第114話
此処に治癒魔法を使える者は居ないので、俺が応急処置として澪に魔力を流しておく。これで問題無いだろう。
落ち着いた所で、俺は澪に告げた。
「一定以上の実力差があると、恩寵でも対処出来なくなるな。何より、身体強化が使えないのには驚いた」
「…身体強化?」
「ああ。魔力を体内に循環させて、身体能力を強化する方法だ。遠近問わず、最初に身に付けるべき物だな」
「そんな物が…。だが村の者は、誰も言ってくれなかったぞ?」
「それでも恩寵で充分に戦えていたから、既に身に付けていると思われたんだろう」
「…それは簡単に習得可能なのか?」
「難しくは無いが、流石に5分10分では無理だぞ」
「構わない。取り敢えず教えてくれ」
そう言われた俺はかつて教わった通りに、まずは魔力を感知する所から教えた。
さて、澪には魔力感知から循環までを集中して覚えて貰い、魔物の相手は俺と楓で対処する事とした。
弱い敵はそのまま楓に任せ、強めの敵は俺が阻害魔法を掛ける。
俺の場合は竜玉により最初から魔力量が大きく、その感知も容易だったようだ。澪は大分苦戦している。そもそも魔力量自体が少ないのかも知れない。
そして階段を降り4層へ。
通路の先から四足歩行のナマズが近付いて来る。人間と同程度の大きさがあり、気持ち悪い。
などと考えていると、全身に雷を走らせ接近して来た。電気ナマズか。
接近戦は感電の恐れがあるので、魔法で対処する。水棲寄りになると、鰐などと違い防御力が低いので倒し易い。動きも俊敏では無い。
俺と楓で魔物を倒した頃、やっと澪が魔力を感知出来たようだ。なので次のステップである、魔力を渦状に広げる訓練に入る。
其処からは指導を楓に任せる。比較的容易に覚えてしまった俺よりも、実体験を反映出来るだろう。
そうして魔物を倒しつつ進んで行き、また階段を降り5層へ。
其処は広い空洞になっており、周囲には地底湖が広がっていた。
水面の上に通路が伸び、その先には広めの地面がある。其処に近付くと、見覚えのある機械と人間の死体があった。機械はグランダルの魔素増幅装置だろう。
ならば死体は実験成功体か。魔物に倒されたのだろうが、あの強さで簡単にやられるだろうか。
可能性としては、実験成功体を上回る魔物…変異体の出現の可能性が大きい。
ならば此処はもう、その敵の領域か。すると水面が波立ち、巨体が姿を現す。
出現したのは亀の魔物だ。だが大きさが異常だ。25メートルのプール位の大きさがある。これが変異体で間違い無いだろう。
「楓と澪は階段まで下がれ!」
俺は2人に呼び掛け、カタナを抜く。
敵の動きは大きさ通りに鈍重だが、巨体はそれだけで攻撃が通り難い。
まずは竜人体を発動。そして敵の注意を2人に向けさせないため、精霊を2体召喚する。
俺は敵の注意が精霊に向いている内に、背後に回り込む。
足や尻尾の皮は分厚そうで、背中の甲羅も硬そうだ。幾らカタナを振っても致命傷は与えられないだろう。
ならばと俺は魔法を放つ。
「獄炎轟爆砕陣(ヘル・バースト)!」
敵の巨体を炎が包み込み、爆発する。だが爆風が消えた後には、甲羅に身を隠した姿があった。
動き自体は遅いが、魔法に対する反応が早い。ならば急所を狙うしか無さそうだ。
俺は身体強化の魔力を全開にし、甲羅の先端に飛び乗る。そして引っ込めていた頭が出て来た所を狙う。
しかし甲高い音と共にカタナが弾かれる。皮膚は斬ったが、頭蓋に弾かれたようだ。
ならばと首を狙おうとするが、敵は急に頭を持ち上げ、俺を打ち付けようとする。
咄嗟に後方に躱すと、敵は精霊を無視して俺の方を向く。精霊には倒されないと踏んだか。
亀は腹部も硬い殻で覆われている筈だ。ならば、やはり首を狙うしか無さそうだ。
俺は甲羅から降り、正面に回り込む。敵と正対する形だ。
「轟雷風旋陣(ヴォルテック・ストーム)!」
牽制で魔法を放ち、同時に間合いを詰める。
予想通り再度甲羅に身を隠しているので、首元の下に潜り込む。
そして頭を出したタイミングでカタナを横に薙ぐ。剣筋は首を大きく切り裂き、血が噴き出る。
だが敵は動きを止めず、前足で何度も踏み付けて来る。躱す度にその重量で地面が揺れる。
この巨体から血液量を想像すると、暫くは活動し続けるだろう。
ならば首を落とす位に斬り付けるしか無い。
「遅速鎖(スロウ・チェイン)!」
動きを遅くする時空魔法を放ち、再度下に潜り込む。
そして首元の切り口、その更に奥を何度も斬り付ける。首をまた引っ込める間に、数十回の斬撃を加える。
首を引っ込めた所から、多量の血が滝のように流れ出る。
俺は其処に向け、魔法を放つ。
「獄炎螺旋撃陣(ヘル・スパイラル)!」
炎の螺旋が流れ出る血を蒸発させ、頭部に熱を巡らす。
たまらず敵は頭を出すが、その直前に俺はその上へと飛んでいた。
そのまま落下しながら、首の上部に斬撃を加える。すると頭がその重さに耐えきれず、地面へと落下した。そしてその巨体が地に伏す。
俺は敵が再度動き出さない事を確認し、精霊を帰還させた。
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