第121話

 俺の名はフレミアス、今代の火竜王だ。

 今は力不足を知らしめられたので、大人しく黒竜王の特訓を受けている最中だ。

 だが昨日に比べて、更に特訓が厳しくなった気がする。昨日まででもギリギリだったのに、更に追い込まれている感覚がある。

 心境の変化なのか気まぐれなのかは知らないが、願ったり叶ったりだ。限界を知る事が成長に繋がるのは、既に理解している。

 それにしても…。俺は余裕の無い中で横を見る。

 竜人体の少女の姿で戦う人間、ユート。あいつの存在は意味不明だ。

 同胞を『喰った』訳では無いのは、話を聞いて理解した。だから恨んだりはしていない。

 しかし異世界とは言え只の人間が、この僅かの期間で神霊を圧倒し、八大竜王に並ぶまでに成長したのだ。これを異常と言わずに何と言うのか。

 恩寵とやらは人との出会いを生むだけのものらしい。ならば、今の強さは運も絡むだろうが努力で身に付けたものだ。戦いを知らぬ世界の者が、戦いに特化した存在になっているのだ。

 性格は冷静、感情の起伏は然程多くはない。普段は気の抜けた感じがあるが、いざ戦いとなるとその集中力と威圧感に圧倒される。

 女神とやらの存在は知っている。そいつは何故、ユートをこの世界に送り込んだのか。そしてこの強さになる事も想定内だったのか。

 …俺が考えても仕方無い事だ。俺は眼前の敵に集中する。

 昨日までは精霊が3体だったのに、今日は5体だ。この数が今日は継続するのだろう。

 そうなると、確実に被弾する。1体を倒すまでに全ての攻撃を回避するのは不可能だ。

 だが俺の売りは身体の頑丈さだ。意識さえ保てれば何とかなる。

 そう判断し、手近の相手に特攻する。距離を詰める前に拳の炎を放ち、牽制する。

 そして間合いを詰め、全力で殴り続ける。これが俺の戦い方だ。

 その間に魔法やら何やらが身体に当たるが、問題無い。まだ耐えられる。

 そんな中で振り抜いた拳が相手を貫き、その場から消える。やっと1体だ。

 直ぐに追加で1体召喚されるだろうが、数の差が詰まった今のうちにもう1体を倒す。

 拳に炎を纏ったまま突撃、渾身の一撃を加える。

 見ての通り、精霊は魔力量と魔法に秀でているが、近接戦は得意では無い。ユートには一度も当たらないのに、こいつには簡単に当たる。

 相手が怯んだうちに更に連撃を加え、2体目を倒す。

 横目で同時に2体召喚されるのを確認しつつ、3体目に襲い掛かる。

 兎に角相手に張り付き、更に魔法の射線を取り難い立ち位置を確保する。これが継戦のコツだ。

 炎を纏った両拳を振り上げ、相手の頭に叩き付ける。その一撃で相手は消え去った。

 この調子だ。どれだけ短い時間であろうとも、数の優位を覆し続ける事が大事だ。

 隣ではユートが神霊を一撃で葬り去っている。最早雑魚扱いだ。その動きはろくに目で追えず、魔法の威力は高く種類も多い。その実力差を実感する。

 日々のユートとの模擬戦も、実際は只の指導だ。手加減されている事実よりも、それだけの実力差を最初に見抜けなかった自分に腹が立つ。

 人間の寿命は、竜族と比べ圧倒的に短い。あいつが生きている間に追い越したいものだ。



 この日から、特訓が更に厳しくなった。いきなり神霊が8体召喚されたのだ。

 フレミアスの方は精霊が5体になっている。心情の変化だろうか。

 だが俺のやる事は変わらない。攻撃を避けながら間合いを詰め、1体を一撃で倒す。その繰り返しだ。

 避ける対象が増えたのは問題だが、常に全員が掛かって来れる訳では無い。ならばやり様はあるだろう。

 一番近い相手、密集していれば外側から攻める。時空魔法で遅延させつつ回避に専念し、攻撃は回避出来ない速さで放つ。

 この戦い方で安定するまでに、何度もボコボコにされたのだ。いい加減こっちも学習する。

 幾ら倒してもその分召喚されるのは判っている。だが召喚されてから動き出すまでにタイムラグがあるのだ。

 その間に有利な状況で更に数を減らす事。可能なら召喚中に2体倒す。

 こうなるとダメージによる中断では無く、俺の魔力切れによる中断が多くなる。これだけの魔力を持っていても、全開の身体強化と時空魔法の併用は消費が激しい。レベルがもっと上がれば余裕も出来るだろうが。

 それと比べると、フレミアスの凄さが際立つ。魔力切れで中断する俺と違い、最近では最後まで戦い続けている事が多い。

 消費とダメージを抑え、相手と戦い続ける事。その点に於いて彼は天才的だ。

 それは敵の数が多い程、そして実力が拮抗している程強力だろう。

 俺との模擬戦では、俺の攻撃が避けられず一撃で終わるが。それは未だ実力差が大きいからだろう。

 実力が並べば、俺の方が不利になる可能性が高い。耐久力の差で押し負けそうだ。

 そんな事を考えながら、今日の特訓も過ぎて行った。


 そして更に時間は流れた。部屋の外では未だ数日なのだろうが、此処では数百日が経過していた。

 フレミアスは3体の神霊を相手取っている。俺の前には3倍の背丈を持つ、神霊の変異体が4体。

 戦い方はもうパターン化している。いつも通り1体ずつ数を減らして行った。

 そして最後に模擬戦。最近は俺の攻撃を彼が耐えるようになって来た。

 未だ俺が確実に勝てるが、随分強くなったものだ。

 そしてその日は、バランタインさんから話があった。

「フレミアスよ。お主はこれで八大竜王を名乗っても問題無かろう。最強は未だだがな」

「…そうかよ。まだまだだな」

「そしてユートよ。今なら我と白竜王を除く八大竜王が相手なら、恐らく全員勝てる筈だ。無論、戦い方を工夫せねば難しいだろうがな」

「…戦う予定は無いんですけどね」

「まあ良いだろう。今のこの世界で、強いに越した事は無い。…これで此度の訓練は終了だ。明日帰るが良い」


 そんなバランタインさんの言葉に、俺達は頭を下げた。

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