第113話
鰐型の魔物達は、ゆっくりと腹と尻尾を擦りながら近付いて来る。
澪は槍を構え、一息に間合いを詰めた。
槍のリーチを利用し、先頭の1体目の頭を貫く。そして威嚇の為か立ち上がった2体目の腹を、横薙ぎに切り裂く。
その動きは洗練されており、気付けば危なげ無く全ての魔物を打ち倒していた。
俺は気になったので尋ねてみた。
「恩寵の効果って、どんな感じで発揮されるんだ?」
「ああ、まず敵の動きがゆっくりに見える。それに槍の軌道が見えて、その通りに動かすと動きが鋭くなるんだ。見えた通りに動かして、失敗した事は無いよ」
「へえ、近接系の恩寵は便利だな。ちなみに、槍以外の武器を持つとどうなる?」
「あー、1回試しで剣を持ってみた事があるんだが、危うく死ぬ所だったよ。全く恩寵の効果が無くて、攻撃を躱すので精一杯だった」
「予想通り、武器が制約なのか。奇襲されたら怖いな」
「だからどんな時でも、常に槍に手を掛けているんだ。もう癖になってるな」
澪はそう答え、苦笑いを浮かべる。
2ヶ月間ずっと魔物を相手にしているのなら、そこそこレベルも上がっていそうだが。敢えて槍を持たない状態での訓練をするべきでは、と俺は感じた。
その後も魔物は絶え間無く出現し、その大半を澪が討伐していた。
訓練の一環として、一部の魔物は楓にも相手をさせてみた。だが同じ槍使いだが、動きが全然違う。むしろ澪の戦いぶりを観察させた方が身になりそうだ。
そして洞穴の突き当りに辿り着く。其処からは下りの階段が伸びていた。
湿っており滑りそうな階段を降りると、先程までと同じような景色が続いていた。
今まで訪れた事のあるダンジョンと違い、此処は人為的な構造物に見えない。冒険者もあまり好んで訪れなさそうな所だ。
少し進むと突如、正面から液体らしき物が飛んで来た。俺は楓を脇に抱えて横に躱す。澪も問題無く避けていた。
一瞬スライム系に見えたが、良く見ると触覚のような物が生えている。どうやら蛞蝓型の魔物のようだ。
「…何か槍が汚れそうで嫌だな」
血は良くて粘液は駄目だと言う線引きが良く判らないが、それなら魔法主体で戦ってみよう。
「楓、魔法で戦ってみてくれ」
「はい。…水刃螺旋陣(カッター・スパイラル)」
楓の放った魔法で、魔物があっさりと細切れになる。不意打ちさえ気を付ければ、あまり強い魔物では無さそうだ。
しかし、1層と比べて湿度が上がっている気がする。いよいよ最下層が水没しているか、若しくは地底湖でもある可能性が高くなった。
その後も基本的には澪に任せ、状況に応じて楓が相手をしていた。俺は先頭での奇襲の警戒に徹していた。
そして1層と同様、分かれ道も無く突き当りに辿り着き、下層への階段が続いていた。
3層に踏み入っても景色は変わらず、やはり湿度が上がっている感じがする。
魔物の傾向は水棲が半分程か。普通に森や他のダンジョンでも遭遇する魔物が残り半分だ。
澪がぽつりと呟く。
「ダンジョンって、何処もこんな感じなのか?」
「いや、むしろ部屋で区切られた建物のような所が一般的だ」
「そうか、何か鍾乳洞を思い出す光景でな」
「ああ、懐かしいな。子供の頃に行った記憶があるな」
すると楓が口を挟んで来た。
「私は行った事が無いです。鍾乳洞ってこんな感じなんですか?」
「雰囲気は似てるな。これで石の氷柱みたいなのが天井や地面にある感じだ」
楓は確か中3だったが、近場に無かったのか。家庭の事情だと聞き難いな。
そのまま暫く進むと、少し開けた所に出た。
其処には1層で見たのと同じ鰐型の魔物が居た。但し体長が倍以上ある巨体だ。
「随分大きいな。そろそろ手を出すか」
「いや、一先ず私に任せてみてくれ」
そう言い、澪が1人で向かって行く。自信がありそうだが、大丈夫だろうか。
澪は間合いを詰め、眉間を狙って突く。だがその瞬間に魔物は顔を上げ、穂先はその岩のような肌を滑っただけだった。
そして魔物は身体を横に向けたかと思うと、その尻尾を横に叩き付けて来た。
澪はその攻撃を槍の柄で受けるが、思い切り後方へ吹き飛ばされる。
俺は咄嗟にその身体を受け止める。
其処で気付く。澪から魔力の循環を感じない。恩寵の効果で気になっていなかったが、基礎の身体強化も身に付けていないようだ。
これでは力やリーチで勝る相手には厳しいだろう。俺は澪を楓に任せ、前に出る。
巨体だが変異体では無さそうなので、俺はそのままで距離を詰める。
同様に繰り出される尻尾の攻撃を飛び越え、背中に飛び乗ると同時に一突き。
奇声を発して暴れ始めたので飛び降り、前足を斬って機動力を奪う。
噛み付きを躱し様に喉元を斬り上げ、地に伏した所で頭を一突きした。
一瞬身体が跳ね、その動きを止める。無事倒せたようだ。
俺は早速楓に呼び掛ける。
「澪は大丈夫か?」
「はい、大きな怪我などはありませんし、気も確かです」
そう告げると同時に、澪が呻いた。
「ああ…手が痺れる…。手首が痛い…」
ちょっと辛そうだが、この程度で済んだのなら良かった。打ち所が悪ければ命に関わる威力だった。
澪の応急処置も兼ね、此処で休憩を取る事にした。
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