第131話

 短剣が引き抜かれ、胸から血飛沫が飛ぶ。幻竜王が笑みを浮かべる。

 その光景を見た俺は走り出し、呪文を唱えた。

「時流遡回帰陣(クロノス・レトロアクティブ)!」

 ファルナの傷が逆回転で塞がって行く。それでも未だ安心出来ない。

 俺は彼女を抱え、距離を取る為に飛び退いた。

 其処で酷い立ち眩みに襲われる。一気に魔力を消費してしまったようだ。

「お?おお?」

 ファルナは何が起こっているのか理解していないようだ。

 俺は身体強化の魔力も維持出来ず、竜人体が解けてしまう。フレミアスと風竜王に頑張って貰うしか無いか、そう思っていると。

 バランタインさんが突如竜人体に成り、幻竜王に向かって歩き始めた。

「我との約束は、実力を測る…であったな」

 その眼光は鋭く幻竜王を射抜き、更に歩を進める。

「この黒竜王との約束を違える意味、理解するが良い」

 そう言い、拳を握り締めた。

「くっ、範囲遅速鎖(エリア・スロウチェイン)!」

 2人の横槍を恐れてか、全員に阻害魔法を掛ける。

 だがバランタインさんは、構わずにゆっくり歩いて行く。そして幻竜王の眼前にまで迫った。

 そしてゆっくりと、握ったままの拳が幻竜王に触れる。それは攻撃には見えず、彼も虚を突かれたようだ。

 直後、破裂音と共に彼が吹き飛ぶ。壁に激突したその姿を見ると、拳の触れていた脇腹部分が大きく抉れていた。

「これに懲りたら退け。竜の姿に成れば未だ助かるであろう。…二度目は無いぞ」

 バランタインさんの言葉に、幻竜王は血を流しながら身体を引き摺り去って行った。

「ふむ、少し頭に血が上ったようだ。すまぬな」

「いえ…助かりました」

 俺はそう答え、床に寝転がる。魔力切れでもう限界だった。

 視界が暗転する中、ファルナの不安そうな表情が見えた。


 目が覚めると俺はベッドに寝ており、眼前にはアイリさんが居た。

「外傷は無し。本当に魔力切れだけのようね。自然に回復するから問題無いわ」

「ああそうか、あそこで気を失って…」

「バランは部屋、ファルナちゃん以外の2人はそれぞれの住処へ帰ったわ」

 視線を横に向けると、心配そうに見つめるファルナが居た。

 2人が帰ったのは、もう特訓は充分だからだろう。

「…大丈夫か?」

 問いかけるファルナに、俺は軽く返す。

「魔力切れで気を失っただけだからな。もう大丈夫だ」

「そうか。…助けてくれた事、感謝する」

「ギリギリだったけどな。やっぱあの魔法はキツイな」

 魔力さえ戻れば通常通りなので、俺はベッドから起き上がる。

 そしてファルナを連れ、バランタインさんの部屋に向かった。

「む…もう起きたか」

「はい。お騒がせしました」

「いや、あれだけの時間を戻すのは一苦労だったであろう。寧ろ見事であったぞ」

「有難う御座います。…それで、どうしましょうか」

 問題はファルナの事だ。幻竜王は暫く動けないだろうが、また命を狙う可能性がある。

 そうなると、安易に他の2人と同様に住処に戻すのも危険だ。

「今回の件で、抑止力は充分だと白竜王は判断するであろう。ならばそれを幻竜王が聞き届けるまでの間、ユートが守ってやれば良かろう」

 確かに、これ以上嫌がる特訓をやらせ続けるのも気が引ける。

 俺はファルナの方を向き、尋ねた。

「そんな訳で、俺の村に暫く居て貰おうかと思うんだが、構わないか?」

「…良いのか?迷惑にならぬか?」

「問題無いぞ。寧ろ生活を俺達に合わせて貰う必要があるが…シャルトーさんも大丈夫だったし、平気か」

「なら頼む。世話になるぞ」

 するとバランタインが話し掛けて来た。

「決まったか。気が向いたらまた我の所に来い、鍛えてやるぞ」

「はい是非、宜しくお願いします」

「…もう嫌じゃ」

 こうして俺達はバランタインさんの部屋を出た。

 そして外に出てから、ファルナに竜に成って貰い村に向かった。


 少々禍根は残ったが、今回も無事終わったと思う事にしよう。

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