第106話

 一通り弁護人となる手続きを終えた俺は、役所が閉まる時間も近付いていたので宿に戻る事にした。

 そして翌日。俺は図書館を訪れていた。手続きの間に過去の判例に関する資料について聞き、探しに来たのだ。

 司書に弁護人である旨を伝え、普段は公開されていない書庫に案内される。

 其処には過去の判例・記録類がファイリングされていた。

 特に分けられておらず時系列で並んでいるため、最近の物から目を通してみる。…敵前逃亡罪。もっと前に遡ろう。

 適当に目星を付けてファイルを抜き取る。…昨年の判例のようだ。罪状は国家転覆罪。…此処は重罪のみの書庫か?

 取り敢えず読み進めてみると、目当ての議事録が見付かったので目を通す。

 …司法取引で国の支配下となる事で無罪となっていた。もしかして戦争時のあの転移者だろうか。

 別のファイルを見てみる。…横領罪か。

 議事録を読むと、被告の弁護人の地位が高く、結果として無罪となっていた。

 どうやら権力と忖度に溢れた裁判のようだ。俺はそっとファイルを閉じる。

 お互い意見は交わし合うが、結局は裁判官の裁量に委ねられ、其処には地位が関わって来る訳だ。

 今回は国が原告なので、非常に分が悪い。こちらの主張が少しでも通るのだろうか。

 …まあ最悪の場合は脱獄させるのだ、多少は強気に主張する事にしよう。

 俺は図書館を後にし、思案する。

 今回は彼が口走った事が罪になっている。恐らくは何人も目撃者が居るだろう。其処を覆すのは困難だ。

 ならば罪には当たらないと主張するしか無いか。女神崇拝罪は言い逃れ出来そうだ。転移者イコール女神崇拝では無いのだから。存在を認める事と崇拝する事は違う筈だ。

 そうなると、問題になるのは勇者詐称罪か。勘違いで通すのは無理があるか。せいぜい「そういうつもりで言ったのでは無い」程度の主張しか出来なそうだ。

 目標は罰金刑などの軽い刑罰で済ます事。駄目なら刑の執行までの間に脱獄させる事。外交問題に発展し兼ねないのが懸念点か。

 まあ仕方無い。俺はその内容をショウに伝え、諦めないよう念押ししておいた。

 そうして待つ事数日、遂にその日が訪れた。


 俺は今、ショウと並んで被告席に立っている。雰囲気はまるで軍法会議だ。

 向かいには原告と弁護人が並ぶ。見る限り役所か議会の人間のようだ。

 そして右手には裁判官。そのふくよかな肉体は、裕福な暮らしを想像させる。

「静粛に。これより、被告ショウ=ハタモトの女神崇拝罪並びに勇者詐称罪に関する裁判を開始する。開廷」

 すると早速、原告側が主張を始める。

「被告は事件当日、商店街の路上に寝転んでいました。通行人が声を掛けた所、大きな声で「僕は女神に遣わされた勇者だぞ!何故こんな仕打ちを受けなければならないんだ!」と叫びました。これにつきましては、多くの通行人が聞いております」

「ふむ、被告側。これについては間違い無いか?」

 ショウが頷くのを見て、俺は返した。

「はい、間違いありません」

「これを聞きつけた憲兵によりその場で捕縛、本日に至るまで投獄となっております。罪状はご報告の通り女神崇拝罪並びに勇者詐称罪。どちらも言い逃れ出来る状況ではありません」

「…被告側、何か反論は?」

 そう問われ、俺は口を開く。

「はい。まず女神崇拝罪ですが、これには該当しません。何故なら転移者は等しく女神によりこの世界へ送られますが、それと女神信仰とは別だからです」

「…では、被告は女神を信仰してはいないと?」

「はい。あくまで転移する側とされる側の関係だけです」

「原告側、これについて何か主張は?」

「女神の存在を肯定しているのですから、それこそが女神信仰の証拠ではありませんか?」

 原告の主張に俺は反論する。

「女神の存在は事実です。認める認めないの話ではありません。私も実際に女神に会いましたが、信仰している訳ではありません」

「…弁護人、貴方は何処で会った?」

「この世界に転移する際に1度、先日光の塔を踏破した際に1度、計2度会っています」

 俺のこの発言に、室内がざわつく。

「原告側、光の塔踏破に関する情報は?」

「は…はい、確かに冒険者ギルドより報告が届いております。踏破者はユート=ツムギハラ伯爵、同行者はフィーラウル統括と冒険者パーティ銀嶺の咢、となっております。頂上には女神エフィールが居た事も報告されています」

「ふむ、被告弁護人の名前と一致するな」

 裁判官はそう言い、扇で自分の顔を扇ぐと続けた。

「…では、勇者詐称罪については?」

「はい、これはもう明確に被告が発言しており、言い逃れは出来ません。目撃者も多数居ります」

「被告側、これについては?」

「はい。正直、発言そのものにつきましては否定できません。但し、彼は女神により転移された者を勇者だと勘違いしていただけで、悪意を持って詐称した訳ではありません。過失のみで判断して頂きたく存じます」

「ほう…。原告側、どう思う?」

「法律に反している事こそが罪であり、其処に善悪は問うておりません。判断をお間違え無きよう」

「ふむ、であるか。ならば女神崇拝罪は却下、勇者詐称罪のみで罪を問う事で良いか?」

 すると原告側の弁護人が手を挙げた。

「いえ、やはり女神崇拝罪も適用して頂きたい。何より、被告側の弁護人が本人であるかの確認が取れていません。裁判ギリギリに立候補したのは、確認を取られないようにする為だと判断致します」

 苦し紛れに俺自身を狙って来たか。確かに、俺が伯爵本人だと証明する物は無い。だが、やり様はある。

 俺は室内全体を見渡し、声を挙げた。

「では、この中に先般の戦争で王国軍と相対した方は居ますか?出来れば前線に居た方が良いのですが」

 俺がそう言うと、傍聴席の数人が手を挙げていた。それと原告も手を挙げていた。軍人だったのか。ならば話が早い。

「では、私がユート=ツムギハラ伯爵本人だと言う証拠を見せます」


 俺は皆に向けて、そう告げた。

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