第108話
正教都、本殿の中にある教主の部屋にて、俺と萌美は並んで座っていた。
向かいには教主。手紙の指示通り、俺達は2人で訪れていた。
教主がカップを置き、口を開く。
「では早速、呼び立てた理由を説明するかの。…一言で言うとな、儂は女神様に会いに行く。その手助けをして欲しいのじゃ」
「…見えない壁を通り抜ける方法があるのですか?」
「ああ、試してないので恐らくは、という話じゃがな。なのでまずは、儂の手で昇降装置が呼び出せるかを確かめたい。それが出来たら、最上階の魔物の討伐、そして道中の治癒を任せたいのじゃ」
「討伐は兎も角、治癒ですか?」
俺がそう問うと、教主は苦笑いを浮かべた。
「詳しくはその場で説明するがのう、強力な治癒魔法が欠かせぬのじゃ」
何をしようとしているのかは判らないが、それが教主にとって危険な事なのだろう。
「ちゃんと報酬は払うのでな、是非引き受けて欲しいのじゃよ」
まあ、何かしら依頼されるのは手紙で承知していた。事前に萌美とも話し合い、非人道的な事で無ければ引き受ける事にしていた。
「判りました。では引き受けさせて頂きます」
「おお、有り難い。では明日発つからの、今日は泊まって行くが良い。聖女様の部屋はそのままにしてありますぞ」
俺達はお言葉に甘え、かつて萌美が生活していた部屋で一泊した。
そして翌朝。朝食を終えた俺達は、教主が用意した馬車に乗り、光の塔を目指し出発した。
まさかこの短期間で、再度訪れる事になるとは思わなかった。
そして聖都の中心、光の塔に辿り着く。
教主の鍵で扉を開け、中央の柱に真っ直ぐ進む。
「さて、これを資格ある者が触ると、昇降装置が現れるのじゃったな」
「そうです」
「では始めるかの。2人はちょいと下がっておれ」
教主はそう言うと、魔法を発動させる。これは召喚魔法か。
すると半透明の存在が2つ出現する。風と水の精霊だ。
そして教主が杖を振るうと、2体の精霊は教主の身体の中に取り込まれた。
…かつて萌美にも施していた、精霊との融合か。しかも2体とは。
「…だから治癒が必要なのですね?」
「そうじゃ。1体での苦痛は間近で見ていたからの、2体ともなれば1刻も保たぬであろうからの」
教主はそう言い、中央の柱に手を触れる。すると柱が光り、扉が出現した。
どうやら条件を満たしていると認識されたようだ。これなら透明な扉も抜けられるだろう。
早速皆で中に入り、上昇のボタンを押す。
「ぐっ、ぐおおおおっ!」
すると突如、教主が苦しみ出した。
「萌美、治癒を!」
「は、はい!最上位回復陣(ハイエスト・ヒール)!」
教主が治癒の光に包まれ、徐々に苦悶の表情が和らぐ。
「…くぅっ、まさか此処までとはの。…聖女様、今更ながら儂の愚かな行為による苦痛を理解しましたぞ。これは…治癒し続けても、心が壊れますな」
「…もう過ぎた事です。それに今は、私は幸せですから」
「…そうか。強くなりましたな」
教主は其処まで告げると、呼吸を整える。
数字は未だ100階も過ぎていない。最上層に到着するまでに何度か治癒が必要だろう。
その予想通り、最上層に着くまでに7回治癒魔法が必要だった。そしてその度に教主は疲弊して行く。2体の精霊との融合は、尋常でない程の負担になっていた。
萌美は透明の扉を抜けられないので、神霊を倒すまでは教主も中に居て貰う事にした。
負担を考えれば、時間を掛けてはいられない。俺は全力で魔力を放出し、襲い掛かった。
手刀を躱し、蹴りを足で受け、連撃を加える。手応えが伝わる。
間合いを空けた所に飛び掛かり、俺に向かって来る手足を全て切る。
そして床に転がった所で首を両断する。竜人体が強化されたお陰で、以前のように苦戦する事は無かった。
さて、此処からは時間との勝負だ。
萌美に治癒魔法を掛けさせ、教主には直ぐに扉を抜けて貰う。
そして俺が担ぎ、女神の元までダッシュで運ぶ。
何とか転送陣に辿り着き、あの空間へと移動する。
だが恐らく、女神との面会中に発作が起こるだろう。俺の魔力放出は応急処置程度だ、恐らく効果は見込めない。片道になる可能性が高いのだ。
だがこれが教主が望んた事なのだ。俺は最後まで見届ける事にした。
俺にとって3度目のこの空間、其処に女神エフィールは佇んでいた。
「お早い再開ですね、紬原 侑人さん。それに初めまして、イングヴェルドさん。…随分無茶をされましたね」
教主は膝を付き、涙を流していた。
「おおおおお、女神エフィール様。拝謁賜り恐悦至極に御座います。現世の別れ際に夢が叶い、感謝の念に堪えません」
「そうですか。私を信ずる者は誠に愛おしいものです。その行ないも全て」
そう答えると女神エフィールは一息おき、そして告げた。
「此処に辿り着いた者には、望む力を与えます。貴方は何を望みますか?」
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