第120話

 日数の経過も把握出来ない程に特訓に没頭していた俺達は、今日も日常となった戦いに身を投じていた。

 フレミアスの前には3体の精霊、そして俺の前には5体の神霊が現れていた。

「範囲遅速鎖(エリア・スロウチェイン)!」

 俺は時空魔法を放ち、5体全ての動きを遅くする。そして一番近い敵に切迫した。

 動きを鈍らせながらも放たれる攻撃を全て避け、カタナを斬り上げる。

 一撃で崩れ去る1体目を尻目に、次の敵へと接近。胴体に向け突きを放つ。

 鈍った動きで回避が出来ず、カタナが突き刺さる。その隙に残り3体から攻撃を受けるが、充分耐えられるダメージだ。

 時空魔法の継続で自分の魔力がどんどん削れて行くが、構わずに次の敵に相対する。

 そして3体目を撃退したタイミングで、新たに3体の神霊が召喚される。

 このように、俺は魔力が切れるまで神霊と戦い続ける事が日課になっていた。

 カタナの振りを見直し速さを増した攻撃は、神霊を一撃で倒せるまでになっていた。

 だが時空魔法を使わないと押されてしまうので、まだまだ改善の余地があるだろう。

 一方、フレミアスも大幅に成長を遂げていた。

 素早い踏み込みと、両手から放たれる拳の連撃。そして間合いの不利を打開する、火属性魔法と拳の炎撃。その全てが大幅に成長していた。

 しかも元の耐久力に加えて回避も上手くなり、継戦能力は特筆すべきものがある。

 そして俺と同様に、常に召喚され続ける精霊を倒し続けている。これも日常になっていた。


 特訓の恒例、1日の締めとなる模擬戦を終えた所で、フレミアスが口を開いた。

「2人で同じように特訓してたら、何時まで経ってもお前を倒せねえんじゃね?」

「…今更気付いたのか」

 俺は呆れながら返す。寧ろ今は指導のつもりで戦っている。基本的に攻撃を受け続け、隙を突くやり方だ。

 そんな彼も口調は変わらないが、尊大な態度は鳴りを潜めていた。色々と自覚したのだろう。

 何せ彼は俺に勝てないが、俺はバランタインさんに勝てないのだ。上には上が居る。

 あれだけの召喚魔法を使い、更にこの部屋の時間経過を変える時空魔法を継続していて、魔力が枯渇しないのだ。力量差は歴然だろう。

「まあ構わねえ。俺がそれ以上の速さで成長すれば良いだけだ」

 彼はそう呟き、パンに齧り付く。

 今の彼の実力は、神霊1体に苦戦の末負ける程度だ。戦術を増やすため、敢えて精霊複数体と戦わせている。

 俺はバランタインさんの評価によると、八大竜王の中位~下位だそうだ。フレミアスやファルナは例外として除外しているらしい。

「…今更なんですが、バランタインさんに後継者は居ないんですか?」

 俺は何となく気になっていた事を尋ねてみた。

「ふむ。我と白竜王だけは、一族が存在せぬ。創世の刻より生き続けておるのでな」

「存在自体が違うって事ですか?」

「そうだ。正確には竜種では無く女神の眷属、この世界の調停役だ」

「マジかよ…。頂点に立つのは絶望的じゃねーか」

 フレミアスが愚痴る。其処まで隔絶した存在なのなら、そう思うだろう。

「先代の火竜王は、我と白竜王を除けば最強であった。ならば其処を目指すが良い」

「…しゃーねーな。それで我慢してやるか」

 竜種は長命だし、この向上心があれば何時かは到達出来るだろう。

「白竜王も、何処かに隠れ住んでいるんですか?」

「そうだ。遥か北方のミルス山、その山頂に住んでおる」

 女神を含め、最早神話の存在と言って差し支えない。そんな存在に普通に会えるのも不思議な感覚だった。



 床に横たわり眠る2人を見る。ユートとフレミアス。性格は全く違うが、お互い向上心のある興味深い存在だ。

 この世界が創造されてからの永遠に近い年月、その殆どを我は興味も湧かずただ眺めていた。

 調停役とは名ばかりで、実際は只の破壊者だ。

 白竜王が世界の均衡を監視し、それが崩れた時には我が更地にする。そういう役目を女神より与えられている。

 その役目を疑問に感じ始めたのは最近だ。魔王であったアイリッシュが役目を放棄し、その身を隠した。

 それでも争いは無くならず、結果として世界は均衡を保っている。

 我にも自我がある。役目を放棄する事を選べる意識がある。

 そう考えてしまったが最後、我の役目に意義を見出せなくなっていた。

 結局アイリッシュと共に地下に隠遁し、世界を眺める事を止めた。そして時折、気まぐれに人々に手を貸した。

 そうやって人々を今までとは違う目で見てみると、其処には様々な感情と行動、そして歴史があった。

 そんな中の1人がユートだ。我の元に辿り着いたのも、恩寵による物だろう。

 女神により異世界から転移し、竜玉をその身に宿し、勇者と魔王に出会い、我とも出会った。

 世界の均衡に関わる事象に、悉く遭遇しているのだ。恐らくは白竜王にも出会う事になるだろう。

 女神の恩寵がある以上、望まずとも世界の均衡に作用する役目だ。

 なればこそ、女神の道具で終わらぬよう鍛え続けるのだ。

 そして世界の終焉が訪れようとするならば、我はその役目に反抗してみせよう。

 白竜王よ、そなたは今どう考えている?どんな世界が見えている?

 そなたがユートと出会った時、何がどう変わる?


 我はそんな事を考えながら、暗闇の中で目を閉じた。

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