第90話

 さて、俺は萌美の部屋の前に着いた。早速ノックをして呼び掛ける。

「萌美、居るか?」

「あ、はい。ちょっと待って下さい」

 そして直ぐ扉が開き、萌美が顔を出した。

「どうしました?」

「ちょっと話がある。部屋に入っても良いか?」

「はい、どうぞ」

 俺は案内されるままに部屋に入り、椅子に座る。そして向かいに萌美が座った。

 …さて、何と切り出したものか。深くは考えず、此処は素直に言うか。

「アルトとアンバーさんから、萌美の事を聞いた。…結婚について」

「あ…、はい」

 萌美は顔を赤らめ俯く。俺はそのまま話を続ける。

「2人には、萌美と結婚すると答えた。でも念のため、ちゃんと萌美自身から話を聞きたかったんだ。…本当に俺で良いのか?」

「…はい。私は侑人様が好きです。結婚したいと思っています。それに、政略結婚は嫌です」

「そうか。俺自身は萌美に対する気持ちが固まっていない。そんな中途半端な気持ちでも良いのか?」

 すると萌美は顔を上げ、はっきりと答えた。

「はい。私は頑張ります。頑張って、私の事を好きになって貰います。ですから、決断してくれて嬉しいです」

「…判った。ならこれから、一緒に育んで行こう」

 俺はそう言い、手を差し出す。すると萌美は両手で俺の手を包んだ。

「…はい!」

 すると萌美はまた、顔を赤くし俯いた。

「それで、えと、これからするんですか?」

「ん?何をだ?」

「…子作り、です」

 …アンバーさんに毒されてしまったのか。萌美からこんな言葉が飛び出すとは。

「いやいや、其処は急がなくて良いから。結婚した後でも良いだろ」

「そ、そうですよね!はい!判りました!」

 何やらわたわたとしているが、一応は納得してくれたようだ。

「それに暫く不在にした分、アルトとアンバーさんを構ってやる必要もあるしな」

「あー、婚約直後に出掛けられましたからね…」

「ま、そういう訳だ。気負いせずにな」

「はい!」

 俺はその返事を聞き、部屋を後にした。


 さて、結婚披露パーティが15日後、開戦が1ヶ月以内。パーティは王家隠密を取り纏めるニーアさんの提示した日程なのだから、開戦はそれ以降だと睨んでいるのだろう。

 移動に1週間は見ておく必要があるので、出発が1週間後位か。

 実は、それまでに俺がやる事は特に無い。大半はニーアさんが仕切っており、衣装から料理に至るまで任せきりだ。

 俺は精々身を固める覚悟をする程度なので、開戦に向けた準備に傾注する事にする。

 兵は指定された人数を連れて行き、残りは村の防衛と巡回に当たる。

 戦場では貴族は馬に乗るのが基本らしいが、乗馬の経験は無いし、乗馬状態での戦闘など以ての外だ。徒歩で良いだろう。

 兵の訓練は継続して行なっているので、熟練度は中々のものだ。問題があるとすれば、何人が実際に人を殺した事があるかだが。それは実際に戦場で経験して貰うしか無いだろう。

 シャルトーさんも未だ居るので、このまま一緒に参陣して貰う予定だ。竜族なので人間の兵に遅れは取らないだろう。

 シアンは書記官として従軍する事になる。自軍の戦果を記録する他に、物資の管理も任せる事になる。

 兵は3小隊。トールの第1小隊、リューイの第2小隊、そして萌美の魔法小隊だ。

 俺も初めから竜人体で挑むつもりだ。第一の目的は全員生き延びる事。だから出し惜しみはしない。

 問題は出兵のタイミングだが、結婚披露パーティの際に全員連れて行く事にした。そのまま会場の護衛を任せれば良いだろう。そして小隊長はパーティに列席して貰う。

 其処まで決めて、俺はシアンに指示を出す。そしてアルトとアンバーさんにもその旨を伝えておく。2人とも納得してくれたので、方針は決定した。

 …そして、その日の夜はアルト、翌日の夜はアンバーさんをしっかりと甘えさせた。

 萌美に手を出さないのかとせっつかれたが、其処はお互いの考えとして納得して貰った。

「ならパーティ当日の夜はモエミに譲るわ」

 などとアルトは言っていた。本気だろうか。


 そのように色々と準備をしている内に、王都に向け出発する日を迎えた。

 村の前には10台以上の馬車、そして物資を積む荷馬車が並んでいた。

 俺は集まった皆に向けて声を挙げた。

「これから王都に向け出発する。当面の目的は結婚披露パーティだが、そのまま開戦に向け全員待機となる。実戦は皆初めてだろうが、俺が必ず全員を守る。1人も欠けずに此処に帰って来る事が絶対目標だ。そう心得てくれ」

 俺の言葉に皆が承諾の返事を発する。

 俺はこっそりと隣に居るアルトに声を掛ける。

「…こんなもんで良いか?」

「大丈夫よ。後は号令をお願い」

 俺はその返事を聞き、口を開く。

「では全員馬車へ乗り込め!王都に向け、出発!」


 皆が馬車に乗り込み、列を成し進み始めた。

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