第112話
翌朝。目を覚ました俺の隣には、何故か楓が眠っていた。
昨夜の記憶を掘り起こす。確かにこっちが俺が眠りに付いたベッドだ。間違い無い。
ならば楓が寝ぼけてベッドを間違えたのだろうか。
念のためお互いを見やるが、着衣の乱れなどは無い。間違いは犯していないようだ。
俺は楓を起こさないようにそっとベッドを出て、深呼吸をする。
…うん。見なかった事にしよう。俺は自分にそう言い聞かせた。
お互い準備を終えて外に出ると、既に澪さんは来ていた。少し待たせてしまったようだ。
「お早う御座います澪さん。今日は宜しくお願いします」
「ああ、宜しく頼む。…で、今更なんだが何故敬語なのだ?貴方の方が年上に見えるのだが」
「ああ、初対面の方とは年齢差に関係無く、なるべく敬語を使うようにしていまして」
「そうか。私がこんなだから、タメ口で話してくれると助かる。気を使われているようで、居心地が悪い」
「んー、じゃあこんな感じで。宜しく頼む」
そして俺達は出発する。距離が近いし、道の状態も判らないので徒歩で北の方向に向かう。
一応魔物の奇襲を警戒し、隊列は俺、楓、澪の順番だ。
俺は歩きながら、澪に尋ねる。
「この北の方向以外から、村が魔物に襲われた事は?」
「私が村に来てからは、一度も無いな。必ず北からだ」
「そうか。じゃあ間違い無さそうだな」
俺はそう答え、千里眼を発動させる。今の所方向にズレは無い。だが既に道は無く、木々が生い茂る森の中を進んでいる。木の根が飛び出ていて、足場も悪い。
「ちなみに、魔物の襲撃の頻度は?」
「ほぼ毎日だな。数は少なくて1体、多いと10体程度だ。最初の大群だけが異常だったな」
ならば常に村の入口に常駐していたのも頷ける。
そうだと俺は思い出した事を澪に尋ねた。
「こっちの世界に来て、どれ位経っている?」
「確か2ヶ月程かな。…もしかして、人によって違うのか?」
「ああ。俺や楓はもっと前から来ている」
「そうか。この世界に馴染んでいる感じがするのは、その所為か」
そんな答えを聞いていると、大分森が深くなって来た。蔦も多くなり、カタナで切り開いて行く。
この状況で魔物に襲われるのは避けたい。これでは武器が振り難い。特に澪の槍は間合いを取り難いだろう。
少し先が開けていそうなので、急いで先を進む。
そうして深い森を抜けた先は、小さ目の沼だった。陽の光が眩しく感じる。
千里眼を発動させると、この沼の向こう岸辺りにダンジョンがあるようだ。なので沼の畔を迂回して行く。
すると水面が大きく飛沫を上げ、蛇のような巨体が姿を現す。
実際に遭遇するのは初めてだが、書物で見た魔物。スワンプサーペントだ。苔に覆われた鱗が特徴的だ。
早速とばかりに口から水弾を、幾重にも飛ばして来る。
「防護風旋(エアリアル・ガード)!」
水弾がこちらに届く前に、俺が防護魔法を発動させる。水弾は厚い風壁に散らされて行く。
「おお、魔法が使えるのだな。初めて見たぞ」
澪が感嘆の声を挙げる。
敵はこちらに近付かず、沼の中央に佇んだままだ。これでは近接武器は届かない。
楓の魔法も水属性なので、効果が薄いだろう。なので俺が魔法を放つ。
「轟雷風旋陣(ヴォルテック・ストーム)!」
敵の巨体が風に切り裂かれ、雷に打たれる。そして水面に倒れ込み、水飛沫を上げる。
少し様子を見ていたが、水面に横たわって浮かんだままなので、恐らく倒せたのだろう。
素材にも興味は無いので、そのまま歩みを再開する。
そして向こう岸に辿り着く。其処には岩で組まれた小さ目の入口があった。
「此処だな。じゃあ俺がランタンを持って先行する。同じ隊列で後を付いて来てくれ」
「判った。頼むぞ」
「はい、お願いします」
2人の返事を聞き、入口から地下へ降りる。
中は沼に近いからなのか、非常にジメジメしている。壁や床も湿気で濡れている。
下層が水没していたら困るが、陸上型の魔物が水から這い上がって来るとも思えないので、其処で探索終了としても良いだろう。
しかしダンジョンとは言うが、岩肌の洞穴が畝っており、分かれ道などは無さそうだ。
道に迷う心配は無いが、魔物と遭遇したら必ず対峙する問題がある。今回は間引きも兼ねるので好都合だが。
暫く進むと、曲がった道の先から何かの足音、そして引き摺るような音が聞こえる。
進み先を照らすと、鰐のような巨体が複数見えた。
初見の魔物なので、俺は澪に囁く。
「あの魔物と対峙した事は?」
「ある。動きは鰐と変わらない。表皮は硬いが、私の槍なら貫ける」
「…手助けは?」
「不要だ。問題無い」
そう言い、澪が前に進み出た。
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