第128話

 グランダルの国境を抜け、馬車を北へと走らせた。

 周囲は針葉樹が目立つようになり、気温もどんどん下がって来ていた。風が徐々に雪を運んで来る。

 眼前にそびえ立つのがミルス山だろう。頂上は雲に隠れて見えない。

 俺達は麓の村に行き、宿を取る。ついでにミルス山について女将に聞いてみた。

 曰く「狩猟で山に入る者は居るが、山頂を目指す者は居ない」との事。ならば現地ガイドの類は期待できなさそうだ。

 さて出発は明日という事で、今日はその為の準備を行なう。

 宿でソリを借りる事が出来たので、食料や野営道具などの荷物はこれに乗せて俺が曳く。

 後は靴を履き替え、防寒具も用意する。上に羽織るフード付きのコートに、顔を隠す布。それに手袋を人数分だ。

 問題があるとすれば、全員が本格的な登山経験が無い事だろう。身体能力は日本に居た時よりも圧倒的に向上しているので、その面での心配は少ないが。

 どっちにしろ案内も見込めないなら、行き当たりばったりで挑むしか無い。

 明日からの労苦を考慮し、今日は早めに寝る事にした。


 そして翌朝。周囲に雪が積もっているが、天気は上々だ。吹雪いていないだけマシだろう。

 俺達は準備を終え、村を出発する。どうやら狩猟で使う道が途中まではあるそうなので、まずはその道に従い登って行く。

 俺は荷物を曳く事もあり、既に竜人体に成っておいた。どうやら雪に弱いという特性も無いようなので一安心だ。

 一歩一歩が積もった雪を深く踏み固める。まだこの辺りは傾斜も緩く、危険も無さそうだ。

 そうして暫く進むと、道らしい道が途切れる。此処からはソリを曳いて行けるルートを慎重に選んで行く。

 空に太陽は昇っているが、徐々に舞う雪が増えて覆い隠すようになって来た。視界がどんどん縮まり、数メートル先が真っ白になる。

 俺が先頭に立ち、千里眼で方向を確認しながら進む。方位磁石の類は無いので助かる。

 そのような状況で進んだ先、風を遮る岩陰にテントを張る。

 うろ覚えの知識だが高山病を防ぐには、ゆっくり標高に身体を慣れさせれば良かった筈だ。なので一気に登らず、早めに野営を行なう事にした。

 そしてしっかり水分を摂り、体温が逃げないよう固まって眠る。野営の見張りは逆に危険だと判断した。

 そうして寒さと風音で眠りの浅いまま、朝を迎える。

 正直言って、火属性魔法で雪を吹き飛ばしたくなる。だがそれをやると、恐らく雪崩を引き起こすだろう。

 2人もしっかり眠れた様子は無く、昨日よりも若干疲れた表情をしている。

 さて、既にある程度標高が上がっているからか、朝から吹雪いていた。

 歩き始めるが、昨日よりも雪が積もっているようだ。足を雪から抜かずに、引き摺るように進んで行く。

 木々は既に減り、雪の斜面のみが視界に入る。どれだけ進んでいるのかも判らなくなってくる。

 肉体は鍛えられていても、精神的に疲労が溜まって行く。

 そんな時、眼前に切り立った岩肌が見えた。崖のようだ。ソリを曳いているので迂回が必要だ。

 だが其処に、ぽっかり空いた洞穴を見付けた。

 風雪を凌げるのならばと、その洞穴に入る。見た所奥行きはそれ程でも無く、魔物も居ないようだ。

 早速焚火を用意する。この寒さだと、水や食料よりも薪の残量が気になる。嵩張るが無理して持って来ておいて正解だった。

 前日と比べ、比較的暖かい環境で眠りに付いた。


 翌朝。外は風が止んでいるようだ。朝日も照っている。

 崖を迂回して進むと、遠くに塔が見えた。あそこが頂上のようだ。

 塔に向け進み始めるが、陽の照り返しで暑さを感じる程だ。だが防寒具を脱いだら途端に寒くなるだろう。そのまま進み続ける。

 そうしてやっと頂上に辿り着く。間近で見る塔はそれ程高くは無いが、立派な物だった。

 俺が荷物を背負って中に入る。中は吹き抜けで、中央の柱にある螺旋階段を使って昇るようだ。

 まずは無理せず、この入口近くで休憩を取る事にする。この山を登り始めて、一番休まるひと時だった。

 さて、余計な荷物はこのまま置いておき、螺旋階段を昇り始める。

 ざっくり100メートル程上方に天井があり、その先が部屋になっているのだろう。

 慎重に昇り続け、やっと一番上に到着した。

 其処は大理石張りの丸い部屋で、天井の隙間からは陽の光が降り注いでいる。

 そして視線を下げると、正教国にもあった女神像。そしてその前に、白く長い髪の女性が立っていた。裾が足元まであるスカートも含め、服は全て白色だ。

 俺達が近付くと、その女性はにっこりと微笑んだ。そして口を開く。

「珍しいお客様ですね、転移者が3名とは」

 透き通るような声色。それよりも、俺達の事まで把握しているのか。

 駆け引きをする所でも無いだろう。俺は率直に尋ねた。

「あなたが白竜王様ですか?」

「ええ、そうです。竜の姿は嫌いなので、このままで勘弁して下さい」

「…竜族の件について、貴女は幻竜王にどう言われましたか?」

「ただ、お願いしました。竜王の力が代替わりで弱まっている、何とかして欲しい、と」

 これで確定だ。『竜玉継ぎ』の強要は、幻竜王の独断だ。

 なので俺は白竜王に訴える事にした。

「今、代替わりで力の弱まった3竜王は、黒竜王様の所で特訓をしています。お待ち頂ければ、この問題は解決する筈です」

「そうなのですか。その3竜王が最近見えなくなったので、てっきり幻竜王の提案通りに事が進んだのだと思っていました」

「…幻竜王のやり口を、知っていたんですか?」

 俺の問いに、白竜王は答えた。


「ええ。私が話をした際に、提案されましたから。私は事が成されるのなら、手段は問いませんので」

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