第135話

 さて、地面もそうだが毒を吐くとなると、尚更接近が困難になる。

「毒の源泉はあの腐肉じゃ。先ずはあれを全て引き剥がすしか無かろう」

「…となると魔法主体か。なら俺が攻撃を加えるから、ファルナはまたブレスが来たら防護魔法を使ってくれ」

「承知したぞ」

「じゃあ行くぞ。獄炎轟爆砕陣(ヘル・バースト)!」

 爆炎が屍竜を包み、表面の腐肉を燃やし、引き剥がす。

 ついでに俺はカタナに炎を纏わせ、剣戟を飛ばす。腐肉がどんどん切り裂かれて行く。

 そして屍竜が毒のブレスを吐く度に、ファルナが防護魔法を使い防ぐ。

 そんな攻防を幾度となく繰り返している内に、腐肉は削がれ骨が露わになって来た。

「…もう少しか。流石にしぶといな」

 周囲は吹き飛んだ腐肉により、紫色に染まっていた。皆も防壁を張り直し、何とか凌いでいた。

 そして俺の魔法で顔に残っていた腐肉が吹き飛ぶ。これで小さな肉片を除けば骨だけの状態になった。

 その胸部には鈍い黄色に光る物体があった。あれが竜玉だろうか。

「竜玉を破壊すれば倒した事になるのか?」

「そうじゃな。じゃが今の状態では狙うのが難しかろう。手足を破壊し、動きを鈍らせる必要があるじゃろうな」

 ならばそろそろ接近戦のタイミングか。腐肉が無くなり毒のブレスも吐けなくなっている。

 そう考えていると、今までその場を動かなかった屍竜がいきなりこちらに駆けて来た。その速度は想像を超えていた。

 その狙いがファルナである事を悟り、俺はファルナの前に出てカタナを構える。

 そして接近する勢いのまま放たれる腕の一撃を、俺は何とかその場で受け止めた。

「ファルナ!防護魔法はもういい、離れろ!」

 俺はそう叫びながら腕を弾く。突如上から振り下ろされるもう片腕を避け、其処に炎を纏わせた剣戟を加えた。

 鈍い音と共に骨の一部が砕ける。予想外の硬さだ。恐らく魔力で強化しているのだろう。

 接近戦は待ち望んだ状況だ。それに注意を逸らさせてはいけない。他の者が狙われたら、防ぐのも厳しいだろう。

 ならばこちらからも攻撃を加え続けるのみだ。常にカタナには炎を纏わせ続け、敵の一撃は可能な限り回避に徹する。

 元々痛みなどは無いのだろう、骨にヒビの入った腕で容赦無く攻撃を加えて来る。俺は避けつつヒビの部分を狙い、何度も攻撃を与えた。

 やがて片腕が途中から折れ、地面に落ちる。すると今度は折れた骨の先端で突いて来た。

 恐らく打撃武器が有効なのだろうが、どうせ不慣れな武器では戦い難いだけだろう。このままカタナの斬撃で倒し切る。

 その後は周囲からは地味な戦いに見えただろうか。

 俺は攻撃を回避し続け、兎に角関節部を狙いカタナを振るい続けた。

 そして片腕が完全に落ち、もう片方の腕も落ちた。そして片足を砕いた所で、屍竜はまともに身動きが取れなくなった。

 俺は横倒しになった胴体に乗り、竜玉を覆う骨に連撃を加える。

 徐々に骨を砕いて行き、空いた穴から手を入れて竜玉を掴む。そして思い切り引き抜いた。

 すると屍竜の身体が塵になり、地面に塵の山を残して消えてしまった。

 一呼吸を置き、周囲から歓声が挙がる。何とか倒せたようだ。

 俺は手に掴んだ竜玉を見る。鈍さは消え、綺麗な黄色に光っていた。

 すると竜玉は俺の手を離れ、俺の腹部、鳩尾の辺りに張り付いた。そして突如腹の中に沈み始めた。

「ぐうぅっ!?」

 激痛…焼かれるような痛みを感じ、思わず蹲る。その間にも、ずぶずぶと竜玉は俺の中へと沈んで行く。

「…ユート!?」

 俺の異変に気付いたアルトが近付いて来るが、俺は痛みで返事も出来ない。痛みはどんどん内臓を焼くように進行して行った。

 竜玉が完全に体内に沈んた時、それまでと比べ物にならない想像を絶する痛みが身体全体を襲った。

 そして俺は、意識を手放した。



『迷惑を掛けた。そして、止めてくれて有難う』

 男性が俺に向けて話し掛けて来る。その表情は良く見えない。

『いや。彼は良うやってくれた』

 俺自身から、前に何処かで聞いたような女性の声がする。

『これからは、一緒に力となろうぞ』

『ああ。彼になら私も託せるよ』

 そうして会話は終わり、景色が遠のいて行く。

 何も見えないが、ただ鳩尾の辺りが熱を持っていた。



 気が付くと、俺は空を見上げていた。それとアルトの顔。

 どうやら膝枕をされているようだ。

「気が付いた?何処か痛む?」

 その言葉に俺は手を動かし、握ったり開いたりしてみる。そして自分の身体を触ってみる。

 身体に異常は無さそうだ。ただ、竜玉のある魔力機関の辺りに違和感を感じる。

「大丈夫みたいだが…何がどうなった?」

「いきなり苦しみ出して、気を失ったわ。そのまま1刻程眠ったままだったわ」

 俺はその言葉を聞き、身体を起こす。どうやら毒に汚染された土は掘り起こされ、広場に山を形成していた。

「…竜玉を取り込む者なぞ、初めて見たぞ」

 ファルナが声を掛けて来た。その表情は複雑そうだ。

「その力は、下手すれば竜族を絶滅しうるものじゃ。お主の人となりは理解しておるでな、そんな心配は無いじゃろうがの」

 そうか。意識を向けてみると、魔力が増しているのが判る。新たに竜玉と同化したのか。

 今の竜人体の姿は変わっていないようなので、元々あった竜玉に取り込んだという事だろうか。

「無事なら良いわ、そろそろ片付けも終わりそうよ。帰る準備をしましょう」


 俺はアルトの言葉に従い、立ち上がった。

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