を続けました」

「あの動きは、やっぱり恩寵で?」

「はい。やり方は彼に教わりました。少しの魔力で信じられない速さで動けるので、姿の見えない敵を演じました」

 『身体強化の極み』は、通常の身体強化よりも数倍強力なようだ。

「…以上が理由です。彼も多少は良くなりましたが、未だ動けません」

「…済まない、苦労を掛ける…」

 続いて聞こえた声は、若い男性のものだった。それはこの竜から発せられた。

 俺は竜に話し掛けた。

「応急処置をしたいのですが、竜人体に成れますか?今のままでは魔力を流す範囲が大きいので」

「…ちょっと待ってくれ」

 そう答えると淡い灰色の光を発し、其処には中学生位の男が現れていた。八重樫さんは竜人体を知らなかったらしく、驚いている。

 俺は早速手を翳し、魔力を思い切り流し込む。アルトの時のように魔力欠乏まで流すと気絶してしまうので、多少は魔力が残る程度に留めた。

「…凄い魔力だ。人族では無いのか…?」

「稀に人外とか言われますが、ちゃんと人族ですよ。ただ魔力量が多いだけです」

 見ると、明らかに外傷は塞がっていた。血が流れていたので快調とまでは行かないだろうが、何とか動ける程度には回復した筈だ。

 彼は手を何度が握ると、よろよろと立ち上がる。顔色は悪いが、幾分マシにはなったようだ。

「有難う…これで何とか動けそうだ」

「いえ。それで疑問なんですが、恐らく幻竜の一族の方ですよね。何故こんな所に?」

「…幻竜王に住処を追い出された。弱いという理由で。竜として誇れる強さになるまで戻るな、と」

 …此処でも幻竜王が絡んで来るのか。白竜王に忠実過ぎるのも困りものだ。

 ならばと俺は提案してみた。

「私の村に来ませんか?実は私も幻竜王とは因縁がありまして。色々と協力出来る筈です」

「…だが人族の中に竜族が住まうのは、軋轢を生むのではないか?」

「大丈夫です。今は水竜王も滞在していますし、竜族に対する理解がありますから」

「…不思議な村だな。ならば、その言葉に甘えさせて貰おう」

 彼に快諾して貰えたので一安心だ。これで八重樫さんもこの森を離れる事が出来るだろう。

 その時、ケビンさんから声が掛かった。

「未だ距離は多少離れていますが、この場所に向けて人間が集まって来ています。全員武装しており、人数は30。円状に展開し、徐々に距離を詰めて来ています」

「…武装から予測出来る事は?」

「傭兵、若しくは冒険者の出で立ちです。状況からして、話にあった件の冒険者による報復かと思われます」

 冒険者達は彼の討伐を諦めていない、という事か。随分と人数を増やして来たものだ。

 俺は立ち上がり、洞穴の出口に向かう。

「2人は此処で待っていて下さい。…ケビンさん、何人までなら相手取れますか?」

「レベル差からして、5人程度なら」

「ではケビンさんは入口を守って下さい。私が前に出ます」

 俺はそう言い、洞穴の外に出る。応急処置で魔力を大分使ったので、竜人体は控える事にした。


 徐々に冒険者の囲いは狭まり、視界にその姿を捉える所まで来た。

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