第107話
俺は身体強化の魔力を増やし、竜人体に成る。そしてそのまま周囲に魔力を放出した。
建物が軋み、窓がガタガタと振動する。書類が宙を舞う。
皆が驚愕の表情で俺を見つめていた。
「あの姿、確かに見覚えがあるぞ…!」
「ああ。あれが王国の英雄、紅の剣鬼か…!」
何か俺の知らない呼び名が付いているが、取り敢えず無視する。
魔力の放出を止め、俺は口を開く。
「さて…、これで証明になりましたか?」
原告は頭を抱えて怯えており、弁護人が一生懸命肩を揺すっている。
俺はそれを見ながら、言葉を続けた。
「私の目的は、彼を無事に連れ出す事です。それが叶わないなら、手段を選びません。…賢明な判決を期待します」
俺は言い終わると竜人体を解いた。脅迫めいた形になってしまったが、覚悟の上だ。
そして裁判官から判決が下された。
名前を漢字で聞いたので、俺は改めて祥と呼ぶ事にした。
その当の本人は、出された食事を美味そうに食べている。余程牢獄生活が辛かったのだろう。
昼食時の食事処は大分混んでいるが、会話が出来ない程では無い。
すると祥が口を開く。
「あの…。罰金の20万ゴールドって、どの位の金額なんです?」
「ああ。ざっくり換算して1千万円だな」
「げ…、むちゃ大金じゃないですか」
祥は青ざめていた。これが普通の金銭感覚なのだろう。
そんな訳で、結局女神崇拝罪については不問、勇者詐称罪で罰金刑という判決になった。そして祥は無事牢屋を出て、食事処に連れて来た所だ。服装は転移時の学生服だ。
俺は鶏肉を食べながら、指を2本立てた。
「最初の選択肢は2つ。此処で別れるか、俺と一緒に来るかだ。…この国に思い入れがあるなら構わないが、王国の方が住み易いと思うぞ」
「全然思い入れなんてありませんよ。むしろ早く離れたい位です」
「そうか。なら次の選択肢だ。罰金を独立して返すか、俺の下で働いて返すかだ」
「…独立した場合の展望は?」
「恩寵があっても、魔力が少なく魔法も覚えていなければ役に立たない。冒険者として身を立てるには時間が掛かるだろうな」
「ああ…、やっぱり魔法を覚えてないと使えないんですね。通りで何も出来ない訳だ」
これは魔法系の恩寵の弊害なのだろう。この世界に来た直後は、一般人と変わらないのだ。俺もそうだったが。
「…で、侑人さんは何の仕事をしているんですか?」
「裁判の時に言ったと思うが、俺は貴族だ。俺の所で働くのなら、一般兵扱いだな。ちゃんと魔法を覚えさせるし、レベリングもするぞ」
すると祥の目の色が変わった。
「こ、この世界ってレベルの概念があるんですか?」
「ああ。ステータスは無いがな。魔法に長けている人ならレベルが測定可能だ」
「それなら、是非侑人さんの所で働かせて下さい!早くレベル上げがしたいです!」
元気になったのは良いが、借金返済という目的を忘れていないだろうか。
「じゃあ決まりだな。食べ終わったら早速出発するぞ。…ああ、その前に服を買うか。学生服は目立つからな」
そうして祥の服を買い、俺達は帰路に着いた。
移動距離が長かったため、暫くぶりの村だ。
俺は早速皆を集め、祥を紹介した。
「この度、魔法小隊に配属となった祥だ。レベル1だから、まずはしっかり鍛えてやってくれ。宜しく頼む」
そして皆で自己紹介し合う。これで一先ず安心だ。同じ小隊内に同郷の萌美と楓も居るから、やり易いだろう。
…1つ重要な事を思い出したので、俺は自己紹介が終わったタイミングで祥を捕まえる。
「え?な…何ですか?」
「アルトとアンバー、それに萌美は俺の妻だ。手を出すなよ」
「ハーレムですか、流石です!兄貴と呼んで良いですか?」
「…やめてくれ」
「それにしても、見る限り年下ばかりですね。そういう趣味ですか兄貴?」
「だから兄貴は止めろ。それとロリコン扱いも止めろ」
「いえ、崇高な趣味だと思いますよ。僕も見習いたいです」
「いや見習うなよ。…頼むから問題行動は起こすなよ?」
「任せて下さいって。今見捨てられたら路頭に迷いますから」
「なら良いが…」
少々不安を感じるが、まあ大丈夫だろう。
さて、これで転移者は王国内に6名、死亡2名、残り4名。次に動くのはケビンさんの報告待ちとなる。
そうして暫くのんびり日常を送っていたが、新たな非日常が舞い込んだ。
それは突然の教主からの手紙だった。
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