第140話
謁見の間を退出した俺は、一息ついた。
幾度も国王と謁見しているが、やはり場の空気もあってか緊張してしまうのだ。
一先ずあっさりと昇爵され、晴れて侯爵となった訳だが。変わったのは動員兵数と給金くらいか。
後は事前にアルトに言われていたが、侯爵以上は王都に屋敷を持つ事になっているそうだ。恐らくは今この時、お茶会の中でついでに話を進めているだろう。
さて、思った以上に早く謁見が終わったため、アルト達との合流までに随分と時間が空く事になった。
堅苦しい服装は疲れるので、先ずはクリミル伯爵の屋敷に向かった。
其処で普段の服装に着替えた俺は、王都を散策する事にした。思い起こしてみれば、デルムの街ほどには自由に歩き回っていなかったのだ。
折角なので馬車でも通る大通りでは無く、もっと裏道の方を歩いてみる。そして小さな店舗と住宅が立ち並ぶ区域にやって来た。
その中の1つ、魔導具店にふらりと入ってみる。
店の外装はあっさりとしていたが、中は物で全ての壁が埋まっていた。店自体が小さいのを抜きにしても、凄まじい量だ。
店の奥には、店主と思われるお婆さんが居た。黒いローブを着た、如何にもな恰好だ。
そしてお婆さんは俺を見ると、目を見開いた。
「…まるで化け物だね。何用か?」
初対面で酷い言われようだ。
「えっと、どの辺が化け物なんでしょうか?」
「その魔力量だよ。お忍びの竜王様か何かかい?」
「いえ、普通?の人族のつもりなんですが…」
自分でも普通なのか?と疑問を感じてしまったが、取り敢えず答えておく。
「まあ害が無ければ何でも良いさ。それで何の用だい?」
お婆さんは全く動じていないようだ。年の功か。
「気まぐれにふらっと寄らせて貰っただけなんですが」
「そうかい。そういうのは大事だよ。女神様のお導きかも知れないからね」
お婆さんはそう言うと、俺に向けて手招きをして来る。
俺が近付くと、カウンターの下から何かを取り出した。それは本だった。
「…魔導書ですか?」
「ああ。その魔力量が持ち腐れじゃないなら、魔法は使うんだろ?これは取って置きさ」
俺は勧められるままに手に持ち、ページを開いてみる。其処には見た事も無い複雑な魔方陣が記されていた。
「…何ですか、これ?どの最上級魔法とも比べ物にならない複雑さですよ」
「これは所謂、神代級魔法の魔導書さ。実証は出来ていないがね」
「実証出来ていないって、これ偽物かも知れないんですか?」
「そう言う奴も居るがね、私は魔力量の不足による物だと思ってる。何せS級冒険者でも唱える事が出来なかったからね」
成程、確かに俺なら魔力量は足りるかも知れないが。
「これ売り物なんですか?物凄く希少なんじゃ?」
「写本は済んでるからね、売れる時に売らないと逆に損さ。どうだい?今なら大特価で金貨100枚だよ」
ざっくり日本円換算で5千万円か。偽物だったら洒落にならない額だが、本物だったら大発見だ。
どうせ使い道が中々無くて貯め込んでるのだから、折角だし買ってみよう。それに女神様の導きという話も、恩寵を考えればあながち無意味とも思えなかった。
俺はカウンターの上に手持ちの金貨から100枚を取り出し、置いた。
「…即金とは気前が良いね。良い所のお貴族様かい?」
「大したものじゃないですが、一応は爵位持ちです」
「良し、じゃあ割り引いて金貨50枚で良いよ。その代わり、私のお願いを聞いてくれないかい?」
「内容によりますが、何ですか?」
「簡単な話さ。もし神代級魔法が使えたら、私に一度見せに来てくれ。死ぬまでには見たいと思っていたのさ」
割引額と手間を考えれば、かなりお得だ。俺は了承した。
「まいどあり。じゃあ忘れないように名乗っておくかね。私はスーラス、この魔導具店の店主さ」
「ユート=ツムギハラ、一応侯爵です」
「おや、あんたがあの英雄様かい。ならその魔力量も納得さ」
お婆さん…スーラスさんはしきりに頷くと金貨を50枚取り、残りを押し戻して来た。
俺は残りの金貨と魔導書を受け取り、店を出た。
さて、場所を忘れないように道順を覚えておこう。俺は大通りに向けて歩き出した。
時間になったので馬車を出してアルト達と合流する。顔を見る限り、ファルナ以外は満喫出来たようだ。
なお楓曰く「まるで国の暗部で暗躍する人達のような会話だった」との事なので、ニーアさんは何時も通りだったのだろう。
全員お茶会との事でドレス姿のため、真っ直ぐクリミル伯爵の屋敷に戻る。
その道中で、一応無事謁見が済んだ事、そして神代級魔法の魔導書・本物かどうか不明…を手に入れた事を伝えた。
アルトは昇爵を素直に喜び、残りは皆魔導書に興味を持ったようだ。
魔力量さえ足りれば、恐らく俺よりも萌美や楓、それに祥の方が恩寵により扱えそうだ。一緒に実証して行くのが良いだろう。
屋敷に戻り、クリミル伯爵にも報告をしておく。これで義父よりも上位になってしまったのだが、全く実感が湧かない。
なお俺としては、今回の旅は新婚旅行を兼ねているつもりだ。この世界にはそういう風習は無いそうだが。
なのであと数日は王都でのんびりする予定だ。村に戻ればどうしても業務に追われてしまうので、丁度良いだろう。
そうして、今日1日は過ぎて行った。
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