第109話

 女神エフィールの告げた言葉に、教主は暫し目を閉じてから答えた。

「儂個人の望みは叶いましたでな、後は現世に別れを告げるだけじゃ。せめて、正教会の教えが更に世に広がる事を望むのみ」

 教主が浮かべる表情は、とても晴れ晴れとしていた。

 その答えを聞き、女神エフィールは告げた。

「そうですか。ならば望み通り、教えを更に広める為の力を与えましょう」

 眩い光が教主を包んだ。俺が呆然とその光景を眺めていると、次第に光が収まった。

 其処に居たのは若い男性だった。俺と同年代だろうか。

「…これは?」

「一番の信仰心を持つ者に、より長く現世に留まれるようにしました。もう身体も大丈夫な筈です」

 その言い方からすると、教主が若返ったという事か。更には精霊との融合の弊害も無くなったのだろう。

 教主は自身の両の掌を見つめると、涙を流し始めた。

「…それが貴女様のお望みでしたら、喜んで務めさせて頂きます。此処に永劫の信仰を誓います」

「はい。その気持ち、確かに受け取りました。…では、再開出来る日を楽しみにしています」

 女神エフィールはそう告げ、笑顔を浮かべた。


 転送陣に戻った俺達は、萌美と合流し下に降り始めた。

 其処で教主が思い出したように呟く。

「…さて、儂が教主じゃと理解させるのは、骨が折れそうじゃのう」

 どうやら肉体と違い、口調は若返らないようだ。

「まあ精霊を数体呼び出してやれば、納得するじゃろうて」

「…ちなみに、精霊は融合したままですか?」

「そうじゃの。融合したまま弊害が無くなった感じじゃろう。如何なる御業かさっぱり判らぬがのう。これが判れば、我が国が覇権を取れるのじゃがな」

 教主はそう言い、にやりと笑った。だが其処にあるのは野心では無かった。本人も無理だと判っているのだろう。

「それにしても、若返らせて力も与えるなんて…。当たり前ですけと人知を超えた力ですね」

 萌美が率直な感想を述べる。俺の望みは控えめだっただろうかと感じてしまう。

「そうじゃな。じゃがこれで、恐らく儂なら神霊との融合も可能になった。身体の崩壊さえ耐えられるなら、誰でも女神様の元に辿り着ける訳じゃ」

「…実行するつもりですか?」

「どうしても象徴としての聖女様は有効なのでな。近いうちに第二の聖女様が誕生するかも知れぬぞ」

 その言葉に、俺は素直に答えた。

「もし関わる事があるなら全力で止めますが、与り知らぬ所ではどうしようもありませんね」

「…良い性格をしとるのう。我が国に単騎で勝利した英雄じゃろう」

「表向きは違うでしょう。それに今は、転移者の捜索を優先していますから」

 そう告げると、教主は思案顔を浮かべながら言った。

「ちなみに、儂が転移者だというのは判っておったか?」

「…え?」

「気付いておらなんだか。まあ世代が違うがの。…儂はかつて日本での信者拡大に失敗し、道半ばで挫折した司祭じゃった。其処で転移者に選ばれ、直接神と見えたのじゃ。実在する神様じゃからの、その後は気持ちが折れる事も無かったわい」

「では、精霊との融合は恩寵で?」

「そうじゃ。『融合魔法の極み』…今は存在せぬ、古の魔法じゃて」

 其処で俺は1つ気になったので、尋ねてみた。

「でも、恩寵があっても魔法書が無いと使えないのでは?」

「じゃからな、徹底的に古文書を読み漁ったわ。そして実証すべく、犯罪者を使って実験を繰り返したのじゃ。召喚魔法は、その過程で必要に迫られ覚えたわい」

 グランダルの実験と比べてどっちが非人道的か、などとは問うまい。今更過去に口出ししても意味は無いのだろう。

 すると教主はぽつりと呟いた。

「さて、後は枢機卿の対処じゃのう」

「…何か懸念が?」

「儂が死ねば次の教主じゃからな、今回の件も笑顔で送り出しておったわ。それが若返って帰って来れば、おかしな行動を起こし兼ねんじゃろ」

「…確かに。短絡的な思考に陥りそうですね」

「まあ刺客なんぞ返り討ちじゃがな、昼夜問わずでは身体が保たん。何時かは凶刃に倒れるじゃろう。じゃから先に手を打つ必要がある」

「…闇討ちですか?」

「思考が物騒じゃの。まあ当たらずとも遠からずじゃ。…特定の魔物を融合させ、病死に見せかける。過去の実験の賜物じゃな」

 闇討ちよりも陰湿だと思うのだが。まあ良い。他国の政争には関わらないようにしよう。

 何より教主は生き生きとしている。俺が手を出す必要も無いだろう。

 そうして俺達は教主と本殿で別れ、帰路に着いた。


 後日、枢機卿の訃報が届いた。重鎮のため国葬となったようだ。

 そして葬儀は新たな聖女が執り行った。葬儀がお披露目を兼ねた形になる。

 今回の件で正教国が、王国にとって最大の仮想敵国になるかも知れない。今の所、教主に対抗出来るのは自分だけだろう。

 だからこそ皆を、そして自分を鍛え続ける事を誓う。この村が正教国との最前線だ。

 それこそ抑止力として認知される事を目指す。自分ならそれが出来る筈だ。

 平行して転移者の捜索も継続する。味方に出来れば力強い。


 この世界で俺のやるべき事が、形になって来ていた。

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