第101話

 扉が開き見える景色は、それまでの階層とは全く違っていた。

 内壁は無く、眼下には雲海が広がっていた。だが風は全く感じず、やはり外界とは隔離されているのだと実感する。でなければ強風と寒さ、それに酸素の薄さに苦しんでいただろう。

 エレベーターから出て周囲を見渡すが、見える範囲には魔物は見当たらない。螺旋階段が更に上へと続いているだけだ。

 その様子を見て皆もこちらに来ようとするが、それは敵わなかった。見えない壁に阻まれるように、エレベーターから降りられないのだ。

「此処でも選別されるか。仕方無い、ユートのみで進んで貰うしか無いようだな」

 フィーラウルさんが愚痴る。自分の目で見たかったのだろう、悔しそうだ。

 すると床に魔方陣が現れた。召喚魔法に見えるが。

 其処からは虹色に輝く身体を持つ、人型の「何か」が出現した。

 それを見てフィーラウルさんが叫ぶ。

「それは神霊だ!気を付けろ!」

 俺は急ぎカタナを抜き構える。それはゆらりと傾くと、まるで消えたようにその場から姿を消した。

「なっ!?」

 俺は間一髪、心臓に向け突き付けられた手をカタナで防ぐ。その衝撃で俺の身体が浮いた。

 目で追える限界の速さだった。背中を冷や汗が伝う。

 竜人体を身に付けてからは、殆ど感じる事の無かった強者との対峙。はっきりと命の危険を感じる。

 またもゆらりと傾くと、その姿が左右にブレる。その直後に真横から感じる気配。

 俺は前方に飛び退くと、今まで居た場所を手刀が通り抜けた。

「獄炎轟爆砕陣(ヘル・バースト)!」

 俺はまた姿を消してしまう前に魔法を放つ。爆音が轟き、熱風が肌を撫でる。

 だが眼前の炎が不自然に揺らいだかと思うと、次の瞬間には腹を蹴られていた。

 床を転がりながらも気配を探ると、それは真上に現れた。急ぎ床を蹴り飛び退くが、足先が頬を掠めた。

 腹の痛みは耐えられる。内臓は無事のようだ。だが魔法の効果は無く、防戦一方だ。

 其処へフィーラウルさんの声が飛ぶ。

「神霊は精霊と同様に、身体の色が扱う属性を表す!虹色は全属性だ、魔法は効果が無い!」

 という事は、攻撃魔法は牽制にもならないか。かなり絶望的だ。相手が魔法を使って来ない事だけが救いか。

 ならば武器で対抗するしか無い。俺は改めてカタナを構える。

 またも姿が揺らぎ、今度は背後に感じる気配。

 俺は身を伏せながらカタナを横に薙ぐ。だが其処に足は無かった。直後に頭に衝撃を受ける。

 踵落としか何かを受けたのだろう、頭がグラグラする。歪む視界に見える手刀を横に躱し、カタナで胴を突く。だが何の感触も無かった。

 どうやら残像を突いたらしく、既に相手は横に躱していた。

「ユートよ!無理はするな、引くぞ!」

 フィーラウルさんの声が聞こえる。だが逃げ切れるのか。それにエレベーターまで追って来られたら、逃げ場も無く全員殺される。

 ならば、せめて一撃与えて隙を作る必要がある。

 今度は俺から間合いを詰め、カタナを一閃。躱される事を前提に、次に現れる気配を探る。

 直後に襲い掛かる上空からの蹴りをギリギリ躱し、カタナを切り上げる。先端が掠った感触が伝わる。

 少し安堵する。全く攻撃が通用しない相手では無い。地力で劣っているが、追い縋る事は出来る。

 そのままもう一撃。そして気配を感じた横方向を薙ぎ、手刀を躱す。その伸びた腕を斬ろうとし、後方に躱される。

 魔法は避けなかったがカタナは躱すのだ、物理攻撃は効果があるのだろう。

 再度間合いを詰め、斜めに切り上げる。そして背後に振り向きざまに一撃。またも剣先が掠る。だが手刀を躱せず、左肩に痛みが走る。

 この戦いは、周囲にはどう見えているのだろうか。接戦か、それとも圧倒的に押されているか。

 突如顔を襲う蹴りをしゃがんで避け、軸足を突く。その軸足が浮いて蹴りに転じるが、敢えてカタナの刃で受けようとする。

 すると足の軌道を変え、今度はまた踵落とし。横に飛び退き即座に間合いを詰め、連撃を繰り出す。だがその全てを躱され、間合いを取られる。

 これがジリ貧という奴か。兎に角決め手に欠ける。何かで相手を上回らないといけない。だが、どんな手があるのか。

 武器を持つ分有利な筈の攻撃力と間合いは、速さで覆されている。

 両の手の手刀を躱し、蹴りを足で防ぐ。薙いだカタナは躱され。脇腹に手刀がめり込む。

 思わず飛び退き、咳込む。口の中に鉄の味が広がる。

 追い縋るどころか、更に押されて来ている。

 追い込まれて余裕が無くなったのか、気が付くと側頭部を思い切り蹴られていた。床を跳ね、転がる身体。

 朦朧とする意識の中、ぼんやりと背を向ける姿が見えた。


 此処までとは予想外だった。私は銀嶺の咢に告げる。

「奴がこちらに向かって来たら、下へ降ろすぞ」

「…まさか、見捨てて行くのですか?」

 予想通りシンシアが食い下がる。清廉さを是とするパーティだ、そう言うのは当然だろう。だが。

「見捨てなければ、全員が死ぬだけだ。それに何の意味がある?」

 私は人の上に立つ身だ。必要なら切り捨てる覚悟がある。此処から出られない以上、選択肢は限られているのだ。

 奴はゆっくりと、こちらに歩いて来る。もう時間は無い。

 その時、誰かが叫んだ。

「あ、あれを見て!」

 指差す方向、奴の背後。

 倒れ伏していた筈のユートが、立ち上がっていた。頭から血を流し、俯いたまま。

 無事なのか、まだ戦えるのか。

 奴がユートの方を振り向いた。その時。


 今までに無い、濃密な魔力がユートを包んでいた。

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