第127話

 地竜王は早速話し始めた。

「まず最初に言っておくが、白竜王様に悪意や害意は無い。あるのは純粋な意思のみだ…女神様から与えられたお役目を全うする、と言う只1つのな」

「それが今回は抑止力の維持、ですか?」

「そうであろう。だが白竜王様の本来のお役目は世界の監視だ。本人が動く訳にはいかん。なので幻竜王に接触を図り、指示したのであろう」

「具体的な手段も、白竜王様の指示でしょうか?」

「それは判らぬ。直接指示したのかも知れぬし、幻竜王の判断かも知れぬ。其処は本人に聞いてみるべきであろう」

「判りました…それにしても、詳しいですね」

 俺がそう言うと、地竜王は一瞬目を瞑り、答えた。

「60年程前か、一度直接会うておる。魔物の大軍から人族を助けて欲しい、と指示を受けた。我はそれに従った」

 あの過去の話は、白竜王による指示だったのか。

「だから性格もある程度判る。…簡単に言えば、子供だ」

「子供、ですか?」

「言いつけを守り真面目だが、発想に経験や柔軟さが無い。恐らくは敢えてそう創られたのだろう。判断基準や価値観が容易に変わらぬようにな」

 それが事実なら、会話は出来ても考えを改めさせるのは難しそうだが。説得可能なのだろうか。

 そんな事を考えている俺の表情を読み取ったのか、彼は付け加えた。

「安心しろ。白竜王様は非情では無い。交渉の余地はある」

「それなら希望が持てます。有難う御座います」

 俺はそう言い、頭を下げた。此処で聞けるのはこの位か。

 立ち去ろうとすると、彼は一言付け加えた。

「白竜王様との交渉が決裂したら、我に再度会いに来い。此度の幻竜王のやり方は気に食わぬ。お主らの味方をしてやろう」

「判りました。その時はお願いします」

 そう答え、俺達はその場を立ち去った。


 縦穴から見える空は赤く染まっていた。このまま下山すると、丁度夜になってしまう。

 なのでこの縦穴で野営を行なう事にした。見る限り魔物は居ないので、見張りは不要だろう。

 夕食を食べ、テントに入る。荷物量の関係でテントが1つだが、楓には我慢して貰おう。

 そう思っていたのだが、俺は異常事態に遭遇していた。

 まず俺は端で良いと言ったのだが、2人の説得により真ん中に寝る事になった。

 そして今、左手には萌美がしがみ付いている。まあ妻だし問題無いだろう。

 問題は右手だ。其処には楓がしがみ付いていた。何故だ?

 俺は止む無く、萌美に小声で尋ねた。

「なあ、楓が腕にしがみ付いているんだが…」

「…察してあげて下さい」

「…何を?」

「私はアルト様とアンバー様の手助けで、侑人様と結ばれました。その役目を、今は私が担っています」

「それはつまり、そういう事か?」

「はい。まずはその気持ちを受け止めてあげて下さい。最初の一歩が一番大変ですから」

 そう言われ、俺は右を向く。

 其処には楓が顔を真っ赤にしながら、俺の腕を掴んでいた。そして目が合う。

 楓は顔を伏せてしまったが、耳まで赤くなっている。相当恥ずかしいのだろう。

 俺は意を決し、萌美と楓を同時に抱き寄せる。

 丁度俺の胸板に、2人が顔を乗せる形になった。

 2人と目線を交わし、俺は微笑んだ。そして更に力を込めて抱き締めた。


 翌朝、寒さに震えて目が覚めた。

 雪が降る程では無いが、流石に山の上は冷えるようだ。

 俺は2人を起こさないようにそっと毛布から抜け出した。

 そしてテント前で焚火を用意する。お湯を沸かし、タオルを浸して身体を拭く。そして服を着た。

 暫くすると2人も目を覚ましたので、準備しておいたお湯を渡す。

 2人が身体を拭いている間に、朝食を準備する。この寒さだ、暖かい物が良いだろう。

 鍋で沸かしたお湯の中に、干し肉と豆を放り込む。そして香辛料を足せば、スープの出来上がりだ。野営時はこんな物でも有難い。

 すると2人もテントから出て来たので、食事にする。

 萌美はいつも通りだが、楓は恥ずかしそうだ。俺も意識するとギクシャクしそうなので、平静を装った。

 さて、問題はこの後だ。ロープ1本で絶壁を降りたが、今度は登る必要がある。

 俺は大丈夫だろうが、2人の腕力では厳しそうだ。なので俺は竜人体に成り、1人ずつ背負って登る事にした。

 そして問題無く往復し、2人を上まで登らせる事が出来た。最後に俺が荷物を背負って登って完了だ。

 これで宿場に戻ったら、白竜王の居るミルス山まで直行だ。

 道のりは長いが、地竜王との会話で僅かながら光明も見えたのが救いだ。

 交渉が決裂すれば幻竜王と敵対するしか無いが、こちらには味方も居る。前向きに考えよう。


 そうして、俺達は森を抜け山を下って行った。

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