第95話
明け方。戦場の前方、砲台のあった辺りからは、未だ煙が狼煙のように立ち上っていた。
砲台の一部は使用出来る可能性を考慮し、均等に最上級魔法を扱える魔導士を配置して進軍を開始した。
俺達は初日と同様に左翼に配置。最前線に位置し、もし砲撃があった場合は俺が防護魔法を使う予定だ。
そして昨日砲撃を受け始めた位置まで進軍したが、敵陣からは音沙汰が無かった。射程内で砲撃して来ないという事は、無事な砲台は無かったのか。それとも罠なのか。
だがどちらにしろ、こちらは進軍し続けるしか無い。そして進み続けると敵陣が見えて来た。
此処からは、自分が昨夜実行した作戦による惨状が見て取れた。破壊された砲台、地面を穿つクレーター、そして吹き飛んだ敵兵。
だが其処に無事な敵兵は存在しなかった。昨夜の爆撃を受けて後退したのだろうか。
「ケビン、一瞬で良い。敵の位置を把握せよ」
「畏まりました」
ケビンさんはそう返事をし、昨夜も見せた恩寵を発動させる。
「…前方、街道を完全に塞ぐ形で陣を敷き、待ち受けております。兵数およそ6千」
「そうか。…進むしか無かろう」
そして更に前進。徐々に敵の陣容が見えて来た。
最前線には、筒のような物を携えた兵が横一列に並んでいた。そしてその筒を脇に構える。
俺は思わず叫んでいた。
「前方、急いで防護魔法を!!」
そして直ぐ防護魔法を俺も発動すると、構えた筒が火を噴いた。直後に響く轟音、そして防護魔法に何かが激突する音。
どうやら拳大の鉄球を飛ばす手筒砲のようだ。魔法が間に合って良かったが、これが待ち構えていた理由か。
すると後方の兵が最前列を入れ替わり、再度筒を構える。信長の三段打ちかと突っ込みたいが、そんな場合では無い。
「第二射、来るぞ!!」
俺はまた叫んだ。そして展開される防護魔法と、その直後に響く轟音。
もしこの攻撃を長時間行なえるなら、こちらの魔導士の魔力が尽きる。その時点で負け確定だ。
見ると当然ながら大砲よりも威力は低いようなので、俺は指示を出す。
「前方に土魔法で壁を!それである程度防げる筈だ!!」
俺の呼び掛けに、即座に幾人かの魔導士が動く。
「防護石壁(ストーン・ウォール)!」
地面がせり上がり、石の壁が構築される。それを何度も唱え、何とか防壁を構築する事が出来た。
だが暫くは保つが、時間が経てば破壊されてしまうだろう。その間に打開策を考えなければ。
俺は伏せながら移動し、フィーラウルさんの近くに駆け寄る。
「あの最前線まで届く魔法はありませんか?」
そう。砲撃しているのは最前線に並ぶ敵兵だけなのだ。其処さえ撃破出来れば状況が打開出来そうなのだ。
「流石にこの距離は難しいが…。1つ手はあるが、実行する者が危険に晒される可能性が高い。それでも聞くか?」
「はい。どちらにしろ打開出来なければ負けです。ならば可能性を取ります」
「その覚悟や良し。ならばお前に頼むぞ」
俺はフィーラウルさんから作戦を聞き、実行に移す。
まずは俺とフィーラウルさんとで、自軍の最前線まで移動。そしてフィーラウルさんが砲撃の合間に魔法を唱える。
「次元移動陣(ディメンション・ムーブ)!」
直後、俺は敵陣最前線の眼前、およそ50メートルの位置に瞬間移動した。
そして間髪入れずに魔法を何度も放つ。
「獄炎轟爆砕陣(ヘル・バースト)!」
満遍なく最前線に向け魔法が発動、爆発が起こる。
そして爆炎が風に流されると、其処には未だ10数名が筒を構えていた。
そして放たれる砲撃。俺は迷わずカタナを抜き、目で弾道を追う。
俺を脅威と見たのか、砲撃は全て俺に向かっていた。だが軌道さえ逸らせれば良い筈だ。
俺は近付く鉄球を片っ端からカタナで弾く。金属音が周囲に鳴り響く。
全て弾いたと思った瞬間、最後の1発が眼前に迫っていた。そして避けられずに直撃し、脳が揺さぶられる。
何とか脳震盪は起こさなかったが激痛が走る。頭蓋にも異常は無い。強化された身体だからこそだが、普通の人間が受ければ頭が吹き飛ぶだろう。
此処まで来れば懐に入り込んだ方が有利だ。俺は構わず間合いを詰め、筒を持つ兵に斬り掛かる。
そして後方では自軍の兵が進軍を再開した。良いタイミングだ。
俺は構わず敵兵を切り裂き、魔法を放つ。今なら味方を巻き込む心配も無い。
そして敵兵の前線が崩壊した頃、自軍の兵が丁度追い付いた。
すると敵陣から1人の男が歩み出て来た。30歳前後だろうか、ローブを羽織り疲れた表情をしている。だが気になったのはローブの内側だ。くたびれた作業着が見える。
其処で記憶を掘り起こす。確か9番目の転移者が、こんな感じの男だった気がする。
その男は俺を見ると、話し始めた。
「折角ブラック企業から逃れて、この世界で国に認められたのに…。俺の成果の悉くを壊しやがって…。ちくしょう…」
その物言いに、思わず俺は反論した。
「これは戦争だ。何を甘い事を言っている…転移者」
すると男は眼を見開いた。気付かれないと思っていたのだろうか。
「な、何故…?ま、まさかお前も!?」
「…もう一度言うが、これは戦争だ。立ち塞がるなら同郷であろうと排除する。覚悟しろ」
俺がそう言うと、男は懐に手を入れる。未だ何かあるのか。
すると取り出したのは薬瓶だった。そしてそれを俺の方に投げつける。
俺がそれを避けると、地面で割れて煙を吹き出す。突如襲われる眼の痛み。まさか催涙ガスか!?
ぼやける視界の向こうで、男は後方に逃げて行った。
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