第138話

 俺はカタナに炎を纏わせながら、敵に相対する。

 前情報で動きが素早い事を得ているので、それを上回る速さで切迫する必要がある。

 身体強化の魔力を全開にし、俺は一気に間合いを詰めた。

 すると予想外に距離が迫り、カタナを振るうタイミングを逸してしまう。止む無く頭部を蹴り、横に退避する。

 明らかにイメージよりも自分の動きが早く、そのズレに頭が追い付かなかった。

 恐らく屍竜の竜玉を取り込んだ事により魔力量が増え、相対的に身体強化の魔力上限も増加したのだろう。

 良い事なのだが、慣れていない事が問題だ。だが慣らす暇も無いので、この戦いの中でモノにするしか無い。

 実際に相手は何も反応出来ていなかったので、この速度で間合いを詰めるのは間違っていない筈だ。

 ならばもう一度。先程の速度をイメージして再度間合いを詰めた。

 そして迫った頭部にカタナを一閃。間合いが甘く浅いが、そのまま次撃も繰り出す。今度は深手を首元に与える事が出来た。

 相手は聞き取れない悲鳴を上げながら頭部を振り、そのままの勢いで尻尾を振り抜く。

 俺は無理せず間合いを取り回避し、様子を伺う。

 すると口を閉じ頭を持ち上げたかと思うと、口から酸の毒液を吹き掛けて来た。

「獄炎縛鎖遮陣(ヘル・チェイン)!」

 範囲が広いので防護魔法を放つ。直後に炎の鎖に毒液が降り掛かり、蒸発する。

 その隙に今度は横に回り込み、横っ腹を斬り上げた。手応えを感じる。以前戦った亀の魔物よりも外皮は脆いようだ。

 魔物は一度後ろに飛び退くと、素早く壁を昇り始めた。そしてあっという間に天井付近まで到達してしまう。

 そのまま天井付近の壁をぐるぐると廻りながら、酸の毒液を降り注いて来る。

 俺は毒液を避けながら考える。この距離と速度では、魔法を放っても回避されてしまう。それにあの体格だ、毒液が尽きるのを待つのも気の長い話だ。

 ならばあの機動力を奪う事だ。俺は使える事を信じ、魔法を唱える。

「防護石壁(ストーン・ウォール)!」

 すると壁の一部が隆起し、出っ張りが形成される。

 想像通り、取り込んだ竜玉と同じ属性の魔法が使えるようになっていた。

 俺は次々と魔法を唱え、魔物の動きをどんどん制限して行く。

 そして気が付けば、壁の突起を乗り越えなければ身動きできない状況に追い込む事が出来た。

「獄炎轟爆砕陣(ヘル・バースト)!」

 その隙を逃さず俺は魔法を放つ。魔物は爆発に巻き込まれ、再度床に落下して来た。

 地響きを上げ着地する魔物に向け、一気に間合いを詰める。そして前足に連撃を加えた。

 これで地上での機動力も奪われ、壁を這い上がるのも困難だろう。

 すると魔物は突如、見当違いの方向へ毒液を放った。…いや違う。俺は一気に駆け抜け、魔法を唱える。

「獄炎縛鎖遮陣(ヘル・チェイン)!」

 間一髪、毒液を防護魔法で防ぐ。眼前にはメイヤさんとファルナが居た。

 自分が不利と見るや、相手の弱い所を狙って来たか。中々に狡猾だ。

 ならば時間を掛けるべきでは無い。俺は無意識にカタナに込める炎の魔力も上乗せする。刀身を包む炎は倍の長さになっていた。

「はっ!」

 掛け声と共に何度目かの接近をし、相手の眼前で上方に飛び跳ねる。

 そして身体を回転させ、上から頭部に一撃を加えた。そのまま回転速度を上げ、更に連撃を加える。

 地面に着地した時には、相手は頭から多量の血を吹き出していた。そして力尽きたのか、顎から地面に沈み込んだ。

 俺はそのまま生死を確認せず、思い切り首を斬り落とす。頭部は完全に胴体から離れ、地面に血溜まりを作った。

 俺は暫し残心した後、やっと気を抜く。少々苦戦する場面もあったが、問題無く戦えた筈だ。

「お疲れ様。見事だったぞ」

 メイヤさんの激励を受け、俺は笑みを返す。

「儂の出番が無かったぞ、気が利かぬのう」

「俺が1人で倒すって話を事前にした筈なんだが…」

「其処はお主が苦境に立たされ、儂が颯爽と登場!とか工夫せよ」

「なら是非矢面に立って、毒液を浴びてくれ」

「…良くやった、褒めて遣わす」

 ファルナとは軽口を交わす。いつも通りだ。

「では私は素材を剥ぎ取って来る。適当に休んでてくれ」

 俺はその言葉に甘え、腰を下ろす。隣にファルナも座った。

 巨体に悪戦苦闘するメイヤさんを見ながら、水袋を口に運ぶ。

 するとファルナが話し掛けて来た。

「お主は…何処まで強くなるのじゃ?」

「さあなぁ。殆どは竜人体のお陰だし、偶然の結果だからな」

「自覚が無いのう。八大竜王の存在を脅かす人族じゃぞ?」

「少なくとも幻竜王以外と敵対する気も無いしな。もし問題があるなら、是非話し合いで解決して欲しいんだが」

「人族としての平穏を望むか。運命に赦されれば良いのう」

「まだ転移者の捜索も終わっていないし、落ち着くのは未だ先だろうけどな」

「それでだ、あの女子は放置しておいて良いのか?」

 見ると、メイヤさんが血塗れになり肩で息をしていた。どうやら剥ぎ取りの進捗は芳しくないようだ。

「…手伝って来るか」


 俺はそう言い、メイヤさんに近付いて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る