第142話
出発から予定通り丁度5日後、俺達は森の入口へと到着していた。
森は見るからに鬱蒼としており、未だ日は高いのに薄暗い。
ケビンさんを先頭に森に入って行く。獣道も無く迷いそうだが、どんどんと前に進んで行く。
ふと後ろを振り向くが、既に森の出口は見えなくなっていた。富士の樹海がこんな感じなのだろうか。
俺は前を進むケビンさんに話し掛ける。
「どんどん進んでいますが、何か目印があるのですか?」
「ええ。私の恩寵で感知出来る目印を、部下が等間隔に埋めております。それに最悪、距離を延ばせば気配は感知出来ますので」
成程。まあ最悪の場合でも、俺の千里眼があるから大丈夫だろう。
「目的地に近付いたら知らせますので、そうしたら静かにして下さい」
「判りました」
そう話している間にも、どんどんと森の中を迷い無く進んで行く。
俺は一応魔物の襲撃を警戒し、気配感知を最大にしている。今の所は範囲内には何も居ないようだ。
正直、この森の中では戦い方が限られる。負ける気は無いが戦闘は避けたい所だ。
暫く進むと、水の音が聞こえて来る。川か何かが近くにあるのだろうか。
すると少し進んだ所で、小さ目の川が見えた。
「この川を上流に進みます」
ケビンさんはそう言い、進む方向を変える。
「…人が森の中で長期間暮らすには、何が必要だと思いますか?」
ケビンさんから話を振られ、俺は考える。
「水と食料、それに住処ですか?」
「そうです。その性質上、住処は水場の近くにする事が多いです」
「それがこの川だと?」
「ええ。食料は川の魚や木の実、それに動植物でしょうか」
「つまり、この川の近くに住処があると?」
「部下の調査では住処までは特定出来てませんが、ある程度の行動範囲は把握済みです。なのでその近辺にあるだろう、と予測しております」
しかし、森の中で1人で安心して眠れる住処なんてあるのだろうか。都合良く洞穴などがあったとしても、部外者の侵入は防げないのだ。毎夜不安に駆られそうだが。
「…そろそろです。此処からは出来るだけ静かにお願いします」
ケビンさんが屈んだので、俺もそれに合わせる。今の所、何も気配は感知出来ていない。
するとケビンさんは恩寵を一瞬発動させ、場所を把握したようだ。川から少し外れた方向を向いた。
そしてその方向にゆっくりと進み始める。木々の隙間から見える先には、特徴的な物は何も見えない。
その直後。俺の気配感知に何かが引っ掛かった事に気付いた瞬間、ケビンさんが横に吹っ飛んだ。
そのまま眼前を通り過ぎる『何か』は、物凄い速度で俺の背後に回り込み、最接近して来る。
俺は直ぐに振り向き、両腕を交差させる。同時に訪れる衝撃。振り抜かれた木の棒が圧し折れるのが見えた。
俺がその姿を見る前にその場から消え、間もなく気配感知の範囲を外れる。
俺は直ぐにケビンさんの所に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「ええ、突き飛ばされただけですので。特にダメージはありません」
そう答え立ち上がる。
「…姿は見えましたか?」
「いえ、その前に消えてしまいました」
「そうですか。…予想以上に警戒されていますね。直ぐに下がった所を見ると、やはり警告のつもりのようです」
「これ以上近付くな、って事ですか」
千里眼を発動させ場所を探ると、この先数百メートルの所に留まっている。其処が住処だろうか。
俺はケビンさんに提案してみる。
「少しでも警戒を解くため、俺が竜人体に成って近付いてみます。男女平等なタイプでしたら意味ありませんが」
「判りました。では私は此処で待機しておきます。何かありましたら声で知らせて下さい」
「了解です。では行って来ます」
俺はそう答え、その場所に向かって進み始める。もうこちらの存在は知られているのだ、音を立てても問題無いだろう。
そして暫く進むと、岩場に洞穴が見えた。人の出入りが多いのか、下の雑草が踏み荒らされている。
俺は洞穴の入口脇に立ち、声を掛ける。
「私は敵ではありません。出て来て貰えませんか?」
声が反響し、奥まで響く。見た感じより深いのだろうか。
暫くすると、観念したのか足音が響いて来た。外に出て来るようだ。
そして出て来たのは女性。服は各所がボロボロに破け、見える肌には傷や汚れが目立つ。そして警戒する目付き。
浮かべる表情は全く違うが、俺にはその顔に見覚えがあった。
「…八重樫さん」
思わず口からその名前が出る。すると彼女はその表情を一層険しくした。
「何故その名前を…?貴女は何者ですか?」
今気付いたが、後ろに隠す右手には剣が握られていた。答えによっては襲い掛かるつもりだろうか。
俺は迷わず竜人体を解き、声を掛けた。
「覚えていますか?俺は紬原 侑人。お久しぶりです」
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