第96話
俺の視界が戻った時、既に戦闘は開始していた。
隣には萌美が居り、額の傷は治療されていた。だが催涙ガスの効果については、自然回復を待つしか無かったのだろう。
俺は立ち上がり、萌美に尋ねる。
「仲間達は、今どの辺りだ?」
「えっと、あそこです」
指差す方向を見ると、仲間達が戦っている様子が見えた。
「良し、行くぞ萌美」
「は、はい!」
俺は前線の仲間の所に行き、戦闘に参加する。兵器を悉く破ったからか、敵の士気は落ちているようで戦況は味方が優勢だ。
俺は戦いながら思案する。あの転移者の事だ。
グランダルに兵器を教え、開戦の発端となったと思われる相手。彼はその危険性を考えなかったのだろうか。
俺は兵器を実用化する気は無い。戦争の形態を変え、より多くの人が死ぬ事になるからだ。それは俺よりも兵器に詳しいケビンさんも同様だろう。
だが彼はそれを実行した。生き残る為だったのかも知れないが、浅慮に過ぎるのでは無いか。
そして最後の催涙ガス、あれは化学物質だ。あのような物を精製する技術があるのだろうか。もしかしたら彼の恩寵なのかも知れない。
そんな事を考えているうちに、敵兵はどんどん撤退を始めていた。前線では降伏する者も出て来ている。
「追撃せよ!二度と愚行に走らぬよう、知らしめるのだ!」
其処へ追撃の指示が飛ぶ。予想通り、徹底的に叩くつもりのようだ。
降伏した兵は本陣に任せ、前線はどんどん先へと進行して行く。
すると前方に大きな構造物が見える。近付くと、それが砦である事が判った。敵兵はどんどん其処へ逃げ込んで行く。
「止まれ!」
進軍停止の指示が飛ぶ。未だ兵器が存在する可能性を考慮してか、砦との距離は空いている。だが大砲にしろ手筒砲にしろ、この距離なら前方に防護魔法を展開すれば防げるだろう。
そして暫く後、捕虜を引き連れて本陣が到着した。これで砦攻めを行なうか否か、判断がされるだろう。
すると砦より、1頭の馬に乗って人が近付いて来た。見る限り武装はしていないようだ。
警戒しつつ様子を伺っていると、その者は50メートル程の距離で停止し、声を挙げた。
「私はグランダル国より、交渉役として任命された者です!僭越ではありますが、責任者との面会を望みます!」
その呼び掛けに第1騎士団長のメイヤさんが進み出て、本陣へと案内を始める。俺は招集の可能性を考慮し、先んじて本陣に向かった。
国王様以下主要な者が集まる中で、グランダルの交渉役が話を始めた。
「我が国は停戦と捕虜の返還を希望致します。見返りとして賠償金を支払う用意が御座います」
その言葉に、周囲からは「宣戦布告して来た側が何を偉そうに」「随分と都合が良いのでは無いか?」等の声が聞こえて来た。まあ当然だろう。こちらも死者が出ているのだ。
それに今のまま停戦しても、新たな兵器を開発されては安心出来ない。そしてこちらも対抗すれば泥沼になるのは目に見えている。
俺は意を決し、手を挙げた。
「ユートよ、何か意見があるのか?」
「はい。賠償金よりも先に要求すべき物が御座います」
「…それは何だ?」
「転移者です。兵器の開発に関わっている男。その者の身柄を要求します。同じ事を繰り返させない為に」
国王様は少し思案すると、決断したようだ。
「良し。それでは我が国の要求を伝える。まずは捕虜の返還と引き換えに、転移者の男をこちらに引き渡す事。次に、戦費や死者の分を賄える以上の賠償金を要求する。以上、直ちに持ち帰り検討せよ」
「はっ、畏まりました。急ぎ検討させて頂きます」
交渉役はそう言うと、砦へと戻って行った。
その姿を見送っていると、国王様が話し掛けて来た。
「その男とやらが、今回の黒幕か?」
「黒幕の一端、ですね。兵器の開発と、恐らくは火薬の精製を担っていると思われます」
「成程な。その者が居らねば、今以上の兵器開発は困難となる訳か」
どうやら納得して貰えたようだ。俺は一安心する。
「だがそうなると、その者はグランダルの重要人物だ。引き渡しに応じぬかも知れぬな」
「その時はその時です。停戦後に潜入工作をするべきかとは思いますが」
そんな危惧は杞憂に終わり、結局こちらの要求をグランダルは飲む事になった。
そして賠償金の請求は後日となり、本陣には捕虜と交換された転移者の男が佇んでいた。その両手は後ろで縛られている。
国王様が口を開いた。
「さて。其処の者、グランダルの兵器開発に関与した転移者で相違ないか?」
「…ああそうだ。それがどうした。俺の人生は又も台無しだ!」
その無礼な物言いに騎士団が動こうとしたが、国王様が手で制した。
「…さて。我が国には転移者が今5名居る。だがグランダルのような兵器は開発せず、また望まなかった。その意味が判るか?」
「………」
「此処に居るケビンは言った。新たな兵器は新たな戦争を生み、そしてより多くの死者を生む、とな。…お主の存在、そして行いは多くの死を生むのだ」
そして横に居たメイヤさんに指示を出す。彼女は転移者の男の横まで歩み寄り、剣を抜く。
「色々と情報も得られそうだが、その様子では心変わりも無かろう。…お主はこの戦争によって死んだ、戦死者だ」
国王様の右手が掲げられ、そして振り下ろされる。
メイヤさんの剣は、転移者の男の首を切り落とした。その顔は苦悶と恨みに染まっていた。
こうして、グランダル国との戦争は停戦を迎えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます