第134話

「私の受け持つ村の1つで、地面から毒が湧き出しました。村人は別の所へ避難させましたが、今も尚毒は拡大中です。冒険者ギルドにも報告しましたが、過去に同様の事例が無く対処出来ておりません。是非皆様のお知恵をお借りしたく、この場で報告させて頂きました」

 そう話す子爵は悲壮な表情をしていた。予想外の報告に周囲がざわつく。

 場の喧騒を収めるため、宰相が声を挙げた。

「皆の者、静まられよ!…シュタイン子爵、詳しく説明頂けるかな?」

「はい。10日程前、村の地面が紫色に変色しておりました。大きさは畑1面程です。そして変色した土に触れた家畜が、その日のうちに死にました。其処で毒が湧いたと村から打ち上げがあり、翌日現地に赴きました。そうしましたら範囲が倍程度に広がっており、至急村人へ避難指示を行ないました。その後も広がる速度は変わらず、今日に至ります」

「成程。問題は今後も広がり続けるのか、それと対処法があるのか、であるな」

 宰相はそう呟き、思案顔になる。

 出席者も各々話し始めるが、これといった情報は出て来ない。

 すると背後に居るファルナが呟いた。

「…恐らく屍竜じゃな」

「知ってるのか?」

「知識としてだけじゃがな。実際に見た事は無いぞ」

「この分だと何も取っ掛かりが無いからな、可能性があるなら充分だ」

 俺は早速挙手し、宰相に尋ねた。

「私の従者に発言の場を頂けないでしょうか。確定ではありませんが、情報を持っております」

「それは構わぬが、何故従者がそんな情報を持っているのだ?」

「経緯は省きますが、彼女は水竜王です。…ファルナ、皆を納得させる為に元の姿を見せられるか?」

「構わぬぞ?儂の美しい姿に酔いしれるが良い!」

 そうしてファルナが竜の姿に戻る。すると更なる騒めきが会場を包んだ。

「何と…!だが確かツムギハラ子爵は、グランダルとの戦の場にも竜を連れて来ていたな。…水竜王様である事を信じようぞ」

 その宰相の言葉に、他の皆も頷く。それを見てファルナは竜人体に成り、言葉を発した。

「では話させて貰おう。恐らくは屍竜が原因じゃ。屍竜とは死した竜族が竜玉の魔力により変質し、長い年月を経て魔物に成り果てた存在じゃ。その肉体は毒を撒き、その地を殺す。埋まっている深さが深い程、土と水が毒され手遅れになるぞ」

 成程。もし地中深くなら、地面に毒が出た時点で地中の広範囲が汚染されているのか。

 ファルナの言葉に皆が怯え、特にシュタイン子爵は泣き崩れそうだ。

「対処法は言葉にするだけなら簡単じゃ。屍竜を掘り返し、倒し、肉片1つ残らず焼却すれば良い。じゃが毒された土や水は元に戻らぬ。その地は捨てるしかあるまいな」

 下手に人手を掛けて掘り返すと、毒の犠牲になる者が出るだろう。そうなると、地属性魔法を用いて掘り返す必要があるな。

「ファルナ、屍竜の強さは判るか?」

「元の竜としての強さにもよるが、八大竜王には及ばぬじゃろう」

 それを聞き、俺は決意する。

「屍竜は私が討伐します。宰相殿はギルドに掛け合い、地属性魔法に長けた者を急ぎ集めて下さい」

「承知した。…本会議は一時保留とする。シュタイン子爵よ、明日の朝に討伐隊を出立させる。案内を頼むぞ」

「わ…判りました!宜しくお願い致します!」

 そして宰相は俺の方を向き、呟いた。

「ツムギハラ伯爵よ、討伐は任せたぞ」

「畏まりました。お任せ下さい」


 そして翌朝。王都入口に何台もの馬車が並んでいた。

 ギルドの呼び掛けに応じた地属性魔法を使える者、そして騎士団が参加していた。

 シュタイン子爵の馬車を先頭に、王都を出発する。俺達も後を追う。

 数日後に件の村に到着したが、其処は異様な光景だった。

 毒は畑だけでなく一部の家屋も飲み込み、辺り一面が紫色に変色していた。

 俺は早速陣頭指揮を執るべく、皆に呼び掛ける。

「まずは地属性魔法で、毒に汚染された土を取り除いて下さい。取り除いた土は、あちらの広場に集めて下さい。その際、人体に触れないよう注意をお願いします」

 すると早速、10数人の魔術士が魔法を唱え始める。その中にはミモザさんも居た。

 その中で俺は淵の辺りを観察していた。浸食が正円を描いているなら、浸食が外側から内側に変わる高さに屍竜が埋まっている筈だ。

 そして3メートル程掘った所で、淵の浸食が内側を向いた。俺は直ぐに皆に呼び掛ける。

「そろそろ屍竜が見える筈です!動き始めたら後退して防壁の構築を!」

 俺は竜人体に成り、カタナを抜く。隣にはファルナが並ぶ。

 そして暫くすると、中央に土とは違う質感のものが見える。それはどんどん表層に現れ、形が露わになって行く。

 胴体と思われる部分がはっきりした所で、土を押し退けて屍竜が地上に這い出して来た。

 紫色の腐肉が身体に張り付き、所々に骨が見える。その腐肉からは紫色の液体が滴り、地面に沁み込んで行く。

 魔術士は後ろに下がり、地属性魔法で防壁を構築する。騎士団もその後ろに身を隠す。

 さて、屍竜の周囲が汚染されている今の状況では、接近する事が出来ない。

 なのでこちらに意識を向けさせるため、俺は魔法を放つ。

「獄炎螺旋撃陣(ヘル・スパイラル)!」

 炎の螺旋が腐肉を抉り、吹き飛ばす。飛び散る腐肉を躱しながら周囲を見るが、ちゃんと防壁で防いでいるようだ。

 すると屍竜は崩れた顔をこちらに向けた。どうやら俺達を敵として認識したようだ。

 これで近寄ってくれれば、と考えていると、屍竜は口を大きく開いた。

「いかん!氷結晶結界陣(プリズム・ゾーン)!」

 ファルナが防護魔法を唱える。直後、屍竜の口から毒液が吐き出された。

 毒液は障壁に防がれ、地面に滴り落ちる。…まさか毒液のブレスを吐くとは。


 俺は気を引き締め、屍竜に相対した。

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