第105話

 さて、情報収集の取っ掛かりが無いので、ゲームや小説のパターンで酒場にやって来た。

 昼過ぎのこの時間でも、昼食がてらお酒を飲む人は居るようで、そこそこ客が入っていた。

 店員に案内されたテーブルに同席していた男性客に、俺は早速尋ねてみた。

「こんにちは。此処に住んでる方ですか?」

「ああ、そうだが…あんたは他国の人かい?」

「ええ。お酒を1杯奢りますので、色々お話を聞かせて頂けませんか?」

「お、いいのか?気前が良いな」

「店員さん、この定食とお酒を2杯、お願いします」

 俺は店員に注文をし、話を続ける。

「…それで早速なんですが、この国は女神信仰が禁止されているんですか?」

「あー、他の国から来たんなら、其処は気になるわな。ちょっと話が長くなるが、良いか?」

「ええ、お願いします」

「えっとな、今から60年前位か。この街が大量の魔物に襲われたんだ。俺は爺さんから聞いたんだが、地平線が魔物で黒く染まったらしいぞ。住人は皆慌てて逃げだしたりしてな」

「そんな事が…。それで、どうなったんですか?」

「この街の北側に大きな山があるだろ。其処には地竜王様が住んでいてな。突如としてこの街に降り立ち、防壁を築いた上で魔物共を倒してくれたんだよ。今でも街の北側には、その時の防壁が残ってるぜ」

 地竜王…八大竜王の1柱か。

「んでな。実はその頃には正教会があったんだけどよ、真っ先に逃げ出しちまったんだ。なもんで、地竜王様への感謝と正教会への恨みが重なって、国教が地竜王信仰になり、聖女信仰は禁止になったんだ」

「成程…そういう経緯だったんですね」

 そう答えた所で注文した物が届いたので、お酒を男に差し出す。

「おっ、ありがとよ。…そういう訳でな、まあ宣言さえしなければ捕まったりしないがな、気を付けろよ」

「それと、勇者を名乗る事も禁止されているらしいんですが」

「…また随分と珍しい事を知ってるな。まあ経緯は同じだ。魔物の襲撃を受けて冒険者ギルドに勇者の派遣を依頼したらしいんだが、あっさり断られたそうだ。んで事が終わった後に「この国の危機に頼れない勇者は勇者でない」って話になってな。冒険者ギルドも国から排除して、今に至るらしいぞ」

「それはまた…冒険者には肩身の狭い国ですね」

「まあな。この間の戦争でも、冒険者ギルドは王国側に付いたしな。そりゃあ根深くなるさ」

 戦争で冒険者同士が争う事が無かったのは、そういう理由だったのか。

 俺はついでとばかりに尋ねた。

「後は…この国の裁判について、何か知っていますか?」

「…もしかして、誰か知り合いが捕まったか?聞く内容が偏ってるしな」

「…そんな所です」

「裁判は俺も詳しくは知らねえな。原告と被告それぞれに弁護人が付いて、話し合いをするみたいだがな。それは役所で聞いた方が良いんじゃねえか?」

「確かにそうですね。じゃあ役所で聞いてみます」

 俺はそう答え、食事に手を付ける。

 此処で聞けるのはこの位か。充分だろう。

 俺は食事を食べ終えると、話を聞かせてくれた男に感謝し、店を出た。

 まだ日は高いので、周りの人に道を尋ねながら役所に向かう事にした。


 役所は3階建ての大きな建物だった。俺は早速入口を潜り、受付に向かう。

「すみません。裁判に関する相談をしたいのですが」

「はい。…それでは、2階の5番窓口へお願いします」

「判りました」

 俺は階段を昇り、辺りを見渡す。左右に並ぶ窓口には、番号が振られていた。

 5番の窓口を見付け、俺は其処にあった椅子に座る。

「はい、どういったご相談でしょうか」

 窓口の女性が笑顔で尋ねて来る。

「えっと、裁判に関する相談なのですが」

「それでは、具体的なご相談内容をお聞かせ下さい」

「…実は近々知り合いの裁判があるんですが、その詳細について教えて貰えませんか?」

「では、その方のお名前をお教え下さい」

「ショウ=ハタモトです」

「判りました。少々お待ち下さい」

 彼女はそう言い、後ろの書類を探り始める。そして目当ての物を見付けると戻って来た。

「これですね。被告名ショウ=ハタモト、住所不明。罪状は女神崇拝罪と勇者詐称罪…随分珍しい罪状ですね。弁護人は無し、裁判は…3日後ですか」

「…正直な所、どの程度の刑罰になりそうですか?」

「恐らく過去の判例がありませんので、裁判官の裁量に委ねられるかと。それに弁護人が居りませんので、原告…この場合は国ですね。その求刑通りになる可能性が高いかと」

「どんな求刑かは判りますか?」

「ええ。…これも珍しいですね、生贄刑です」

「…何ですか、それ?」

 俺は思わず尋ねていた。

「地竜王様に捧げる生贄になる刑です。他の死刑に比べると名誉な分、誇り高い死と言えるでしょう」

 彼女は笑顔を浮かべたまま言う。このままでは死刑一直線だ。

「…弁護人への立候補は可能ですか?」

「自国民なら年齢制限のみですが、他国の方の場合はそれなりの身分が必要になります」

「…アーシュタル王国の伯爵位なら、充分ですか?」

「え?…ええ、勿論ですが。貴方が?」

「はい。ユート=ツムギハラ伯爵と申します。弁護人への立候補を希望します」


 呆然とした受付の女性を他所に、俺はそう宣言した。

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