第118話

 向かいに立つ火竜王の両手には、手甲が装備されていた。

 完全に近接寄りだと判断した瞬間、その両手に炎が灯る。明らかに魔法とは違う力だ。

「うおりゃっ!」

 そして離れた間合いのままで、その拳を振り抜いた。すると拳の炎は勢い良く俺に向かって飛んで来た。

 俺は何とか躱すと、洞窟の壁に当たり爆発が起こる。その跡は大きく抉れていた。

 種族特有の技能なのかは判らないが、間合いの不利を埋める攻撃だ。

 お互い火属性の魔法の効果は薄いだろう。ならば風魔法を使うか、接近戦に持ち込むか。

 大言壮語を吐く程なので、実力に自信があるのだろう。不敵な笑みを浮かべている。

 ならばこの洞窟を壊すのも忍びないので、俺は接近戦を選ぶ事にした。

 身体強化を全開にし、一気に間合いを詰める。そしてカタナを一閃。

 彼は両手を交差して手甲で防ぐが、威力を殺せず大きく後方に吹き飛んだ。

「ぐぅっ!?」

 苦悶と驚きの混ざった表情を浮かべる。

 俺は疑問を感じていた。あの態度で火竜王を名乗りながら、神霊にも至っていないようだ。

 ふと横を見ると、お付きの2人は冷静に戦いを観ている。この状況が意外では無いようだ。ならば意図があっての事なのだろう。

 それならばと、俺は遠慮無く相手を倒す事にする。…殺しはしないが。

 再度飛来する炎を避け、横に回り込む。そして峰打ちで連撃を加える。

 その半分程は手甲に防がれ、残りは彼の身体を打つ。

 俺はフェイントを交え、手甲で防いでいない脇腹に一撃を加える。そして返す刃で首を狙う。

 ギリギリのタイミングで手甲で防ぐが、威力に負け首に一撃が入る。

 既に見る限り満身創痍だが、この手のタイプは諦めが悪い。気絶させるしか無いだろう。

「このっ…くそがっ!」

 両手で炎を打ち出す。だが奇襲なら兎も角、そうでなければ軌道は読み易い。俺は体勢を低くし、炎を打ち出した状態の彼に切迫する。

 そして顎を狙い、カタナを斬り上げた。

 剣戟は手甲の間をすり抜け、綺麗に彼の顎を打ち抜いた。

 白目を剥き、後ろ向きに倒れる。

 俺はその姿を見届け、カタナを仕舞い竜人体を解く。

「さて。…これで落ち着いて会話が出来ますか?」

 俺はお付きの2人に向け、問い掛ける。

「はい。お手数をお掛けしました。…有難う御座います」

 お付きの男性がそう言い、女性の方は彼の介抱に向かった。


「先代の火竜王様は、八大竜王の中でも最強との呼び声が高く、そんな中で今代の火竜王様は育てられました。ですが、その最強の言葉に翻弄され始めたのです」

 そう語るお付きの男性は、その過去を悔やむようだった。

「周囲からの期待が強くなるに従い、比例して尊大になって行きました。今思えば、期待からの逃避だったのでしょう」

 その行く末が今の姿か。そう考えると少し可哀そうにも見える。

「そして最近正式に代替わりしたのですが、そうなると態度では無く実力を示す必要があります。恐らく焦っていたのでしょう、突如他の八大竜王に喧嘩を売ると言い出しました」

「…既に他の八大竜王の所には?」

「いえ、此処が一番最初です。失礼ですが、今代の水竜王様の評判は聞き及んでおりましたので、初手は確実に勝てる相手を選んだのでしょう」

「…儂も偉そうな事は言えぬが、随分と失礼じゃのう」

 ファルナは不満そうだが、事実だったのであまり反論しないようだ。

「私達の目論見では、水竜王様の次で倒されるだろうと予想しておりました。ですが貴方様のお陰で、初手で挫折させる事が出来ました。本当に有難う御座います」

 そう言い、頭を下げる。身内では理解させる事が出来なかったのだろう。

「それで、これからどうするんですか?」

 俺は素直な疑問を投げ掛ける。

「…これで考えを改めてくれれば良いのですが、正直判りません。寧ろ自棄になるのでは、との心配も御座います」

 恐らくは大口を叩いて出て来たのだろう。それが成果無しで戻れば、周囲に蔑まれる可能性もある。普段の態度が尊大なら、尚更だ。

 そうなると、その根性を叩き直してやる必要があるのだが…。そうすると頼れるのはあの人だけになる。

「ユートよ、師匠に頼るのが一番では無いか?」

 どうやらファルナも同意見のようだ。また頼るのは心苦しいが、仕方無いか。

 俺は2人に告げる。

「荒療治ですが、私とファルナ…水竜王様の師匠に鍛えて貰う方法があります。如何ですか?」

「お2人を育てた…そんな方がいらっしゃるのですか?」

「はい。八大竜王の一柱、黒竜王。バランタインさんです」

 そう告げると、2人は驚いていた。

「所在を存ぜぬお方でして、噂では亡くなられたとの話もありましたが…ご存命でしたか」

「はい。これなら本当の八大竜王の実力も判るでしょう」

「では是非、今代をお頼み申し上げます」

 そう言い、2人が頭を下げる。本人の意思は後回しだが、話が纏まった。


 本人が納得するかが問題だが、あの性格だ。ちょっと煽れば大丈夫だろう。

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