第141話

 数日を王都でのんびり過ごした俺達は、無事村へと戻って来た。

 村は移住者の受入準備で、家の建築と畑の拡張が急ピッチで進められていた。

 俺は褒章の件を皆に伝え、併せて受入準備への協力を指示した。最低限の巡回等を除き、普段の訓練や魔王城への遠征も控える事にしたのだ。

 これで予定より増えた移住者への対応も、何とかなる筈だ。

 俺も暫くは畑の拡張に協力する事にした。竜人体に成れば地属性魔法が使えるので、役に立つだろう。

 そして村から出した馬車に乗り、徐々に移住者が村に到着し始めた。なおシュタイン子爵の村からの避難民は既に受入済みだ。

 こうして徐々に村が拡張されて行く中、俺は合間に例の魔導書について試行錯誤していた。

 最上級魔法はどんなに複雑であっても、魔方陣自体は1つで済んでいた。だが神代級魔法は、複数の魔方陣を重ねて発動させるのだ。

 まず魔方陣を複数描く事に慣れず、更に魔力をそれぞれに均等に流す事が難しい。どうしても手元の魔方陣に多く魔力を流してしまう。

 これは暫く訓練が必要なようだ。なお魔法の恩寵持ちの3人は、それぞれ直ぐに神代級魔法を習得したが、魔力不足により発動出来なかった。

 そんな中で、ケビンさんが調査結果の報告の為に村を訪れた。

 俺は早速応接室に案内し、話を聞く事にする。

「まず調査の結果、私達と違う時期での転移者については全員が普通の暮らしをしており、助けが必要な状況ではありませんでした。また既に全員高齢ですので、戦力としてはあまり期待出来ないと判断しました」

 そして調査書を1枚めくり、ケビンさんは言葉を続けた。

「では、残り3名の転移者についての報告です。まず1人目…若い男性ですが、恩寵を用い商業ギルド内での地位を確立していました。何らかの助けは不要と見られます」

 若い男性と言うと、願いで若返っていた2人目の転移者だろう。平和に生活しているなら何よりだ。

 なのでもし接触するなら、こちらがその恩寵に頼らせて貰うような時だろう。

「2人目と3人目は、どちらも若い女性です。まず2人目ですが、他国の貴族の私兵として働いていました。奴隷身分かどうかは不明です。しかし訓練に付いて行けず、立場が危うい状況です。助けが必要かは微妙な所です」

 …確かに本人は困っているのだろうが、遠方まで助けに行く程かと言うと悩み所だ。ただクビになって路頭に迷う事にもなりそうなので、助ける方向で考えるべきか。

「最後に3人目ですが、調査中に戦闘となり部下が負傷しました」

「え?どういう状況ですか?」

「3人目は森の奥深くに住んでいるようです。部下が接近を試みた所、気配を察知され襲撃を受けました。軽傷ですが攻撃を受けたため、一先ず撤退しました」

「誰かと敵対してて、その相手と間違えられたとかでしょうか?」

「その可能性もあるでしょうが、正直情報が足りません。こちらは事実確認の為にも、助けるべきかと思われます」

「そうですか…。其処は遠いですか?」

「此処からなら、馬車で片道5日程でしょうか。…直ぐに対処されるのですか?」

 そう問われ、俺の頭には妻達の顔が浮かぶ。また不在にするのか、と言われそうだ。

「…取り敢えず、相談してみよう」

 俺はそう答えるしか無かった。


 執務室に向かい、アルト達にケビンさんから同じ話をして貰う。

 そして3人目について、恐らくは助けが必要な状況である事を付け加えた。

 するとアルト達はあっさりと助けに行く事を了解した。これには俺も拍子抜けだった。

 アルト曰く「そうやって助けられた人が仲間にも居るのだから、それを止めはしないわ」との事だった。

 俺はケビンさんから詳しい場所を聞く。其処は王国内の東の外れだった。

 今回はケビンさんも同行するとの事なので、2人で向かう事にした。

 翌日、馬車が村を出発する。真っ直ぐデルムの街に向かい、そのまま東へ突き進む形になる。

 道中で俺は、襲撃された時の状況を詳しく聞いてみた。

「突如視界から対象者が消え、気付いた時には打撃を受けていたそうです。武器は使われておりませんでした」

「肉弾戦?って事は、警告の意味合いが強いですかね」

「若しくは武器を所持しておらず止むを得ず、という可能性もあります。しかし殺すつもりが無かったのは確かなようですね、攻撃を受けたのは腕ですし」

「そうですか。対話できれば良いんですが」

 流石に攻撃して黙らせるのは気が引ける。相手が女性なら余計だ。

 しかし視界から消えたのが身体能力に拠る物の場合、相手が八重樫さんの可能性が高くなる。八重樫さんの恩寵は『身体強化の極み』だったので、それならば符合する。

 結局は行ってみないと判らないのだが、やはり色々と考えてしまう。

 なので気を紛らわせるため、俺は神代級魔法の魔導書を読み始める。

 そして記載の通りに魔方陣を描き、魔力を均等に込める練習を続ける。魔法名さえ唱えなければ発動しないので、馬車内でも練習は出来る。

 魔方陣を描くのは、何度も繰り返し練習すれば身に付くだろう。問題は魔力を均等に込める事だ。今まで魔法を唱える際に、魔力量の調整なんてして来なかったのだから当然だが。

 それに発動に必要な魔力量が多いので、慎重に魔力を込めていたら発動までに時間が掛かり過ぎる。これでは使い物にならない。

 なので勢い良く、且つ均等に魔力を込めるという芸当が必要なのだ。

 などと悪戦苦闘していると、ケビンさんが話し掛けて来た。

「もしもの話ですが、対話が決裂したらどうなさいますか?」

「…本人の意思を無視して無理矢理連れて行くのは、本意じゃないんですよね。だからその時は、仕方無く放置でしょうか」

 心苦しいが、そういう判断も止むを得ないだろう。

「そうですか。其処はユート様の交渉力に期待しましょう」

「いや、期待されるような所じゃないんですが」

「いえいえ、教主との停戦交渉は王国内でも高く評価されています。それにグランダルでの裁判でも、その手腕を発揮されておりますよね」

 …あれを評価されているのか。実質、只の威圧交渉だったのだが。

 でも期待されているのなら、頑張るしか無いだろう。交渉以前の問題なら困るが。

 何よりも森に籠っている理由が不明だ。其処が肝なのだろうが。


 そんな事を考えながら、馬車はデルムの街に向かって走り続けた。

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