第88話

 数日を掛け、俺達は最下層から地上まで戻って来た。

 帰りも間引きを行なっていたため、皆かなり疲労しているようだ。

 フィーラウルさんが待機組に近付き、報告する。

「魔素濃度上昇の原因である魔導具を回収し、邪魔をした輩を討伐した。…結論から言おう。隣国グランダルが裏で暗躍している。これは戦争を前提とした軍事工作だ。直ぐに国王に上申する。準備を頼むぞ」

「畏まりました。急ぎ通達致します」

 フィーリンさんがそう返す。何か話が大きくなってきていないだろうか。

 フィーラウルさんが振り向き、声を掛けて来た。

「S級冒険者の諸君、危険な任務ご苦労であった。無事目的を果たせた事を感謝する。だが先程話した通り、事は予断を許さない状況だ。可能な限りこの国に留まっていて欲しい。間を置かず協力を願い出る予定だ」

 感謝と共に危機感を煽られる。もし戦争となれば出兵は義務だ。正教国は兎も角、他の隣国については全く知らないので、調べておく必要があるだろう。

 撤収の声が掛かり、皆馬車に乗り込む。

 その馬車の中で、俺は疑問をフィーラウルさんに尋ねる。

「隣国…グランダルだと断じた根拠って、何ですか?」

「一番の根拠は魔導具の技術だ。あれ程の物を造れるとしたら、グランダル以外にはあり得ないのだよ。そして2番目は実験体の件だ。非人道的な実験の噂は以前からあり、中には事実と思しき物も散見されているのでな」

 俺から見たら、ボイラーかコンプレッサーのようにしか見えなかったが、それ程までに技術力の高い魔導具だったのか。

「最近では、巨大な鉄の玉を遠方に飛ばす兵器を開発したとも聞く。油断ならぬ相手だよ」

 それは大砲か。動力が魔法でなければ、火薬も生み出している事になる。そうなると次に手を出すのは鉄砲だ。火縄銃やマスケットでも脅威になる。もし開発されていたら、戦争はこちらの不利ではないだろうか。

 俺がそんな事を考えていると、フィーラウルさんが俺の肩を叩いた。

「心配するな。各国には密偵を送り込んでいる。勝算無しと判断すれば、外交で何とかするだろうさ」

「…全面降伏も外交の選択肢の1つですけどね」

「揚げ足を取るな、妹よ。まあ兵器とて数と威力次第だ」

 俺はどうしても、世界大戦の惨状を想起してしまう。

 もし仮に俺が銃の構造を提示しても、それを実現する為の技術が足りないのだろう。実現出来たら、それはそれでこの世界の戦争を変える事になる。それも恐ろしい事だ。


 長旅を終えデルムの街に到着した俺達は、ギルドで報酬を受け取った。

 そして全員に通達が伝えられる。この先1ヶ月間、デルムの街から片道5日以内の場所に滞在する事。そして声が掛かったら、急ぎ参集する事。

 戦争時の戦力として冒険者を見込んでいるのだろう。俺は王家からの要請に従う事になるだろうが。

 さて、取り敢えず村に戻ろう。先にシアンを帰したので、帰りは歩きになる。のんびり行こう。


 …などと思っていたら、道中で夜盗に襲われている馬車を発見した。

 思わず「これ序盤のイベントじゃね?」とか思ってしまったが、そんな事を考えている場合では無い。

 護衛の冒険者は頑張っているが、流石に多勢に無勢だ。どんどん押されている。

 俺は一気に駆け、馬車の扉を開けようとしている1人の首を落とす。

 そのまま馬車と夜盗との間に入り、対峙する。

「ちっ、仲間が増えやがったか。おい、急げ!」

 リーダーらしき男が指示を出す。…統率を無くす方が早いか。

 俺はその男との間合いを一気に詰める。

「なっ!?」

 そして驚愕の表情のまま、俺の一撃により胴が2つに分かれた。

「頭は倒した!散れ!死にたい奴だけ残れ!」

 俺は声を張り上げる。すると、あっさりと夜盗達は引いて行った。

 護衛の冒険者達を見ると、呆然としていた。…何か見覚えがある。

 そうか、城塞都市ドルムント行きの馬車で一緒になった、D級冒険者パーティか。

 だがあの時は竜人体だったので、今の俺とは一致しないだろう。

「緊急事態だと思い、手を出させて頂きました。ご迷惑でしたか?」

「あっ、いえいえ!凄く助かりました!有難う御座います!」

「そうですか、なら良かったです」

 そう答えていると、馬車から人が降りて来た。

 貴族らしいドレスを着た、見覚えのある少女。ロドス男爵家のニーアさんだった。

「あら、ユート様。お久しぶりです」

「お久しぶりです。どうしてこんな所へ?」

「アルトの所へ向かっていたのよ。大丈夫だろうと思って、護衛に王家隠密を加えていなかったのよね。そうしたらこれだもの。貴方が居てくれて助かったわ。…どうぞ馬車の中へ」

 俺は誘われるままに馬車に乗り込んだ。其処にはお付きのメイドが1人座っていた。

「方向からして、戻る所でしょう?なら一緒に行きましょう」

「有難う御座います」

 さて。彼女が村に来るとなると、只の観光や友人に会いに来た、という感じでは無い気がする。

「用件は、政治的なお話ですか?」

「…そうね。覇王の迷宮突入メンバーなら話も聞いているでしょう。グランダルとの戦争絡みよ」

 案の定だった。と言うか、流石情報が早い。このタイミングだと、フィーラウルさんはあの直後に王家に報告した事になる。…だが、其処から彼女が王都を出発したと考えると、時間的に此処に居るのはおかしい。

「…疑問に答えると、途中までは本当にアルトに会いに行くだけだったのよ。貴方と婚約したって言うしね。でも途中で家から指示が入ったわ。だからついで、ね」

 そういう事なら納得だ。

「で、どうなの?婚約者との生活は」

「…今回の件で殆ど不在にしてるの、判ってて聞いてますよね?」

「ええそうよ。だから帰ったら、思い切り甘やかしてあげなさい」

「…善処します」


 そんな話をしながら、俺達は村に向け馬車に揺られて行った。

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